第7話 お早い合流
早朝。
やるべき事をやり終えてミントシティの一画にある小さな建物の前にやってくると、ちょうどウィーダと鉢合わせした所だった。
「で、何であんなケンカ別れしたみたいな流れでギルドホームに戻って来てるんだよ。ユウ」
疲れた顔をしているウィーダはやはり厄介事に首をつっこんだのだろう。
おそらくこれから仮眠を取ろうとしているに違いない。
「ここは俺達の家だ。俺にも使う権利はある」
「そうじゃなく! お前っ、あの流れだとしばらく単独行動するもんだろっ。何でそんなしれっと合流してるんだよ!」
「単独行動? こんな状況で?」
「その信じられないような馬鹿を見るような眼と表情が、俺には衝撃だよ!?」
「俺は別にお前の意見に反対したつもりはない」
嘘だ。
「???」
対して考えずに適当な会話をしていたら、ウィーダが話についていけなくなってしまったらしい。
ただ、ここで丁寧に説明するのも面倒なので、ユウはさっさと家の中へ。
その背後に、アルンがついてきながら嬉しそうに話しかけてきた。
いや、嬉しそうというより面白そう、と言った方が正しい。
「やっぱりこうなるんじゃないかと思ってました! でも、いつ機嫌変わったんですかぁ?」
「割と早く」
「えへへ、いつも通りですねぇ」
とにかく、ウィーダと別れた後にも色々あったので、早く人目のない場所で休みたかった。
こういう時は、視線の先にある家……「電光石火」のギルドホームの存在がありがたい。
例によってこの仮想世界はデスゲーム状態になっており、ユウ達は現実に戻れない。
そうすると、夜の寝床を確保する為には自然と「宿をとる」という選択があがってくるところだが、生憎とミントシティは現在かなりの人口密集地と化している。
宿の数より明らかにプレイヤーの数が多いので、今から確保しようとしても望み薄だ。
だから、ここに集まるのは必然の事だっただろう。
まだ、同じギルドメンバーであるのならば。
ギルドホーム 内部
「こういう時、俺達が集まれる家があるってのはでかいよな」
背後で声と、扉の閉まる音。遅れてウィーダが中へと入って来る。
「電光石火」の活動拠点用として手に入れたミントシティ内に存在する一軒家。
木材でつくられた簡素な家ではあるが、普通の一軒家並のスペースはある。気の置けない仲間と過ごすには十分すぎる空間だろう。
内装の家具や飾りなどはアルンの趣味よりとなっていて、ややファンシーに染まっているものの、居心地が悪いというまでではない。ユウはそういったものをあまり気にかけないし、ウィーダも小言はたまにいうものの、特に抵抗があるわけではないからだ。
「外であぶれてる人達も、泊めてやりたいとは思うけどな……。難しいよな」
ここに来る前に、宿に止まれなかっただろうプレイヤー達が、町の中を右往左往するのを見ていたらしい。
ウィーダは残念そうな様子で、言葉を口にする。
「碌な事にならないだろうな」
「そっか」
残念そうなウィーダだが、こればかりは譲れなかった。
もはや自分がすでに譲れない部分を譲っているという事は棚にあげて、ユウは冷静に彼の考えを却下しておいた。
一人に向ける善意を、他の人間にも平等に配る事ができるというのならそれでいいかもしれないが、現実はそうではない。
中途半端な手助けをして、ユウ達が共倒れするような事になっては本末転倒でしかなかった。
さすがに寝床までのフォローはできないと、ウィーダも分かっているのだろう。
理屈ではなく感情で物事を判断しがちな彼は、それでもなおももやもやした様子だったが、気をそらすように装備品やアイテムのチェック、知り合いへのメール確認を行っていた。
その内に、ダイニングで遅めの夕食を作っていたアルンがやってきて愚痴をこぼす
「馬鹿だわ、ほんと。手助けするんだったら、出来るとこまでにすればいいのに。お人好しなんだから。そんなんだから、NPCに惚れられるのよ」
「やはり町の中のあれを見てきたのか」
聞かれていたのかと思いびっくりするアルンは、しかし切り替えが早いようで、自分が見てきた物をこちらに報告しはじめた。
「え? はい。ちょっとびっくりしましたけど、何だか納得しちゃいました。NPC達がプレイヤー達を宥めていただなんて……」
町の中の空気が想像より深刻でなかったのは、意思がないはずの彼らの尽力によるところが大きい。
その光景を見たからこそ、ユウはまたここに戻ってきてしまったのだ。
そんな会話をしつつもアルンは手早く作った料理をテーブル上へと並べていた様だ。
仮想世界での作業は、現実の法則に捕らわれる事が無いので、必要な手順さえ踏めば何であっても比較的容易に完成してしまう。
だからといって、家に入ってからの数分で数々の品物を作りあげられるのは、そう簡単にはいかないだろうが。
テーブルに並べられた料理の内訳はこのような感じだ。
魚介類の入ったトマト煮のシーフードスープに、香ばしく焼いた白身魚、白いご飯に、彩り豊かな野菜炒め、そして果物をくり抜いて中にゼリーを流し込んだ冷たいデザート。
観察すると、かなり本格的なものだった。
この世界での料理は現実のそれとはかなり異なり、素材もこの世界に住むモンスターが落としたものからとなるが、専用の器具で調理された完成品は、ほとんどがどこかで目にしたような物ばかりだった。
全く未知の物を作り出す手間暇や技術は、さすがにまだ無かったらしく、味も完成品にならってどこかで味わった物ばかりとなる。
だが、そんなものでもこの世界では贅沢品の部類だろう。
調理や裁縫などは、専門の用具によってこなされ、数々の品々が生み出されるのだが、錬金術レベルと連動していてて、レベルが低いとどうしても良い物にならないのだ。
その点、アルンの錬金術のレベルはこのメンバーの中で一番高い。
目の前に並んだ食事の数々ができるのも、当然の事だった。
遅れてテーブルについたウィーダが、簡単の声を漏らす。
「いつもの事ながら、さすがだよな。こればっかりは素直に誉めずにはいられないぜ」
「あんたから誉められたってね……。ユウ様ぁ、どうですかぁ?」
感想を求められたユウは素直に思った事を口にする。
「ここまでとは思わなかった」
その言葉を聞いた彼女は、得意げに胸を張る。
誰も作れとは言ってないはずだが、アルンの秘められたやる気に火がついたらしい。
この世界で食事をとっても、現実に何ら影響する事がないので普段、アルンに料理を作ってもらう機会などなかったが、前々からもっとやりたいと思っていたのかもしれない。
ユウ達は普段は、未踏場所や秘境などの攻略に時間を費やしているが、女子ならそれも当然かと思い直した。
機会があるなら、アルンのしたい事に今度付き合ってやった方がいいかもしれない。
「さあ、たんと食べちゃってください! ユウ様の為に、すっごく頑張ってご飯作っちゃいましたぁ。お口に合うかどうかは分かりませんけど。どうぞ!」
「助かる」
現実の体に反映されるわけではないので、食事からの栄養補給も必要ではないのだが、こんな偽の世界でも本物の空腹感と同じ物を感じてしまうらしく、定期的に食事をとって紛らわせる必要があった。
「よしじゃあ、いただきます」
「……いただきます」
「いただきますぅ」
三者三様に手を合わせて、現実世界で食べたならば確実に太るだろう時間帯に、ご飯を胃におさめていく。
美味しかった。
昼ごはんも現実で食べたし、時間はそんなに経過したわけではなかったが、精神的なものが作用したのかもしれない。
緊張していた精神が少しだけ和らぐのを感じた。
自分の精神状態は把握しているつもりだったが、前代未聞の出来事なだけに予想以上に疲弊していたらしい。
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