第6話 ファーストコンタクト


 時間は少し巻き戻る。


 アルンは、ユウとウィーダが背を向けて、別々の方へと歩き出すのを見ていた。


 目の前で起きているケンカ別れみたいなシーンを見て、小さくため息をつく。


 そして、


 「こんなの分かりきってる事なのに」


 そう呆れたように小さく呟いく。


 同じギルドの仲間である彼等の行動を見つめつつも最後まで口を挟まなかったアルンは、過去の事に思いを馳せていた。


 お節介でお人好しなウィーダと、ドライな性格のユウ。

 そんな対称的な二人を横目で見ながら、彼等と出会った過去の事を。






 三年前 カラタッタ平原


「おっと、今俺たちが狙っていたモンスターを横取りしようとしたな? お前みたいなお嬢ちゃんはお家に帰って、お友達とでも遊んでりゃいいんだよ」

「ちょっと、いちゃもんつけないでよね。あたしが先に依頼を受けたんだから、フィールド占領しないでよ!」


 アルンがユウ達と出会ったのは、クリエイト・オンラインで出来た友人を一人失ってすぐの時だった。


 その頃はまだ初心者で、オンラインゲームを始めたばかりの頃。

 

 素材の一つを集めるのにもおぼつかなくて、モンスター一体を倒すのにも手間取る、そんな初心者プレイヤーだ。

 その日アルンは、フィールドに出て、素材集めしているところだった。


 錬金術アイテムのマイルド猫缶を使用して、猫型モンスターを召喚。

 彼等の力を借りて、フィールドに湧出していたモンスターを一匹ずつ地道に倒していたところだ。


 しかし、その最中にマナーの良くないプレイヤーと出くわしてトラブルになってしまった。


 彼等は、アルンがイベントクエストをこなしている最中にフィールドにやってきて、モンスターを狩り尽くそうとしていた。

 そうなると、必然的にアルンが集めたかった素材が手に入らなくなる。


 フィールド上にいる敵を狩り尽くしてしまうと、一定期間を経だてなければモンスターが湧出ポップしない。そのため、再湧出リポップの間にフィールドを狩り尽くしてしまえば、モンスターに出会えなくなってしまう。そうなると他のプレイヤーが困ってしまうのは分かり切っている事だ。


 初心者ではないなら、狙ってやっているのだとしか思えなかった


「あんた達、中級プレイヤーでしょ!? 初心者のあたしでも知ってる事を知らないとは言わせないわよ」


 当然アルンは怒った。

 アルンに付き従っている猫型モンスターたちもシャーシャーと威嚇の声を出しながら、毛を逆立てている。


 だが彼らは、オンラインゲームを始めたばかりの少女の怒りなど、些末な事だと思ったらしい。

 初心者で、それも年下の少女だと判明した事でアルンの事を侮った彼らは、謝罪するどころか剣を向けたのだった。


「何のつもり……?」

「よぉ、威勢の良い嬢ちゃん。PKって言葉知ってるか?」


 中級プレイヤー集団をまとめているだろうリーダー格の一人、ニヤニヤ笑いを浮かべた男が少女に近づいてきて、見下ろしながら話しかけてくる。


 アルンはそんな男の態度にも怯まない。

 視線をあげて睨み返しながら答えた。


「なめないで。それくらい分かってフィールドに出てきてるから。プレイヤーキラーでPK。敵とかイベントボスとかモンスターじゃなくって、同じプレイヤーを狙ってくる卑怯者たちの事でしょ? 違う?」

「よぉく、知ってるじゃねぇか」


 男は剣を掲げてアルンへと突きつける。


「あれって結構、美味いんだよな。モンスター狙ってちまちまやるより、経験値を大量に貯め込んだプレイヤー殺した方がアイテムとれるし、成長できる」


 こちらの反応の変化を待つように、男はそう喋ってアルンの様子を窺い続けるのだが……、


「あんた馬鹿ぁ?」


 狙い通りの反応を返す程、少女は気弱ではなかった。


「んなぁ」


 挑発的な言葉を受けて、ご丁寧にも感情変化を読み取たシステムが、男の額に青筋が浮かび上がらせた。


 背後にいる中級プレイヤー集団も一様に同じような表情になる。


「この世界では、他の世界みたいにPKになったらペナルティが存在するわけじゃない。けど、『そんな事を当たり前みたいな顔してやってるのが恰好良い』だなんて誰も思わないから、不細工野郎。モテたいならもっと別の方法にしなさいよ」

「は、はぁ!? 何言ってんだこいつ! 今すぐ殺されてぇのか!」


 突きつけた剣先が怒りのあまりぶるぶると震え始めるが、アルンはそんな男の様子にも同様を見せてやらない。


 逆に、その剣を掴んでみせた。


「ここであたしを殺しても、あんた達は絶対いつか自分の行いで首を絞める時がくる。咎められないからやっても良いってわけじゃないのよ。偽物の世界でも」


 アルンが活動拠点としているミントシティでは、最近PK集団が起こす事件が問題になっていた。

 

 狙われるのは弱い者、初心者ばかり。

 けれど、ルールで決められていないから被害があっても運営は動かない。

 初めは泣き寝入りするしかなかったのである。


 だが、悪事を働く者がいるのなら、またそれを止める者も自然と出てくる。


 PKを防ごうという名目で集まったプレイヤー達がフィールドの見回りを強化する事になったのだ。


 アルンが男にきつく発言したはまぎれもなく自分の意見なのだが、時間を稼ごうという意図もあった。


 そうすれば見回りに出ているはずのプレイヤー達が、アルンを発見してくれるかもしれないと思ったからだった。


 だが、さすがにそれば望みすぎだったようだ。


「こ、こいつっ! 子供だからって、言いたい放題しやがって!」


 男が剣を振りかぶろうとする。

 その背後に控えていた者達も同様に動き出した。

 数を数えれば明らかに不利。

 アルンはおそらく彼らに負けてしまうだろう。

 

 だがだからと言って、大人しく敗北してやれる性格でもない。


 せめて負けるにしても、目の前の男に一矢報いてから……とアルンは決意を固めて剣を握る手に力を込めるのだが。


「ご……げ……」


 握っていた剣を男に渡すまいと引いていたのだが、その力が突如消失した。

 目の前の男からは、奇妙な悲鳴が上がっていた。


「ふが……だ、れが……」


 胸の位置へと視線を向ければ、そこには男の屈強な胸に風穴を開ける様に大きな杭が刺さっている。


 そこで気づく。

 アルンへと殺到して来ようとした中級プレイヤー達の、その更に背後。


 そこに、多くのプレイヤー達が存在する事に。

 彼らが例の集団なのだろう。

 遠くにいるプレイヤーの中の誰かが錬成したらしい、身の丈以上の大きな射出機が一台あった。推測するに、それがアルンの目の前にいる男へ杭をお見舞いしたのだろう。


「く、くそ、偽善者共め。せめてこいつだけでも……」


 杭で胸を使抜かれながらも、男は振り返って状況を察する。

 だが、敗北を悟った男はこの場からの離脱ではなく、アルンを道連れにする事に気が付いたようだた。


 ここで男に少しでも仲間意識という者があったのなら、控える味方プレイヤー集団に適切な指示を出すことで、この場から逃げ延びられる可能性もないはずはなかっただろう。

 だが、そうはしなかったようだ。


 男はなおも諦め悪く、こちらへと掴みかかろうとした……。


「――しっ」

「ぎぃあっ!」


 しかしこれもまた、かけつけた者によってはばまれる。

 男は、上空から降って来た何者かに斬り飛ばされ、体を左右真っ二つにされた。部位欠損により異常の影響を受けた後、ライフを全損させていった。


 おそらく杭を打ち出した射出機を利用したのだろう。

 飛んできてすぐ、男を切り伏せたそのプレイヤーはアルンを背に庇うようにその場に着地した。


「大丈夫か?」


 アルンに語りかけてくるのは、そんな落ち着いた青年の声音だった。


「え、は、はいっ!」


 絶体絶命の窮地に、魔法の様な手段で駆けつけて来たプレイヤー。

 アルンはこの時に起こった事を、忘れる事が出来なくなる。


「下がっていろ。滅ぼす」

「ほ、滅ぼす……?」


 控えめながらも感情をあまり窺わせない、そんな平たんな声音から放たれる青年の怒気。

 青年は剣を構えて中級プレイヤー集団達へと向き直った。


「少し気合を入れる。紫電一閃に入った初舞台だ」


 そして、今は存在しない一つのギルドの名前を口にして、青年は前方の集団へと突っ込んでいったのだった。


 その戦い方は手慣れたもので、鮮やかな剣舞でも見ているかのようだった。

 敵からは、アルンが接していた時の様な威圧感はもう感じられなかった。


 逃げ惑い混乱する彼らのせん滅には、たったの五分も必要ない。


「おーい、ユウ。もうやっつけちまったのかよ。こういうのは言い出しっぺの俺が来るまで待つもんだろ」


 その場に。急いで走って来たらしい男性がやってきた。

 長い青い髪をした、少々軽そうな言動の人間だ。


「何か文句でもあるのか。お前が殲滅すると言ったから、代わりに俺が殲滅しやってやっただけだ」

「大ありだろ! 俺の立場を考えろよ」

「知らん」


 目の前で言い争いを始める二人を見て、あっけにとられた事は今でもよく思い出せる。

 対照的な二人は、口調と態度とは裏腹になぜか仲が良さそうで。

 アルンには何か特別な絆がある様に見えた。


 これが、後に「電光石火」ギルドメンバーとなる、アルンとユウ、ウィーダとの出会いだったのだ。


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