第5話 一人の命も諦めない男



 大変な難事を終わらせた後でウィーダが苦心しながら、割とあまり考えない事で有名な猪突猛進型肉体派プレイヤーのゴンドウに、これからの注意事項を伝えていた。

 今日みたいな事を何度も起こされてはたまらない。

 行動力人間を野放しにしておくと、その他大勢にどんな悪影響を及ぼすか分かったものではないので、多少の面倒は仕方がない。

 それがなくとも結局は、初心者だった頃に世話になった恩があるので、ゴウドウを見殺しにはできなかっただろう。


 しかし、どうにもウィーダのまとめ方が良くなかったようで、結局ユウが代わりに分かりやすくかみ砕いて説明するはめになった。


 手間取りながらもどうにか危険性を訴えて、行動を控えるように伝えた後、ゴンドウはしたり顔で頷いてみせた。


「なるほど、よく分からんが。大変な事になっている事だけは理解できた」

「……」


 これにはさすがのユウも普段は変わらない表情を、批難用の物に切り換えられた自身がある。

 若干反応が怪しいのが不安だ。


 だが少なくとも、ダンジョンに無謀な特攻をしかけたり、フィールドに出ていくような事はもうしないつもりらしい。


「主らが対策を立てるまで、こちらは大人しくしていよう。今日の所は、この世界にいる知り合い達に声をかけて、話し合う事にする。では、世話になったな。この借りはいずれ必ず返そう」


 自らの予定を述べた後、ゴンドウはその場から去っていった。

 別にユウ達は、この世界にいる他の者達のために頭を悩ませているとは言っていないのだが、あえて主張する事でもないので、黙っておいた。


 だが自分達のギルドには、そういう事を言われるとやる気に火が付く人間がいるという事実を失念していた。


 ゴンドウの背中を見送ったウィーダが、一息吐きながら呟いた。


「ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど何とか無事でよかったぜ。他にも同じ事してる奴いねーよな。とりあえず、パニックになってる奴がいたら止めてやらなくちゃいけねーよな」


 その言葉の声に、ワンテンポ置いて答えたのはアルンだ。

 

「さすがにこの辺りにはいないみたいね。町の中も、まだそんなに騒ぎにはなってないみたい、正直意外よ。いま仮想世界内の掲示板みてるけど、まだ状況を把握しかねてるってところなのかしら」


 訝しげな様子で、首を傾げながら掲示板の文字列を視線で追っている彼女は、いつの間にはこの近辺の状況を大体チェックしていたらしい。


「NPCがどうとかっていう書き込みが増えてきたのと、知り合いと合流をはかろうとしている人達の情報が錯そうしてるのが特徴」


 仮想世界内の話題をまとめた掲示板を視線で示しながら、分かった事をあれこれ伝えてくれる


「けど、本当にデスゲームになったのか確かめようとしている人間はいるみたい。そろそろ誰か第二のゴンドウさんが現れてもおかしくないわ」

「マジかよ。なら、なおさら止めにいかねーと。こんな時って、どうすりゃいいんだよ」


 アルンの言葉を受けたウィーダは頭を抱えながらも、心配そうな表情で他のプレイヤー達のの身を案じ始めるた。

 アルンは年齢を考えれば、積極的に人を見捨てる事に抵抗感があるのは分かる。

 だが、ウィーダの年ならば、厳しい現実と実現したい理想に折り合いをつけられるはずだろう。


 借り物の体にすぎないにもかかわらず、頭痛がしたような気がしたユウは、自らがしかめた眉間をもんだ。


 こちらの意見は彼等とは全く別だったからだ。


「他の連中の事は放っておくべきだ」

「なっ」

 

 その発言を信じられないと言う顔で聞き返したのはウィーダ一人。

 アルンは悲しげな顔をしつつも、反論を述べてくる事はなかった。

 一応彼女は、ユウが抱いているのと同様の懸念を抱いていたらしい。


 ウィーダは、肩を怒らせながらユウに詰め寄ってきた。


「俺達が動けば助けられる人がいるんだぞ、それを放っておけって言ってるのか!」

「ああ。余計な事に関わるより自分の安全だけを考えろ」

「分かってるのかよ、ユウ! この世界で死んだらそれで終わりなんだぞ。ここはもう現実と同じなんだ」

「お前こそ分かっているのか」


 ウィーダの気持ちは分かる。

 自分達がそれなりの高レベルプレイヤーである事を考えれば、まだ他の人間を助けられる余地があるかもしれない、という事も分かっている。

 だが、それらを全て考えたうえでユウも結論を出したのだ。

 こちらにも譲れない意見はある。


「モンスターやトラップだけが脅威になるとは限らない。俺達は、他のプレイヤーのいざこざに巻き込まれて死んでも、それで終わりだ」

「それでもだっ。出来る事があるのに、見捨てるなんてできねぇよ! 俺は今の時点で、一人の命も諦めるつもりはない!!」


 言葉の応酬が尽きた合間にユウはため息を吐く。


 そして、同時に決定的な一言もついた。


「そうか、ならここでお別れだ。勝手にしろ。俺は俺で勝手にする」

「本気かよ、ユウ」


 その場から足早に遠ざかるユウの背中に愕然とした声が聞こえてきたが、立ち止まる事はしなかった。

 なぜならばこれは、この世界で生き残るために必要な事だからだ。


 ウィーダの意思は固い。

 おそらく絶対に曲がらないだろう。


 だからユウは、その態度に応じた行動に出なければならない。






 歩き出したユウだが、すぐに自分の予想よりも状況が悪くなっていない事に気がついた。

 後を考えずに行動を起こすプレイヤーや、気の弱い者などが不安に押しつぶされていてもおかしくはないはずなのに、想定より割と静かだったからだ。


 人の動きに規則性はなく、平常時より雰囲気が悪いという点はある。

 だが、それは脳裏に描いた最悪には程遠い。


 訝しく思いながら町の中を歩いていると、見知った顔から声をかけられた。


「ああ、ユウ様。貴方様もログインしていらしたのですか」

「お前は」


 ウィーダと知り合うきっかけでもあった声の主。

 こんな雰囲気の中でも冷静な彼女は、しとやかに頭を下げて挨拶する。


「ご無沙汰しております。こちらの準備はすでに整っていますので、なんなりと指示をお申しつけください。速やかに各員に指示を伝達してみせましょう」


 おそらく彼女は何か勘違いをしている。


「何がだ」


 ユウは、困惑する胸中の中で更にその感情を強めながら、目の前の女性……ミントシティの大通りにあるアイテムショップの店員へと問いかけた。


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