全員集合



 そこで私は見たのだ。


 ホームセンター組のリーダー高城が青樹エイジの後ろに控えていることに。

 そして、彼らの仲間と共に一緒に連携を組んでいることに。


 正直、目を疑った。


 あの狂った思想の持ち主がなぜ善人である青樹エイジの下に一緒にいるのか。

 改心するなんてありえない。


 しかし、赤司さんは違ったことを思っていたようだ。


「なるほど、彼の嘘はこういうことだったのか」


 なぜか理解していたのだ。

 高城があのグループと連携を取っていることに。そして、それを嘘と表現した。


 でも、今はそんな悠長に考えている暇はない。

 この街の最強戦力たちで共闘する時間だ。


 最強戦力……最強戦力?


 不思議だった。


 高城と一緒にいる他の四人、彼らも高城と同等かそれ以上の戦力を保有していたのだ。

 明らかに『カード持ち』独特の雰囲気を身に纏った風格の持ち主。

 それがさらに四人追加された?

 一体、どこからそんな戦力を……。


 そして、私たちは前線で白猿と対峙しているアキラっちの下ではなく、高城たちがいる後方のグループの下へと駆け寄った。


「高城くん、詳しい話はあとで聞かせてもらうよ! でも今は頼もしい仲間が四人を加わったことを私は喜ぶことにするよ!」


「はい、以前はすいません! 今回は俺も味方です! 全力で『白猿』を討ちましょう!!」


 その言葉は高城とはまるで別人の口から発せられたように思えた。

 それぐらいあの高城になれていた私にとっては、衝撃的なものだった。


「ああ、君もいい顔をするようになった。それが君の素なのか」


「ええ、全力で行きましょう!!」


 昨日の今日まで、あれだけいがみ合っていたグループのリーダー同士が今や手を組んでいる。

 これほど頼もしいことはないだろう。

 それに青樹エイジにアキラっちが加われば……行ける!


 そこで前線にいた青樹エイジとアキラっちが白猿の攻撃を受け流す形で大きくバックステップを踏み、こちらに合流してきた。


「いいね! この感じ俺は好きです!」


 屈託のない笑顔で、青樹エイジはそう言った。


「話はあとにしよう。そろそろ【分身】してくるぞ!」


 アキラっちは私たちの空気を締めるように、次の攻撃を予言してきた。


 分身。

 白猿が最終手段として発動する、三体に分離する技。

 アキラっち曰く、全ての白猿を同時に殺さなければ何度も復活する最悪な能力らしいのだ。


「ウギィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!」


 一方的にやられている鬱憤を発散するかのように、白猿は再び雄叫びを上げた。

 全員が耳を押さえる。

 鼓膜が破れそうだ。脳が震えている。心臓が止まりそうだ。


 それほどの威力が声には込められていた。


 そして、次にやってきたのは分身ではなかった。


「氷攻撃来ます! みんなジャンプしてください!」


 エイジがそう叫んだ。

 私たちは慌てて、その場に飛びあがる。


「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 白猿は地面に手を突っ込み、この辺り一帯の地面を凍らせた。

 そして、手を引き抜く。


 バリンと氷が砕け、地面に転がっていた死体の全てがぐしゃぐしゃに潰されていたのだった。


 着地した私たちは、顔を歪めていた。

 見る耐えない姿と化していた奴らに。

 そして、あの氷に捕まると次は自分がああなると知ってしまった。


「俺とエイジであいつを翻弄する。みんなは後方から援護頼むぞ!」


 アキラっちがそう言うと、再び二人は前傾姿勢で前へと走っていた。


 そして、アキラっちは何かを呟き、無手の状態から一本の――刀――を取り出した。

 エイジは無手のまま。


 二人は半弧を描くように、白猿へと切迫していく。


「ウギィッ!」


 無造作に鎌が振られた。


 来るッ!

 私はそう思い、反射的に頭を抱えた。

 しかし、その鎌が私たちに届くことはなかった。


「ふんッ!!」


 アキラっちの刀がその鎌に合わせるように、斜め下から振り上げられたのだ。


 カキンッ。

 鎌が大きく弾かれた。


 そこに――青樹エイジが拳を叩き込む。


「【グラビティ・クロス】ッ!!」


 拳から具現化された十字架が出現する。

 先ほどよりも少し小さい。しかし、その威力は絶大だった。


「ウガァィグァッ!? ガハッ」


 鳩尾にめり込んだ十字架は白猿をはるか後方へと吹き飛ばした。

 そして、白猿は近くのビルの三階へと勢いよく激突したのだった。


「す、すげぇ!」

「まじかよ!?」


 芦名ともう一人がそんな声を上げた。

 確かに凄い。

 青樹エイジは今まで力を隠していたの?

 でも、なんで?


 そんな疑問が私の中では生まれていた。

 しかし、それはすぐにエイジによって上書きされた。


「遠距離攻撃持ちは今です!! 頼みます!!」


 そうだ、遠距離攻撃。


 私はすぐに正気に戻された。そして、地面に手を着く。


「私は拘束します!」


 スキル【地中潜り】。

 これを応用すれば、地面はある程度なら自由に動かせる。それをマンションに応用するだけ。


 手を起点にグニョンと地面が波を打ち、そのまま真っすぐとマンションへと向かう。

 そして、マンションのコンクリートで白猿の手足を拘束できた。


 みんなはそれを目掛けて攻撃を放つ。


『白猿、抗うな!!』


 赤司さんの声が空気を伝って周囲に拡散していく。

 その声を聞いた白猿は、意識を失ったように抜け出そうと暴れなくなっていく。


 そこに――。


 バン、バン。


 高城が猟銃を二発放った。

 それは空中で大きなドリルへと変化し、白猿へと直撃する。

 それは白猿のわき腹を深く抉っていった。


「オリャァッ!!」


 高城の横にいた知らない男性が、いつの間にか手に持っていた手榴弾をピッチャーのフォームで投げた。


 抵抗ができない白猿の頭にぶつかり……ドカンッ!!

 と、大きな衝撃を放ちながら爆発した。


 もう、白猿は意識朦朧としている。


 他の遠距離持ちは…‥。

 私は慌てて周囲を見渡すが、他には攻撃を準備している様子の人はいなかった。


 もう少しなのに!


「恋双銃」


 目の前にいたアキラっちが、両手にショットガンを構えた。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ……。

 絶え間なく撃ち続けられる銃撃だけが鳴り響く。


「俺もまだまだいける……ぜっ!!」


 そこに手榴弾が三個ほど追加される。

 ドカンッ、ドカンッ、ドカンッ。

 三発の轟音がマンションの壁を破壊しながら、鳴り響く。


 もしかして……彼らの力があればこのまま行けるのでは!?


 私は、その刹那にそう考えていた。

 このまま遠距離で攻撃を与えられ続ければ、拘束し続けられれば、赤司さんの「命令」が効き続ければ……。


 しかし、『白猿』はただ攻撃を撃ち続けられていただけではなかったのだ。

 耐えて、耐えて、耐えて、耐えて……この技を使うために。

 それは【分身】なんていう生ぬるいものではなかった。


「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアァァァァァァァアアアァァァァァアアアァァァァァァアアアァァァァァァァァァァァァァァアアッッッッッ!!!!」


 世界が揺れた。


 今までとは次元の違う圧力が襲ってきた。

 私だけじゃない、二大戦力のアキラっちもエイジも体を硬直させ、その場に片膝をつかされていた。

 私たちはその場にただ倒れ込むことしかできなかった。


 その圧力が晴れたとき、そこには無傷な三体の「死」が佇んでいた。

 それは「死」を具現化したような死神。死を告げるために生まれてきたような存在。


 抵抗するな、今すぐ命を刈り取るから。

 そう、語り掛けられているようだ。


 先ほどとはまるで存在感の桁が違う。


「快っっっっ!! 頼むっっ!!」


 そんな時、立ち上がったエイジがそう叫んだ。


 その掛け声に答えるように、近くで倒れていたガタイの良い男が立ち上がり、地面に手を着いた。


「分かった!! スキル【防壁】ッ!!」


 まるでコンクリートに意思があるかのように、グネグネと動き、三体の白猿を分離する形で壁が反り立ったのだった。


 凄い!

 これなら……。


『小賢しい』


 頭に怒声が鳴り響いた。


 そして、次の瞬間には私の体は宙に浮いていた。


 違う、私だけじゃない。

 ここにいたみんなの体が宙へと浮いていたのだ。


「ガハッ!?」


 食道に熱い何かが逆流してきたと思ったら、口から血が出た。

 そのままゴロゴロと地面を転がり、私は公園のベンチに腰を強く打ち付けた。


 ああ、ダメだ。

 視界が揺らぐ、薄くなっていく、狭まっていく。


「み、みんな……」


 最後の望みをかけて、目だけで周りを見渡す。


 だめだ、全員意識を失っている。

 くそ、ここで終わりなのかな?

 最後の最後まで白猿に恐怖し、逃げ、殺されなければならないの?


 そんなの嫌だ。

 私はまだ死にたくない。

 もっと美味しいご飯だって……美味しいご飯。


 私、何かを忘れて……。


 いや、忘れてはいない。

 思い出そうとしていなかっただけ。


 もう来ないと決めつけていたから。

 こんなに時間が経っても来ないということは、彼は帰った。

 そう思ったからかもしれない……。


 でも、今だけは……今だけは……望みたい、願ってほしい、来てほしい。


 助けて。


 みんなを助けて。


 私はいいから、ここにいるみんなを助けて……。


「氷一郎ッ!!!!」


 力の限り叫んだ。

 もうだめだ。力が入らなくなってきて……。


(………………な)


 え?


(が…………たな)


 誰?


(がん……‥な)


 あっ、体から痛みが消えていく。

 そっか、もう私……死ぬんだ。


 あーあ、せめて周りの子みたいに彼氏とか作って見たかったな。

 氷一郎はなんだかんだ言って、いい人だったな。

 別に彼氏でも悪くないかもね。

 顔はあれだけど、ご飯は美味しいし、大人の男の人って魅力的。

 でも、安全志向なところは直してほしいかな?

 それに……それに……。


「頑張ったな、チビ森」


「えっ?」


 目が開いた。

 声が出た。

 息ができた。


 目の前に氷一郎がいた。

 なぜか申し訳なさそうな顔をした、別にカッコよくもない氷一郎がそこにいた。


 ポツリと自分の頬に涙が伝っていく。


 ああ、助かったの?


「あの…‥えっと……すまん! 寝坊した!!」


 は?

 寝坊した?


「って、後ろ!!」


 無防備にも私に顔を向け、白猿に背中を見せている氷一郎。

 そして、そのすぐ背後には鎌を振り被っている白猿の姿が。


 バカ!

 バカバカバカ!!


「ん? ああ、心配するな」


 氷一郎はなぜか笑顔でそう言ってきた。

 そして、氷一郎を守るように何もない空間から氷の壁が出現したのだ。


「ウギィ!?」


 白猿の鎌は……氷の壁に触れた瞬間に粉々に砕け散っていく。

 まるで触れてはならない。

 触れたら最後だというような氷一郎の氷。


「嘘でしょっ!?」


「何がだ。そんなことよりも、全員治療しておいたから一塊になっていてくれ。ちょっと色々試してみたくてな」


 試してみたいって言ったの!?

 バカなの!?

 白猿相手に何バカなこと言ってるの!?


 叱りたかった。

 怒鳴って、叩いて、叫びたかった。

 しかし、氷一郎の笑顔が……なぜか「大丈夫だ」と言ってくる。俺に任せてくれと。


 氷一郎はゆっくりと立ち上がり、私に背を向けた。

 そして、白猿に向けて開口一番に――。


「ちょうどいい、少し実験させてくれ」

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