社会人失格
――時は少しだけ遡る。
ドカンッ。
……。
…………。
「ハッ!?」
突然、心臓が跳ね上がったような感覚に襲われた。
慌てて上半身を起こした俺は、冷や汗を服の袖で拭く。
「ふー、何だよまったく……悪夢でも見たのかな?」
でも、記憶には何もない。
ノンレム睡眠時にでも起きたのかな?
それにしてもびっくりしたな。
スーパーで拝借してきた目覚ましの音はこんなに心臓に悪い音ではなかったよな。もっとチリチリと軽い音だったはずだ。
ドカンってどんな夢だよ……って、ん?
ドカン?
一気に顔の血の気が引いて行くのが自分でも分かる。
会社に遅刻確定したときの寝起きの感覚。
あ、ああ、ああああ。
嘘だろ!?
こんな日に限って、そんなことあるのか!?
現実逃避したくなっていた俺は、ゆっくりと目覚まし時計を確認する。
長針は三の数字を指し、短針は…………。
「十二時十五分だと!?」
慌てて俺は寝袋から飛び起きた。
なんで?
なんでだ!?
目覚ましは確かに朝の九時には設定していたはずだぞ!?
どうなってんだよ、不良品を掴まされたか!?
やばい、やばい、外はどうなってる?
今の爆音は戦闘音だったのではないか?
そうだとうするな……。
「もう手遅れか? チビ森すまん」
寝坊であいつが死ぬなんて目覚めが悪い。
ああ、なんということをしてしまったんだ。社会人ともあろう大人が寝坊で人を殺すなんて最悪の中の最悪だ。
いや、こんなこと考える時間があるなら行動を起こすべきだ。
急いでテントチャックを開き、ムキュキュを起こ……。
「ムキュッ」
あー、うん。
起きてたのね、おはようムキュキュ。
テントの外には、俺の真似をしてストレッチをしていたムキュキュがきょとん顔で脇の下を伸ばしていた。
俺は慌ててテントを仕舞い、ムキュキュの体を持ち上げながら後頭部へと乗せた。
「急ぐぞ!」
「ムキューッ!!」
詳しい説明はしていないが、ムキュキュは理解してくれている様子だ。
もしかしたらムキュキュも音を聞いて気になっていたのかもな。
すまんな、心配させて。
今度からは絶対に目覚ましを三つ以上かけてから寝るようにするから。
俺は全速力でビルの階段を駆け降りた。
そして、ビルを出ると――。
「くっそ、やっぱり始まってやがるな」
とある一点から黒煙のような煙がモクモクと上がっていた。
ここからでも鮮明に見えるほどの黒い煙。
距離は結構ありそうだな。
くっそ、仕方ない、ショートカットするか。
俺はムキュキュの頭を撫でる。
「ムキュ?」
「今からちょっとだけ凄いことするから、しっかりとしがみ付いてるんだぞ?」
「ムキューッ!!」
任せて! と元気よく返事をしたムキュキュは後頭部ではなく、胸元の服の中へと納まった。
ああ、もしかしたらバイクに乗るかと勘違いしてるのかもな。
でも、バイクよりももっとスリリングなことだぞ。
自分でも本当にできるのかちょっと怖いけど、ライフの記憶が絶対に大丈夫だって言ってくれるんだ。
俺は地面に両手を着く。
「よし、行くぞ!」
「ムキューッ!」
ムキュキュが「いっけぇー!」と叫ぶ。
ふふふっ、こんな時だってのに、いつでもどこでも可愛いやつだな。
気合貰った気がするよ。
サンキュー、ムキュキュ。
「ライフ、力を貸してくれ」
自分の心に問い掛けるように、願った。
そして――。
「こりゃ凄いや」
「ムキューッ!!」
足元から氷の氷柱が出現し、俺を天高くまで乗せてくれた。俺自身は氷柱に服を固定し、落ちないように工夫している。
そこから氷柱は一気に煙が上がっている地点まで伸び、伸び、どんどんと伸びていき……限界まで伸びたとき、俺は一度近くのマンションの屋上に着地した。
それと同時に、先程までの氷柱が白い霧となって一瞬で蒸発していく。
「よっと……案外、上手く言ったな」
「ムキュー!!!」
ムキュキュがもの凄く興奮している。
もう一回やりたい、もう一回やってみたいとせがまれている様子だ。
遊園地で駄々を捏ねられている親の気持ちなのかな、これが。
「おう、もういっちょ行くぞ!」
「ムキューッ!!」
俺は再び地面に手を着き。
足元から氷柱を出現させた。
グングンと伸びていく氷柱は、俺たちをすぐに戦闘現場へと乗せてくれた。
全体を見渡せそうな大きなビルの上に着地し、俺は状況を確認することに。
「こ、これは……」
いた、『白猿』だ。
しかし、その姿は俺が見たときよりもどこか違う……。
そう、体の右半分が赤く染まっていたのだ。それは血とかではなく、毛の芯から染まっているようなどす黒い赤。
それになぜか三体もいる。
まあ、それも充分衝撃的だったんだけど……そうじゃないんだ。
眼下に広がる大きな戦闘痕が目立つ中、力なく倒れる人が数十人はいた。
何か大きな力に上から押しつぶされたように、体の節々から血を吹きだし、地面に赤く塗り絵をしていた。関節はあらぬ方向へ……正直、死んでいるとしか思えなかった。
それに死人は全て……。
「ホームセンター組だな」
その顔や武器、服装を見ればすぐに分かった。
荒れくれものの集団。戦力はそれなりにあったはずだ。
しかし、大きく雲の巣上ひび割れた広場で戦っているのは――たったの十一人だけ。
それも全員が大きな反応を持った強者。
そうか、この街にはこんなにもたくさんいたのか。
この世界の最前線で戦い続けていた猛者たちが。
それがここに今集結しているのだ。
俺が分かるのは、六人。
大型組のリーダー赤司、癖っ毛アキラ、チビ森、ヤンチャな芦名、女子高生加藤。
ホームセンター組のリーダー格、高城淳史。
その他には、見知らぬ人たち四人が高城と連携して戦っていた。
中でも突出して、全戦で戦っているのがもう一人いた。イケメンくんだ。
「快っっっっ!! 頼むっっ!!」
イケメンくんが前線に立ちながら、力の限り叫んだ。
「分かった!! スキル【防壁】ッ!!」
快と呼ばれていたガタイの良いその男が地面に手を着くと、コンクリートが盛り上がり大きな壁を築いたのだった。
凄いな、防御スキル。それもかなりの硬さを持つコンクリートの壁だ。
そう簡単には、壊れない代物だろう。
実際に上から見ていれば一目瞭然だが、『白猿』は戸惑いを見せていた。
そして、広場は三つの領域に完全分断されていたのだった。
やばい……まじで状況が掴めないんですけど。
なにこの状況。
えっと、えっと……結構、優勢っぽくない?
だって、人間側はみんな無傷だし、逆に白猿側の地面の方がめっちゃ抉れてるんだけど。
なにあれ、爆発でもあったの? ってくらい、マンションとかボロボロなんだけど。
そう安易に思っていた、その瞬間だった。
三匹の白猿の内、棍棒らしき武器を持つ個体が無造作にそれを横薙ぎに振った。
そして、棍棒がグンッともの凄いスピードで伸びていく。
うわぁお、如意棒ってやつじゃない?
と、悠長に考えていたのは俺だけだったようだ。
誰もその攻撃に反応できていない様子だ。
おいおいおい、躱せ!!
なに突っ立てるんだよ。
そして、彼ら全員が吹き飛んだ。
「嘘だろ!?」
俺から見ればそんなに早い攻撃ではなかった。全然躱せる攻撃だ。
しかし、実際は誰も躱していない以前に、反応すらできていない様子だった。
そこに無情にも如意棒が天高く振りかぶられた。
待て待て待て待て、それはダメだ!
そんな攻撃受ければ、さすがに死んでしまうぞ!
あー、もう!!
分かったよ、やればいいんだろ!
寝坊で知り合いが死ぬとか寝ざめが悪すぎんだよ!!
この時、俺は決めた。
今までは少し怖くて使っていなかったライフの能力。
それを全て解放してやると。
「くっそ」
掌に小さな氷のナイフを作る。
それを白猿に向かって投げつけた。
白猿は気が付いていない。
俺の存在にも、投げられた氷ナイフにも。
「スイッチ」
そう呟いた瞬間、俺と氷ナイフの位置が入れ替わる。
すでに俺の目の前には如意棒を振りかぶる白猿の姿がある。
無防備な顔に、これをご馳走してやろう。まあ、やったことないけどテレビで何度か見たことある技だ。
「ニー・バッドッ!! ていやっ!!」
別に俺自身はそこまで身体能力も高くないし、喧嘩だってしたことはない。
ただ、笑えるほど面白いくらいに俺の膝が白猿の顔面にめり込んだ。
うわぁ……自分で言うのもなんだけど、超痛そう。
まあ、マンションの屋上から落ちてきたみたいな威力だからね。
「って、おいおいおいおいおい!!」
考えなしに突っ込んでたけど……これ着地できんのか!?
おい、マジ止めて!
体操選手みたいに華麗に着地したいです!!
トンッ。
「よっと、華麗な着地」
本当にそれはそれは見事な着地ができた。
思わずポーズをとってしまったくらいに。
んで……。
「ウギィ!?」
「ガギィ!?」
「そんなに睨まないでくれる? 顔、超怖いよ」
えっと、ここは……あれを使ってみよう。
自前のやつ。
スキル【武人】、体術。
「アチョーッ!!」
とりあえず、両手で顔面殴ってみた。ついでに一瞬だけ手の周りにライフの氷を纏わせて。
いや、直接殴るとか痛そうだしさ。
「ブギィ!?」
「ギェ!?」
ものすっごい……吹っ飛んでいった。
嫌だ、俺ってもしかして結構バカにできないくらい強い感じ?
確かに俺の中では全力で殴ってみたけど、あんなに吹っ飛ぶなんて。
白猿……本当にゴメン。三体ともに顔面攻撃しちゃった。
でも、寝坊でちょっとハイテンションだったし、勢い余っただけだから許して欲しい。
「氷一郎ッ!!!!」
あっ、はい。氷一郎です。
なんか突然誰かに名前を叫ばれた。って、名前を知ってるのはチビ森くらいだよね。
あいつは他の人には名前は教えないって約束してくれたし、そうとしか考えられない。
で、どうしたの?
みんなが吹き飛んでいった辺りに振り返ってみると、そこには血反吐を吐いた彼らが瀕死状態で倒れていた。
……普通にこのまま放置してたらやばくない?
まあ、やばいよな。血反吐がっつり吐いてるし、虚ろな目をしてる人とかいるし、癖っ毛くんなんて立ち上がろうとしては力が入らなくて何度も倒れてる。てか、目の焦点合ってないから!
癖っ毛くん見直したよ、凄い胆力だ。
「どうしようかな……」
ライフの能力に傷を治すのではなく、無かったことにする回復能力があるにはある。
しかし、まだ生き物で実験したことがないのだ。
いきなり人間でやるってのは……。
「まあ、そんなこと言ってもこのまま放置してたら死んじゃうか」
それは嫌だな。
だったら、イチかバチかでもやってみるかな。
「万能氷ちゃん」
はい、でましたこの子。
何でもできる最強の万能能力、対象を凍らせ粉々にするやつです。
今回はこれを使って回復能力を再現してみたいと思います。
というか、この能力はもはや世界に喧嘩売ってるレベルでバグ的要素満載だ。
ご都合主義だ、チートだ言われても納得せざるを得ない能力である。
とりあえず、白猿たちは遥か彼方に吹き飛ばされやがったので、一旦放置しておこう。
そんで万能氷ちゃんを人数分……出せるかな?
まあ、やってみるか。
「むむむむ……」
ポンと万能氷ちゃんが十一個出てきました。
案外どうにかなるもんだな。
それじゃあ、万能氷ちゃんを全員の体の近くに寄せる。
集中、集中。
「対象は外傷。凍れ」
一瞬で、彼らの体からふわりと小さな氷の結晶が現れ、風に流されていった。
そう、これは対象を「外傷」と設定することで、ある程度の怪我なら直せてしまう回復能力だ。
みなまで言うな……自分でさえバカげてる能力だって自覚はあるんだ。
まあ、それなりに代償だってあるんだ。
今は気にしなくていいけどな。
「ん……」
「いた……くない?」
二人ほど真っ先に起きてきた。
前線で白猿と戦っていた二人だな。確か癖っ毛アキラとイケメンくん。
一瞬、癖っ毛と目が合った。
が、俺はすぐに目を逸らした。なんか目つき怖いし。
「おーい、チビ森生きてるかー?」
体を揺すってみるが、反応がなかった。
次に頬をぺちぺちと何度か叩いてみる。
「おーい、中学生起きろー」
……悪口もダメか。
でも、息はある死んではいないだろう。呼吸もさっきより安定している気がする。
よし、なら……。
「ん……」
立ち上がろうとしたその時、チビ森の口から声が漏れた。
おう、良かった。まだ意識あるんだな。
「頑張ったなチビ森」
意識はあるが、まだ起きられないと言った様子だ。
俺は軽く体をポンポンと触り、再び立ち上がろうと……。
「えっ?」
お前、毎度タイミング悪いな。
そろそろ立たせてくれよ。でも、まあ、俺の言うべきことは決まっている。
「あのな……えっと……すまん! 寝坊した!!」
誠心誠意、素直に謝ろう。
社会人がバカなの? 罵声されたっていい。ただただ悪いのは俺だから。
「って、後ろ!!」
明らかに動揺した様子のチビ森が叫んできた。
こんなに近くにいるんだから、叫ばなくたって伝わる。
それに……。
「ん? ああ、心配するな」
ちゃんと【アラーム】で気づいてるから心配するな。
それにこいつにライフの氷の要塞が破れるとも到底思えん。
「ウギィ!?」
案の定、白猿の鎌は『硬氷壁・オートタイプ』によって阻まれ、氷の屑となって消えていった。
へぇ、本当に触れた物は粉々にするんだな、この防御壁。
今まで少しだけ怖くてやれていなかったけど、こいつの前ではちょっとだけカッコつけておきたい。
臭いと思われてるかもしれないから、イメージを覆すためにも少しはカッコつけさせてくれ。
臭いやつと覚えられたくない!
「嘘でしょ!?」
チビ森は大きく目を見開き、俺の顔と白猿の顔を何度もウロウロと目が動いている。
これは……何度見だ?
四度見くらいかな?
初めてそんなに顔を見られたよ。
「何がだ。そんなことよりも、全員治療しておいたから一塊に纏まってくれ。ちょっと色々と試してみたくてな」
そうだ。
何かここまでくれば何でもできそうな気がするんだよ。
ということで、だ。
俺は立ち上がり、後ろにいる白猿に言ってやった。
「ちょうどいい、少し実験させてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。