第1話 デスゲーム開始



 ミントシティ 一日目 PM八時半


 仮想世界へ降り立った青年……ユウは、現実世界の容姿をベースにしてプログラムが作り上げた、アバターの容姿へと変わる。


 アバター姿となったユウは、とりあえず自分の体が意思通りに動くことを確かめるのだが、普段と違う様子に気がついた。


 それは、オンラインゲームにログインして、ほんの数分後の事だった。


 ここは駆け出し冒険者が利用する最初の町、緑と生命の街……ミントシティ。

 あふれる生命力のイメージを受けるその町の中で、ユウは周囲の様子を冷静に眺める。


 周辺にいる者達は皆、不安そうな表情をしていたり、髪を振り乱しながら泣き叫んでいたり、呆然としていた様子でいた。


 町の中は常には無い緊張感と、絶望感で満ちている。


「やはり予定通り起こったのか……」


 時刻は夕方八時代。今日は平日の金曜日。

 オンライン世界の時刻もそれと同じ。


 周辺はすっかり暗くなっているのだが、週終わりの金曜日ならばもっと明るい雰囲気に満ち溢れているはずだった。


 それがこの様子だ。


 周囲の様子を観察していると、こちらへ声がかかった。


「おーい、ユウ。大丈夫か?」


 周囲の様子を窺っていた所に、青年が遠くから駆け寄ってくる。

 どうやら向かうより前に、こちらの行動を把握していた友人の方が拾いに来たらしい。


 青い長髪に、白を基調としたロングコートを着込んだ男性プレイヤー。

 本名は別にあるが、この世界での彼の名前はウィーダだ。


「くそ、いつもの僻み野郎に絡まれてたせいで遅くなっちまったじゃねーか」


 ウィーダの歳は十代後半、大体高校生くらい。

 中身の歳もそれと同じくらいだと聞いた事がある。


 数あるアバターの中でも比較的美形と言えなくもない顔立ちをした彼は、この世界で出会って数年ほどの付き合いがある友人だ。

 この世界……クリエイト・オンラインの世界については、一応先輩にあたる人間となる。


 ウィーダはこちらの姿をまじまじと見ながら、あれこれ質問してきた。


「トラブルに巻き込まれたりしてないか? 変な連中に絡まれたりとかは? 今はちょっとあちこちやばい事になってるからな」


 心配そうにする友人に向けて首を横に振ると、ほっとした反応が返って来る。


 あれこれ人の事を気に掛けるのは、ギルドリーダーである立場の習性だろう。

 ウィーダは、ユウを含めた他一名をメンバーに持つ小ギルド「電光石火」のリーダーだからだ。


 自分より早くこの世界に来ていたのならば、ここで起こった事の事情も詳しく把握しているかもしれない。そう思ったユウは目の前にいるウィーダへと尋ねる。


「何が起こったか説明しろ」


 だが、ユウが発したその言葉はウィーダにとって驚くべきものだったらしい。

 目を見開かれ、軽く身を引かれる。


「は? お前、運営からの通知メール見てないのか?」


 普段とは違う状況に混乱していたのは自分も同じだったようだ。

 彼に言われてから、そこから情報を得る方法もあったかと考え、オンラインゲームをする上で欠かせないシステム画面を表示。


 だが、目の前に表示された画像を注意深くチェックしてみても、それらしいメールは一つもなかった。


 ウィーダの言動を考えれば、ユウ以外のプレイヤーには、運営からのメールが届いたらしい。

 だが、なぜかユウのシステム画面内にはそれらしい項目がまったく存在していなかった。


 他にあるのは今回ログインする前に届いた、この世界で知り合ったプレイヤーからの個人的なメールのみ。


 不手際という事は考えにくい。

 他のプレイヤー達に届いたのなら、自分だけが何らかのバグを引き起こして、メールを受け取れなかったと考えるのが自然だろう。


「障害か……?」


 ユウは、一日のスケジュールを思い起こして、自らの行動を省みていく。


 いつもより遅くに家に帰った後は、オンライン世界での待ち合わせ場所へと向かうべく、仮想世界への入り口となるゴーグルをつけ、システムを移動。


 いつもなら五分前行動を心掛けて、待ち合わせの時間より早く向かう所なのだが、今日はワケあってギリギリになってしまった。


 最後に私室で見た部屋の時計の時刻は……。

 七時五十九分五十秒程だ。


「八時ちょうどにログインした。その時に何らかの障害が起きたようだ……、来る前に一瞬ブラックアウトした」


 待ち合わせ時間ぴったりにオンラインゲームの世界へ向かう事になったので、謝らなければならないと思っていたところだった。


 普段は時間にズボラである友人ウィーダが先に場所に来ていたら、と。


 だが、この世界に来る時に表示された画面にノイズが走って一瞬だけブラックアウトしたのを覚えている。


 それはたった一秒にも満たない出来事だったが、気のせいではない。

 仮想世界で周囲の全てを暗闇に包まれるという体験は、なかなか背筋を凍らせる威力だったからだ。簡単にはあの感覚は忘れられはしないだろう。


 そんな事を話せば、ウィーダは頭を抱え始めた。


「はぁあ? マジかよこの大変な時にギリギリアウトで滑り込んできたのか、お前馬鹿だろ」


 理由も分からない状態で馬鹿呼ばわりされるのは釈然としない。


 普段から周囲の人間に「見た目がぼんやりしている」、「何を考えているのか分からない」などと言われているユウだが、さすがに何も把握できていない状況で、そんな風に言われたなら怒りの感情を抱かないわけにはいかない。


 なので、礼儀として靴を踏んでやった。


「いてっ! お前仕返しが地味なくせに、妙に痛いな。いてぇ! おい、連続で踏むな! 靴に穴が開いたらどうするんだよ、これお気に入りなのに!」

「装備品はデータだ。摩耗はしない」

「知ってるよ! そんな事は!」


 誰かさんの性格のせいで、このオンライン世界では人の靴を踏む回数が格段に上がったので、どこにどうやって力を込めれば効くのか分かる様になってきていたのだ。

 まったく嬉しくない成長であるが。


 このようにウィーダという人物は、善人ではあるがお調子者でもある人物だ。ついでにいえば、人からの頼みや願いなどを大してよく考えずに安請け合いするのが常。


 そして後は、……。

 口が災いの元。

 そんなことわざがよく似合う。


 ウィーダを友人にしていると、結構な頻度でトラブルに巻き込まれるので、靴踏みスキルにかなり磨きがかかるのが難点だ。ユウが、大して身にならない成長を遂げてしまうのは仕方がない事なのだろう。


 どうでもいい事を考えている間に、頭を抱えた姿勢で唸っていたウィーダが復活して、何かを言いかけてから、意味ありげな様子で一時停止した。


「仕方ねぇな……。俺が説明して……、そう言えば!」


 何かに気がついたとでも言った様子のウィーダは、システム画面を呼び出して、操作。


 ユウは彼の目の前にある画面を覗き見る。

 メールの受け取り画面だ。


 ウィーダは、おそらく運営から届いたという問題のメールの項目をスルーし、別の所へ目を向けていた。


 そしてとあるメールを選択。

 それは、この場にいないもう一人のギルドメンバーの名前が表示されているメールだ。


 受信時間は、八時五分。

 日付は本日のものだ。

 不運にも「電光石火」のギルドメンバーは、異常事態が発生しているこのオンラインゲームの中に全員集結してしまっているらしかった。

 

 その三人目のメンバーの存在を思い出したらしいウィーダは、(おそらくユウを探す間に受け取ったまま放置していただろう)そのメールの文面に目を通していく。


「…………はぁ!? おいおいマジかよ。こんな時に何考えてんだ」


 叫び声を発するウィーダが「どう思うよ」的な視線を寄越してきたので、ユウは横から詳しく内容を知るために、そのメールの文面へ目を通していった。


「……」


 結果。

 詳しい事は分からないが、この混迷するオンライン世界で、とんでもなく迂闊な事をしようとしている人間がいる……という事が分かった。


 ウィーダが慌てるわけである。


「ユウ、とにかく急ぐぞ。この世界の事については後で説明する」


 あせるウィーダが、文面に記されていた場所へ向かう為に走り出したので、ユウもそれに続く。


「やべぇ、どうしよう。ヤケを起こしたプレイヤーが、ミントシティの中にある隠しダンジョンに入ろうとしてるらしい。今ライフがゼロになったら本当に死んじまうのに、何考えてんだ」


 宛名に掛かれていた名前はアルン。

 ギルド「電光石化の」三人目のメンバーの少女だ。


 ヤケを起こしたプレイヤーとは、アルンの知り合いなのかもしれない。

 ひょっとしたら、ユウ達もすでに知り合っている可能性もなくはない。


 未だ混乱の残る通りを駆けながら、ユウの思考は半ばこの状況について想像ついていた。


 オンラインゲームでのデスゲーム。

 ログアウト不可で、ライフが尽きれば現実でも同様に死亡。

 といった所だろう。


 だが、そんな事態になる事はすでに把握していた事だった。


 何にしろ……。

 今日のログインが遅れた理由は、その対処に手間取った分もあったのだから。


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