第2話 混乱の影響
ミントシティ 廃屋 地下ダンジョン入り口
ユウたちが向かったのは、ミントシティの中のNPC(プレイヤーではなくAIが動かすキャラクター)が住んでいない家……廃屋だった。
幸いにもアルンから寄越されたメールには地図も添付されていたので、目的地には迷わず向かう事ができた。
このミントシティは、オンラインゲームを始めたばかりのプレイヤーがまず拠点として活動する町だ。
なのでそのような設定にならって、周辺のフィールドやダンジョンにはレベルの低いモンスターばかりが出現しているし、ダンジョンも難易度の低いものが存在している。
だがしかし、隠しダンジョンの類いは例外だった。
ユウ達が向かった場所はまさにそんな例外の場所。
最近になって発見されたダンジョンなのだが、今まで用意周到に隠されていただけあって、そのマップに出現するモンスターはかなりレベルが高い。加えて、内部に存在するトラップも凶悪な物が多かった。
実際に来た事は無いが、情報屋を通じてよくこのダンジョンの難易度について耳にしていた。
ダンジョンに対する知識を整理していると、先頭に立って廃屋の内部を進んで行るウィーダがぼやく。
「なんで、またこんな所に……」
ユウとしても、頭を抱える彼の言葉に激しく同意せざるを得ない。
奥の部屋まで辿り着くと、そこには不安そうな表情をした中学生の少女、オンラインゲームプレイヤーのアルンが立っていた。
桃色の髪をツインテールにして、両サイドで結んでいる年下の少女だ。
こちらの姿に気が付いた少女は、ルビーのような赤い瞳を丸くして驚き、可憐で愛嬌のある顔をほころばせた。
「あ、ユウ様! あと、ウィーダも!」
こちらに向かって足音軽く走り寄って来たアルンは、メールを寄越したウィーダには目もくれず、ユウへ抱き着いてきた。
アルンは甘える様な声で、こちらに頬ずりしながら言葉を続ける。
「もう、どうしようかと思ってたんですよぅ。でもユウ様が来てくれたのなら、一安心ですぅ」
特にこの少女に関しては変わった所はない。
馴れ馴れしく猫撫で声で接してくるアルンのそれは、この非常時の状況ゆえのものではなく、いつもと同じものに見える。
平常時と変わらぬ態度でこちらにすりよるアルンだが、そこで放置されていたウィーダが突っ込みを入れた。
「俺の存在は無視かよ?」
「何よ。あんたの存在に価値があるわけ? 女の子にモテるくらいしか能がない役立たず。あのメールは、あんたを呼べばユウ様がついてくると思って送っただけなんから、変な勘違いしないでよね。ゴミ虫」
アルンがそこに返す言葉は、ユウに向ける者とは正反対の冷たくすげないものだった。
「ご、ゴミ虫ぃ!?」
ケンカを売る様な言動だが、これで通常営業。
アルンのそれは、特別に二面性がある性格をしているというわけではない。
気に食わない事や気に入った事は、口に態度に出して、はっきりと表しているにすぎないのだ。
このまま延々と二人でいがみ合わせているわけにはいかないので、ユウはこちらに頬ずりしてくるアルンを引きはがして、話の続きを促した。
「離れろ」
「あっ」
「説明してくれ、この先にプレイヤーがいるのか?」
無理矢理剥がされて残念そうなアルンに、ユウはメールの件について尋ねていった。
「はい、実はぁ……」
アルンは部屋の中にある一点を見つめながら話をし始めた。
「ゴンドウさんって知ってますよね」
彼女が見つめる視線の先には、退かされたタンスと、そのタンスによって今まで隠されていたらしい扉……例の隠しダンジョンの入り口らしきものがあった。
その先にあるのは、無限ダンジョンという名前の高難度のダンジョンなのだろう。
「そのゴンドウさんが、さっきの通知メールで町の皆がパニックになってるのを見てて、自分が大丈夫な事を証明してみせるって言って……。それでこの先に行っちゃったんですぅ」
ゴンドウというのは、このオンラインゲームで知り合った、中年の男性プレイヤーだ。
彼は、オンラインゲームに不慣れな初心者プレイヤーに世話を焼くのが趣味だという親切な人間であるのだが、たまに人の忠告を聞かずに行動するところがあるのが問題だった。
ユウ達も何度か初心者だった時に声をかけられているので、それなりに交流のある人間だ。
それはウィーダも同じだろう。
聞きなれた名前を聞いた彼が顔をしかめる。
「マジか。それでダンジョンに速攻突撃とかするか? いや、確かにこういう時に動くのは、あの人らしいけどな。でも何でここのダンジョンなんだ?」
「あんたそんな事も知らないの?」
ギルド名物のケンカをし始めるウィーダ達を横目にして、ユウはシステム画面を呼び起こしてある操作をしていく。
アルンに説明されている内は、ギルドリーダーのウィーダはこの場から動く事は無いだろうからだ。
「お前なぁ、いちいち人の事を罵らないと話が進まないのかよ」
「安心して、あんた限定だから」
「タチが悪い!」
「まったく、仕方ないわね……」
話によれば、この世界から安全に現実へ戻った事を証明するには、この無限ダンジョンを利用するのが適切だから、という事だった。
「どういう事だ、それ?」
疑問符を頭上に浮かべるウィーダが話を中断させれば、アルンが冷たい目線を向ける。
「そんな事も知らないの?」
「悪かったな。つい最近発見されたダンジョンなんだろ、テストが忙しくて碌にログインできなかったし、情報収集できなかったんだよ」
頭を掻きながらそう述べるウィーダにアルンは、追加口撃をやめて呆れた視線を向けるだけにとどめたようだ。
眉をしかめながら、続きの説明をしていく。
「そのダンジョンには他のダンジョンにはない特性があるのよ。それは、降参しない限り、無限にトライできるダンジョンだって点」
「はぁ?」
「ライフがゼロになったら、一度ログアウトしちゃうっていう点は他と同じなんだけど、次にログインした時は、ログアウトした場所から再開できるのよ。ダンジョン内の難易度が半端ないせいだって理由があるんだけど、ゴンドウさんはその利点を生かして、ダンジョンの奥まで到達しようとしてるわ。それで攻略達成のファンファーレを響かせてやろうって考えたわけ」
「あ、ああ。なるほどそういう事か」
高難度のダンジョンをクリアすると、達成者の名前をシステムが読み上げてファンファーレが鳴らされる仕組みになっている。
フィールドにあるダンジョンをクリアした場合は、半径数キロメートルと決められているが、ダンジョンがあるのが町中だと、その町のすべての区画がお知らせ圏内にすっぽり入るだろう。
クリエイト・オンラインで遅部プレイヤー達は、今までそういう流れで未踏ダンジョンがクリアされた事を知ってきた。
パーティーでダンジョンに挑む者達なら、自然とダンジョンクリアの情報は広まっていくだろうが、ソロで挑んだプレイヤーの場合はクリアの情報が公にされない場合もある。
ダンジョン内には、初回クリア時だけに出るレア報酬があるので、知らずに挑んでいったプレイヤー達が泣き目を見ないようにと、運営側が配慮したのだろう。
「だからゴンドウさんは、何度もログアウトとログインを繰り返しながら奥に辿り着いて、この世界が安全だって事を証明しようとしてるのか……って、だったらこんな所で悠長に話している場合じゃないだろ!」
「あら、アンタは例のメール信じてるのね」
「信じてるっていうか、もしそうだったら本当にヤバいんだぞ。大変じゃねーか」
「まあ、確かに私達もログアウトできないし、運営との連絡もつかない。ログアウトして本当に死んだら、失敗した時のリスクが大きすぎるわ」
「だろ!?」
話が終わった後、なおさらじっとはしてられないとばかりにウィーダが、無限ダンジョンの入り口へ向かおうとするが、ユウは適当に足をのばして彼をひっかけておいた。
当然ウィーダは転倒する。
「ぶっ! ちょ、おい、ユウこら!」
こうしている間にも内部にいるゴンドウがライフを全損して死んでしまう可能性があるのだから、普通に考えればユウたちは一刻も早く急ぐべきだろう。
だが……。
やるべき事があったのだ。
文句を言いながら起き上がるウィーダを横目に、アルンが期待を込めて視線をむけてきた。
「ユウ様がまだここでじっとしてるって事は、何か考えがあるんですかぁ?」
呼び出した画面を操作しながら、状況をおおよそながら掴んでいたユウは、その言葉に顔を上げる。
とりあえず現状確認の意味で、いくつかの言葉を投げかけてみた。
「俺達は、デスゲームに巻き込まれている」
「あれ?」という顔をするのはもちろんウィーダだ。
「俺それ説明したか?」
「ライフがゼロになれば死亡する、その認識で合っているか?」
「よく分かったな」
それらの言葉を聞いたユウは、ダンジョンの入り口に立った。
知りたい事は知ったし、準備ももう整った。
なら後は進むだけだ。
「来い」
「「へ?」」
仲良く揃って口を開け間抜けな表情を晒しているアルンとウィーダ。
ユウは二人に構うことなくダンジョンマップへの侵入を果たし、進む目的を告げた。
「ゴンドウを回収しに行く」
「お、おいユウ。そんなあっさり……」
「も、もしかしてユウ様には何かお考えが?」
戸惑いながらも付いてくるウィーダと、特に抵抗感もなくついてくるアルンを背後に連れながら、ユウはおそらくこの世界にいる誰もが驚くような言葉を口にした。
「全プレイヤーのライフポイントが変動しないように手を加えた。これで、モンスターの攻撃で死ぬ事はないだろう」
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