さあ、地獄の時間の始まりだ
――終末世界、十八日目の午前11時。
「行くぞーッ!!」
「「「「おおッ!!」」」」
ホームセンターにいた総勢三十八名の荒くれ者どもが、気合を入れ街へと躍り出た。
作戦は容易に想像がつく。
探す、追い込む、多対一でなぶり殺す。
奴ららしい、脳筋共の至ってシンプルな考え方だ。
それを地中世界から見ていた私は、赤司さんに報告するべく急いで泳ぎ始めた。
大型スーパーの駐車場に到着すると、そこには戦力になり得る五人が集まっていた。
もし『白猿』と本格的な戦闘になった場合、このグループでまともに戦えるであろう戦力はこの人たちしかいないだろう。
赤司総司、私たちのリーダーであり司令塔。
アキラ、この街の最高戦力。これ以上の説明は不要だろう。
芦名旬、赤司さんが育てた次代の戦力候補。
加藤秋菜、同じく赤司さんが育てた次代の戦力。
そして、私。
紫森ねむ。
これ以外は正直、その場にいるだけで足手纏いになるだろう。
ただ、これだけの戦力であの『白猿』を討伐できるとは思っていない。
というか、絶対に無理だ。もしここにこの街のもう一人の『カード持ち』青樹エイジが加わったとしても、結果は絶望的なものになるだろう。
だからこその不確定要素、未知の戦力の参加が結果を左右することになる。
これこそが、唯一の成功の道筋であり、私たちの最後の切り札。
これを言い出したのは私だったけど、不安な部分も多かった。
でも、昨日氷一郎と会って確信した。
――氷一郎がいれば、確実に『白猿』を討てると。
たぶん氷一郎はもうどこかで私たちを監視しているはずだ。
そして、「勝てる」と確信できれば参加してくれるはず。
私たちはあくまでそれまで時間稼ぎ。そして、『白猿』の全てをさらけ出させること。
これしか私たちには道がないのだから。
私はみんなの前に立ち。
「動いたよ。『白猿』は公園にいる。あいつらが鉢会うのは時間の問題だよ」
そう報告すると、赤司さんが優しく私の頭を撫でてくれた。
そして、みんなの目が変わった。
「行きますよ、みなさん。昨日も話した通り、私たちはあくまで時間を稼ぐためにヒット&アウェーを徹底してやっていきましょう。まともに戦って勝ち目があるのはアキラくんしかいないです。いいですね?」
「行こう」
「やったろぜ!」
「はい、赤司さん」
「うん、行こう」
赤司さんの掛け声で私たちは小走りで『白猿』のいる公園へと向かった。
道中に現れたモンスターたちは、アキラっちが処理する。
そして、索敵は――私だ。
「アキラっち、あの建て物の影に反応が一つ」
「了解」
すると、アキラっちが一人だけ突出し、そこへともの凄いスピードで向かっていく。
一瞬だ。
私では認識できないほどの速さでスケルトンの背後に回り、急所の頭蓋骨をサバイバルナイフで一突き。そして、締めにナイフを捻る。
「ガ……ッ……」
モンスターはあっという間に灰となって崩れ、地面に染み込んでいった。
それを確認する前にアキラっちは私たちに合流、再び公園に向けて足を進める。
「さすが、アキラっちだね。目にも止まらぬ速さってやつだね」
「褒めても何も出ないぞ」
いつも通りのアキラっち。
でも、雰囲気だけはいつもより少しだけ刺々しい。
みんな緊張している、私だって緊張している。
ああ、なんであんな馬鹿どものために私たちが出張らなきゃいけないのか……。
そんなの分かりきっている。
あいつらが『白猿』に突撃すれば、またあいつが殺戮を始めるかもしれない。最近は大人しくなっていたのに、再び逃げ回る日々が始まるかもしれないのだ。
そんなのは絶対に嫌だ。
私はこんなところで死ぬわけにはいかない。
だからこそ、食い止めたかった。
けど、できなかった。
もう私たちに残された道は二つだけ。
命懸けで他の街に逃げるか。
勝つしかない。倒すしかない。恐怖を払拭するしかない。
「もうすぐ公園だ。一度、どこかで息を整えておこうか」
赤司さんのその言葉に全員が無言で頷く。
必要以上の言葉はいらない。無駄に声を発するわけにもいかない。
(本当に頼むよ……氷一郎)
一度、息を整えた私たちはマンションの影から公園を監視する。
まだ高城たちは来ていない。
思いのほか、捜索に苦戦しているのかもしれない。
それか……私たちのようにタイミングを見計らっているのか。
私たちは息を殺しながらひたすらに待った。
みんな冷や汗が尋常じゃない。地面に滴ってしまうほど、緊張感が高まっていた。
腕時計で時間を確認する。
「十二時になったよ」
私は小さな声でみんなにそう言った。
その時だった。
先ほどまで『白猿』しかいなかった公園に、突如奴らが現れた。
まるで私のように、地面からヌルッと現れたのだ。
そして――。
地獄の時間が始まった。
ほんの一瞬だった。
「キィ?」
やっときた、と言わんばかりに『白猿』が無造作に鎌を振るう。
「え?」
「は?」
「聞いてな」
「いや」
「まっ」
「うそ」
「いっ」
「え」
「ッ」
九つの首が宙を舞った。
私は動くことすらできなかった。
息をすることすら分からなくなった。自分が生きているのかどうかも分からなくなっていた。
あいつはただ鎌を振るっただけ。
そしたらグンと鎌が伸びたのだ。そして、首が飛んだ。
恐怖?
死?
は?
「おい、ちゃんと息しろ」
そこでアキラっちが肩を叩いてくれた。
私は息を取り戻した。
「ぷはぁ……きっついよ、あれ」
「お前はとりあえずここに居ろ。俺は出る」
それだけ言い残して、アキラっちは建物の影から飛び出ていった。
待ってと言いたかった。
アキラっちが死ぬのは嫌だった。
でも、そんな心配は私の杞憂に過ぎなかったのかもしれない。
あいつらは自分で始めたことなのに、無責任にも散り散りに逃げ惑っている。
そして、背中を見せた者から鎌に命を刈り取られていく。声すら出せずに、この終末世界をゲームオーバーしていく。
そこにアキラっちが加わり、大きく息を吸う。
「クソ猿っ!! 俺が来たぞ!!」
「ウキィッ!!」
『白猿』は待っていた言わんばかりに笑みを浮かべ、逃げ惑うやつらを無視してアキラっちへと一直線に迫っていく。
そして、アキラっちと『白猿』が激突した。
まさにこの街の最強モンスターと最強人間。
その命を奪い合う戦闘が始まったのだった。
「
アキラっちが聞きなれない言葉を口にした。
すると、何もない空間から二本の銃を取り出し、両手に抱えたのだった。
それは……。
「ショットガン?」
そう、それはいわゆる散弾銃またはショットガンと呼ばれる部類の銃だった。
しかし、既存の銃とは少し形が違う。
それはこの終末世界のために作られたような、未知の形をしていた。スキルで形成されているような…‥。
「ウキィッ!!」
お互いに距離を詰めていく。
アキラっちは交互にショットガン打ち続けて、これ以上誰も殺させないように白猿の注意を拭いた。
白猿は銃弾を鎌ではじき返す、体を捻って躱す、地面に転がっていた死体で防御するで難なくそれらを回避する。
それは元々身体能力というか、猿のような身のこなし方だった。
そして、二人はその勢いのまま衝突する。
そう思っていた。
――その時だった。
「スキル【蜃気楼】解除。みんな行くぞッ!!」
突然、白猿の真上にあいつが現れた。
そう、あいつ。
ここにいるはずのない、青樹エイジがそこにはいたのだ。
すでに青樹は片足を真上に振りかぶっていた。
「【グラビィティ・クロス】ッ」
踵落とし。
特に何ということもない、訓練されたような動きでもない踵落としから半透明な紫色の大きな十字架が出現した。
そして、白猿を頭上から叩き潰したのだった
「ウギィッ!?!?」
最初は両手で十字架を耐えるものの、徐々に体に重力が圧し掛かっていく。
苦渋の表情を浮かべる白猿。
その口から血反吐が吐かれた。
そして――。
ドカンッ!!
「ウギィッ……」
白猿が大きな血反吐を吐きながら、地面へとめり込んでいったのだ。
突然のことに、アキラっちも足を止め、戸惑いを見せていた。
「よっと」
さも当たり前だというように青樹エイジは着地し、にこっりとアキラっちに笑顔を向けた。
「一緒に戦いましょう、アキラさん!」
そう言い、手を差し伸べる青樹エイジ。
しかし、アキラっちはすぐに動かなかった。明らかに動揺している。
「エイジ……なぜここに?」
「後で説明します。とりあえず、今は共闘しましょう!」
「分かった。あとでちゃんと説明してもらうからな!」
「もちろんです!」
二人が手を取り合った、その時だった。
「ウギィィィァィィアィアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァァッ!!!!」
怒号が大気を揺らしたのだ。
私は反射的に耳を押さえていた。それぐらいの声量、それぐらいの負の感情が籠っていた。
一瞬、私の心が揺らぐ。
逃げたい。生きたい。辞めたい。帰りたい。
めり込んだ地面から、白猿がゆらりと立ち上がった。
それは白猿であって、白猿ではない。まるで別物の何かのように感じた。
「なにあれ……」
加藤さんの声が背後から聞こえてくる。
私も同じ気持ちだ。
アキラっちから聞いてはいた「あいつには第二形態が存在する。あれを倒さなくては、あいつは死なない」と。
そして、その正体を初めて私は目にした。
左側が白、右側が赤い毛になった本物の『白猿』。
聞くのと、見るとでは、感じることが全然違う。
そう、これはまさしく化け物だ。神と錯覚してしまうほどの存在感が私の存在を否定してきているような感覚が襲ってくる。
ああ、なんで私はここにいるんだろう。
そう何度も思ってしまうほどの圧力。
ああ、帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
逃げたい。
今すぐこの場から逃げたい。
「ねむちゃん、行くよ」
そんな時、赤司さんが私の手を無理矢理引っ張ってくれた。
その瞬間に、私の中で恐怖心が和らいでいくのが分かった。
ああ、これが赤司さんの【リーダー】か。
「はい! 勝ちましょう!」
「うん、そうだね。ほらっ、芦名君と加藤さんも行くよ!」
「は、はい!」
「う、うっす!!」
そうして、私たちは彼らの下へと駆け寄っていく。
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