第9話 合同会議の前に



 ミントシティ 中央広場

 二日目の昼。


 屋台が数十横に並んでも余りあるほどの広さを持つその広場は、この仮想世界に閉じ込められたプレイヤー達で溢れかえっていた。


 しかしそんな彼等の中に交ざっているのはNPC達だ。

 よく探してみると、あのアイテムショップの定員もいる。


 彼らは何があるのか分からず集まってしまった者達へ、これからこの場で起こる事を説明してまわっていた。


 ユウは主だったプレイヤーだけに会議をするとメールで伝えたはずなのだが、なぜこんな大事になっているのか。

 口の軽いギルドマスターでもいたのかもしれない。

 人が多くなれば明らかに面倒事が発生する確率が高くなってしまうのだが、集まってしまったものはしょうがない。

 ここで、無理を言って帰らせたり散らしたりすれば、混乱が発生してしまうだろうし、プレイヤー達が現状に抱いている不満に火をつけかねないからだ。

 会議の邪魔をしないようにしてもらって、好きにさせるしかないだろう。


 ユウ達がそんな広場に訪れると、初日の事で関わったプレイヤ―達が何人かやってきて礼を述べていった。


 言葉を述べてくるのは女性二人。


「昨日の件はありがとうございます」

「あんな事になったのはびっくりしたけど、わざわざ伝えてくれてありがとう」


 おそらくウィーダが走り回った結果について言われているのだろう。

 同じギルドの人間だから、ユウも混乱を鎮めるために尽力していたのだとでも思われているのかもしれない。


「ライフの固定措置とかも、びっくりしたよね」

「さすが電光石化! NPCを攻略したギルドだけはある! やることなす事が前衛的すぎ」


 システム介入の事すらも漏れている。

 これは、ウィーダが口を滑らせたのだろう。 

 自分達のギルドの存在が自分の知らぬ間に、予想外の流れで広まっている事に軽く立ち眩みがした。


 ユウは言葉少なに、彼等の礼を受け取ってその場から立ち去った。

 心苦しいが否定すると話が長くなるので、本当の事は何も言えない。


 とりあえず、システム介入ができるなら何とか脱出も、という話にならないのが幸いな点だろう。


 死人が出てないからデスゲーム化した事が確かめようがない。

 それによって、彼らの感覚は日常にいる時に戻りつつあるのだ

 まだ、日常からちょっと外れただけの感覚なのだろう。


 緊張感をもってほしいわけではないし、犠牲が出て欲しいわけでもないが、これはこれでやりにくい。


 これからウィーダ達と行動を共にするなら、こういった事にも付き合っていかなければならないのだろう。

 ちょっと面倒臭くなった。

 能天気なリーダーに向けて、つい恨み言をつぶやきたくなる。


「あの時、お前がメールを読んでいれば……」


 だが、デスゲームという事情を取り除けば、やるべき事はいつものと同じ。


 リーダーである彼が無茶な我がままを言う事はよくある事だった。

 それを適度にサポートしてやるのが、ギルドメンバーとしてのユウの役割なのだから仕方がない。


 そんな風に考え事をしながら、プレイヤーに話しかけられない場所を探してうろつきつつ、予定の時間をまで人を待つ。


 そんな中、こちらと違って悩みの種である彼は呑気なものだった。


 人ごみを観察していると、人口密集度が高い場所がある


 そこがウィーダのいる所だ。


「あの、これから私達はどうすれば良いんでしょうか?」

「どうやったら現実に帰れるんですか?」

「ウィーダさん、教えてください」


 広場の中央。

 噴水の近くでは、ウィーダがゲームを始めたばかりらしい初心者プレイヤーの女性達に囲まれて困っていた。


「あー、悪い。そういうのは分かんねぇけど。他の事だったら教えられるぞ」


 この世界で知り合う前がどうだったのかはしらないが、見た目が良く、なおかつ人の良い性格で気さくでもあるウィーダは、女性プレイヤーによくモテている。


 町中でただ歩いているだけでも、異性から声をかけられるという事がしょっちゅうだ。


 今は非常時だから、それが顕著になったのだろう。


 ウィーダは他人から見ると頼りがいがあるように見えるようだ。そんな存在に話しかけるだけでも、不安解消に役立つのだろう。

 初日に世話になった者が多くいて、そんなプレイヤー達がこの世界の事について詳しく尋ねているようだった。


 ウィーダ本人は、増える女性プレイヤー達に冷や汗を流しているのだが、ギルドメンバーの犠牲一人で、不安の解消されるプレイヤーが何人もいるのなら放っておくべきだろう。(若干数、周辺の男性プレイヤーが嫉妬で殺気だっている様に見えるが、それも一応不安の解消だと割り切った)





 時間をつぶしている間、一画で妙なことをやっている一団がいた。


 とあるプレイヤーが、テイムモンスターを相手に、力試しする挑戦者をつのっているようだ。


 相手はそこそこの体格のミニドラゴン。


 目立つので大勢の人が集まっている。


「やっぱりこういうのがあると、違うよな」

「そうね。気がまぎれるし、ストレス発散にもなるし」


 彼らは好き勝手に騒ぎながら、挑戦者とミニドラゴンの戦いを見守っている。


「聞いた? クリエイト・オンラインの七不思議。立ち入り禁止区域で徘徊してる女の子がいるとか、行方不明のはずのプレイヤーが幽霊みたいになって、出歩いてるって。色魔がNPCをはべらせてるとかも聞いたわよ」

「こういう状況だから面白がって、言いふらしてるだけじゃねぇの?」

「そんなわけないわよ、前から聞いていたもの」


 適度に騒いで息抜きしてもらうことの重要性は分かっているので、とやかく言う予定はないのだが、知り合いが発端らしき噂が聞こえてきたので、つい耳を澄ませてしまった。


「ミニドラゴン!相手にとって不足はなし!ウィーダ様なら、格上相手でも怖気づかないはずでござるよ!いざ尋常に勝負でござる!」


 盗み聞きしている間に新しい挑戦者が、ミニドラゴンに挑んでいた。


 小競り合いの場で会った女性忍者だ。


 なかなか良い戦いをする彼女は敏捷性の高いステータスをしているようだ。

 相手をかく乱したり、攻撃を回避したりするのに危なげがない。


 だがユウは、彼女が持っている武器に注目する。

 緑色の短剣で、木の葉の飾りがついている。


 彼女が使用しているそれは三日前にアップデートされた錬金術の武器だったからだ。


 三日前に、偶然ミントシティで売られていた情報誌を読んだのだが、おためし版として武器の製造に錬金術を使用する事ができたらしい。


 不具合が見つかったとかでたった1日しか遊べなかった機能らしいが、なかなか良い品質の武器が出来上がると聞いた。


「舞い上がれ木の葉!打ち砕け強敵!強者よ、風の調べを耳にするが良い!」


 視線の先でテンションが上がっている女性忍者が何事かを叫び、手にしている武器を振った。


 するとそこからするどい風が発生。


 斬撃を飛ばす、などという漫画みたいな出来事が起きたのだ。


 その攻撃を受けたミニドラゴンは、驚いていななき、ダメージを受けた事で苦しそうな声を出した。


 これ以上戦いを続けるとモンスターのライフが危なくなりそうなので、そこで終了だ。


 忍者の勝利に周囲の観客たちが湧いている。


 拍手喝さいを浴びた勝者は「照れるでござるなぁ」と言った後、風のようにその場を去っていった。


 思ったより人々の間に娯楽が多く、ストレスがあまり溜まっていないように見えたのは朗報だが、たぶん、無駄な時間を過ごしてしまった様に思える。






 待てども待てども現れない招集相手。

 何かトラブルでもあったかと思って、人の少ない木陰でじっとしていると、小柄な少女に話しかけられた。


「ユウ様ー、お疲れさまですぅ」


 そこに、やってきたのはアルンだ。

 ユウたち高校生よりも年下である彼女は、合流した当初から狼狽している様子をまったくみせていない。

 大人顔負けの精神力を見せる彼女は、ドリンクを差し出しながらこちらを気遣う余裕をみせていあ。

 ユウが知っている中学生はもっと、不安げにしているはずなのだが。

 一体どこでその根性を身につけたのか、素直に不思議だった。


「お飲み物、要りますぅ?」

「いや、いい」


 特に喉が渇いていないので、普通に断った。

 こんな時にウィーダなら、必要なくとも受け取って礼を言う所だが、ユウは生憎とそこまで人が良くないので、率直に述べたまでだ。


 だが、気分を害した様子は彼女には見られない。


「そうですかー。じゃあじゃあ、隣にいてもいいですかぁ?」

「構わない」

「えへへ、ありがとうございますぅ」


 すげなくあしらわれる形になったにも関わらず堪えた様子が見られないのは、慣れているからだろう。

 アルンは嬉しそうに隣に立った。


 噴水の方では、女性達になつかれたウィーダが両脇から引っ張られて困っている。助けを求める視線を感じたが、メリットがないので無視した。


 そんなユウの視線の先に気づいたアルンが、一瞬で不機嫌になる。


「知ってますー? あいつ、最近他の人達からハーレム野郎なんて言われて嫉妬されてるんですよぉ。あんな優柔不断なヘタレ、羨む所なんてないのに。男の人ってホント馬鹿ですよねぇ」

「……」

「そんなだから、色魔とかありえない称号になるんですよ。選択肢がないはずのイベントで、NPCを口説いてクエスト完了とか、はっきり言って意味不明すぎですし」

「……」

「なんであんなのが良いのかなぁ。無駄に親切なもんだから、女の人に言い寄られてますけど、中身へっぽこですし、いまいち抜けてるって言うかぁ……」

「……」


 話のあいだ、ユウはシステム画面を眺めてメールやらを開き、情報を確認していた。

 だが、めぼしい情報は特になかった。

 ユウは画面を閉じて、一つ息を吐く。


「あれ、もしかして怒っちゃいましたぁ? うるさかったですぅ?」

「気にしてない」


 それは本当だ。嘘ではない。アルンがウィーダの事をこき下ろすのは、いつもの事だからだ。

 身の回りが騒々しくなるのも日常の範囲内。


 とりあえず例の会議が始める前に、主要プレイヤーに伝えておく事が増えたので先にメンバーに述べて置く。


「システムを書き換えられたのは、四つだけだ」

「メールのチェックしてただけかと思ったら。さすがユウ様ですぅ。今までそんな事してたんですねぇ」

「それ以上は、防壁を張られて無理だった」

「ライフが減らなくなっただけで、十分だって思ってるんですけど。そこで終わらないユウ様、とっても恰好良いですぅ」


 そんなアルンの賞賛の言葉もいつもの事なので、軽く聞き流しておいた。


 周囲を見回していると、人ごみに変化が起きた。

 集まったプレイヤー達が広場の入口へと視線を向けている。

 例の人物達がやってきたようだった。


 彼らが歩けば自然に人が左右に割れ、道が出来る。

 他のプレイヤー達とは明らかに、身に纏う空気が違っていた。

 それが人の上に立つ者なのだろう。


 この世界で有名であるプレイヤー達の姿が、到着したようだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る