第4話 妖精出現
この無限ダンジョンに入った理由は、わざわざ振り返るまでもない。
捜索対象であるプレイヤーを回収して、脱出する事。
アルンが言った通り、やはりゴンドウはダンジョンに入り込んでいた。
彼を見つけた時は、開けた一画で己より一回り大きいモンスター……ミノタウロスと対峙していた。
タイミング的にはちょうど倒しきる所だった。
それを見たウィーダが思わずと言ったように、言葉をこぼす。
「うわ。ライフ固定されてるのは分かってるけど、心臓に悪い光景だな」
本来の戦いで、あのモンスターとゴンドウが戦った場合どちらが勝ったのかは分からない。
だが、データの欠片となって壊れる前に見たモンスターの容姿は、中々迫力のあるものだった。
おそらくその戦闘は簡単には勝敗の決まらない勝負だっただろう。
プレイヤーの位置は、最初に確認した時からほとんど動いていなかったからだ。
それを証明する様に、ゴンドウの表情には疲労が刻まれていた。
「うむ、敵ながら中々骨のあるモンスターだった」
「おーい、ゴンドウさん!」
達成感を滲ませながらそう口に出すゴンドウに、ウィーダが真っ先に声を借り上げながら近づいていく。
「何やってんだよ、こんなとこで」
「む、主等は「電光石火」か。もしやお主等たちもこのダンジョンに?」
「そうそう、挑戦しに……くるわけないだろっ!」
危機感のない様子のゴンドウの言葉に脱力する姿勢を見せたウィーダは、ほっとした表情でダンジョンからの脱出を提案する。
「俺達の事はとにかく、とっととここから出てくれよな。おっさんの気持ちも分からない事はないけど、こんな時に高レベルプレイヤー向けのダンジョンなんかに突撃しないでくれよ」
「む、事情はよく分からぬが手間をかけさせてしまった様だな」
ゴンドウは、ユウ達が何を懸念してここまでやって来たのか察する事ができないらしいらしい。
だが彼なりに、自分の行動が他の者に迷惑をかけたことぐらいは理解したのだろう。
素直に謝罪の言葉を口にした。
「すまなかった」
頭を下げたゴンドウの姿を見て、話が落ち着いたの見計らったアルンが、場の空気を変えるように明るい声を出す。
心配なのは彼女も同じだったようだ。
「じゃあ、後はアイテム使ってここから出るだけですよね。ユウ様の手を煩わせるほどの事じゃないですよ。緊急脱出用のアイテムは私が使いますぅ」
「ああ」
特に反対意見はないのでユウはそれを了承した。
口に出してこれからの行動を確認したアルンが、システム画面を操作して専用のアイテムを出現させる。
ゲーム内には、プレイヤーが錬成した特殊アイテムとは例外に、普通のアイテム……回復用の薬やら状態異常解除用の霊薬も存在している。
入手するには店で購入するのと、モンスターを倒してドロップ品を拾う方法の二通り。
だが、安全なプレイを考えるなら、店で購入するのがセオリーとなる。
NPCが商う店で販売されているアイテムは、自前で作成するよりもお金がかかるのだが、安全なゲームプレイをまともに考える者ならば、一通りの種類は絶えず持ち歩いているだろう。
アルンが取り出したアイテムを見た、ゴンドウが懐かしむように目をほそめる。
「脱出用のゲートアイテムか。それを使うのは半年ぶりとなるな」
少数派だがプレイヤーの中には、ゴンドウのようにアイテムを購入もしなければ所持もしていない者もいる(絶滅危惧種扱いされているため、そうそう出会えるものではないが)。
そんなセリフを聞いたウィーダが、ため息と共に声をかけた
「ゴンドウさんは相変わらずだな」
市販のアイテムも錬成したアイテムも、使用待機時間といって実際に効果を表すまでの時間が数秒から一分ほどかかるのだが、その中でもダンジョン脱出用のアイテムは最大待機時間の一分がかかる。
その間、暇になるのでウィーダは雑談して潰そうとしているのだろう。
「そんなんで、このゲームやっていけてるのが驚きだ」
「そうか? 仮想の世界と言えど、その世界に生きる者の魂は同じ。ならば現実と同じように生き、自然体のまま楽しむのが良かろう」
「大抵のプレイヤーはぜんっぜん正反対の思考でこの世界に来るもんなんだぞ」
現実では体験できない経験を求めて。
現実にある人間関係や束縛から逃れるために。
全体を見れば、そういった目的の為にこのオンライン世界を利用しているプレイヤーの方が圧倒的に多いだろう。
だが目の前にいるプレイヤーは、あくまでもこの世界を現実と同じようなものだととらえ、同じような態度で接しているらしい。
その考えの一部に同調してみせるのは、アイテムを発動させているアルンだ。
「ちょっとだけど、ゴンドウさんの考えあたしにも分かっちゃうなぁ。ここで好き勝手やって現実の自分が直接どうなるわけじゃないけど、繋がってるとこだってあると思うし」
だが彼女は、「だからってさすがにノーアイテムで無限ダンジョンに突撃するのはどうかと思うけど」と最後に付け加えはしたが。
会話しているうちに、四十秒と少しが経過した。
もうそろそろだ。
時間を考えれば、アルンの手のひらに載せたアイテムの待機時間がもうじき終了するだろう。
だが、それを阻止しようとでもするかのように突如大量のモンスターが姿を現した。
ゴブリン、オーク、このダンジョン内で目にしたモンスターのみならずトレントやレイスなど、このダンジョンでの目撃情報にはなかったものまでいる。
「うおっ、何だ? あのなんでもアリ軍団は」
「むむっ、面妖な」
「あれ、ねぇ……ちょっと、先頭にいるのって……」
仲間+エキストラの反応を見ながらユウは、最後に発したアルンの言葉を引き取って呟いた。
なぜなら、こちらに向かってこようとしてる多数のモンスターの先頭に飛んでいたのは……、
「妖精?」
だったのだから。
絵本の中から飛び出たような様子の、羽の吐いた小さな小人が宙に浮いていた。
その小人の手には、まさしく妖精らしいキラキラした杖が一つ。
このクリエイト・オンラインには妖精というモンスターは存在しない。
ファンタジー世界を模した仮想世界ではあるのだが、対象とする利用者は十代後半から二十代、三十代男性。
女性受けしそうな外見のモンスターは少ないし、妖精などはこの世界には存在しないはずだった。
それはデスゲームによる何らかのゲームの仕様変化なのか、それとも意図しないバグなのか。
どちらにせよ、情報もなしに迂闊に戦闘していい相手ではないだろう。
「アルン、時間は」
「後、5秒ほどですぅ」
10秒にも満たない脱出までの時間。
モンスター達は依然遠く、こちらとは離れた距離にいるが、先頭の妖精が遠隔攻撃の手段を有していないとは限らない。
なのでユウは、ウィーダ達が迂闊に飛び出さないように手で制しながら
「敵の事は、気にするな」
「何とかする」と発言。
呼び出したシステム画面から、ワンタッチで緊急指定アイテム「無色の団子」取り出した。
無色の団子はユウの好物だ。
あん団子や三色団子、黄な粉団子も捨てがたいが、味がなくて見栄えも良くない子供の頃に手作りした無色の団子は特別だった。
錬金術で作られたものは個人の好みに左右されるので、よくこのようにTPOにふさわしくない見た目のアイテムが出来てしまう。(ちなみに、何故かこの「電光石火」メンバーが作るアイテムは食べ物ばかりになって、使用する度に少々バツが悪くなるのだが、いちいち気にしてられない)
そんなアイテムだが、首を傾げたくなるのはあくまで見た目だけ。
「……」
食べ物の見た目をしたものを一口もかじらず放り捨てるのはいつも気が引けるのだが、 ユウは無言でそれを放り投げた。
妖精は己の近くに放り投げられた団子を杖で叩き落そうとするが、触れた瞬間、団子が粉上になって爆発。煙幕が満ちた。
時間稼ぎにはなっただろう。
アルンの「発動ですぅ」という声が響いた。
「なあ、ユウ。小麦粉から作った団子がまた材料の状態に戻るとか、いつ見てもシュールだよな」
最後にウィーダがそんなコメントを寄越してきたが、それこそこのオンライン世界に来ておいて今更だろう。
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