無駄なスキルなんてないよ



「そういえば氷一郎はどこから来たの?」


 氷壁について一通り話し終えた俺たちは、焚火を囲みながら他愛もない会話をしていた。

 まだ日は落ちそうにない。

 だから、こいつもゆっくりとしていくつもりなのだろう。


「さあな。強いていうなら社畜の惑星からだろうか」


 すまないが、まだ俺はチビ森を信用してはいない。

 だから、話したいとも思わないし、正直何と説明すればいいのかも分からない。このライフの記憶について。


「新手の芸能人ですか?」


「何でもいいよ」


「じゃあ、何故この街に来たの?」


 なぜ……か。

 普通に応えるなら「崖から近かったから、適当にバイクを走らせていたら着いた」ってところか。

 んなもん、誰が信じるんだって話だよな。

 まあ、この辺りは話を作っておこうか。


「気の赴くままに旅をしていただけだよ」


「放浪者だったんだね。氷一郎は強いし、旅も怖くないんだね」


 チビ森の表情は羨ましいというよりかは、そんな人も世界にはいるんだな。と新たな発見に気が付いたと言った様子だった。

 そして、寂しそうに口を開いた。


「じゃあ、もうどっかに行っちゃうの?」


 行かないで。

 ここに氷一郎がいてくれたら、私たちはもっと安全に暮らせるからここにいて欲しい。

 チビ森はたぶんこんなことを考えているのだろう。

 立場が逆なら俺だってそう思うはずだ。

 そう、逆なら。


「そうだな、数日はゆっくりしてまたどこかに行くよ。俺には目的があるからな。とは言っても、そう大したものでもないけどな」


 そう、この間チビ森にヒントを貰った俺の目的。

 俺にしかできない、とまでは断言しないが、サバイバルをしている人たちに少しだけ笑顔を届けられたらいいなと思っている。

 その為に、俺は日本中を回って、出会った人たちにご飯をご馳走してやりたい。たらふく食わしてやりたいなんて考えている。

 まあ、新手の食え食え詐欺みたいなもんだ。


「そっか、分かったよ。みんなにもそう伝えておく。でも、まだ数日はここにいるんだよね?」


「そうだな、このキャンプ場にもう一泊はしていきたいな」


「それじゃあ、明日また来るから絶対にここにいてね!?」


「はいはい」


 そう返事をすると、チビ森が椅子から腰を上げた。


「それじゃあ、私は一度戻るね。氷一郎に言われた物も集めないといけないし」


「おう、頼んだぞ。俺はもう少しゆっくりしていく」


「うん、じゃあまた明日ね」


 そうして、チビ森は……地面に落ちた!?

 俺は思わず椅子から立ち上がっていた。


「は?」


 これもスキルなのか?

 スキルって何でもありだな。土遁の術ってか。


 そして、チビ森が地面に潜った瞬間に彼女の反応は【アラーム】から無くなっていた。


「そうか、そのスキルが俺のスキルを無効化していたのか……チート女子高生かよ」


 チビ森はたぶん敢えて今、俺の目の前でスキルを使ったのだろう。

 理由は分からないけど。


 ふぅ、今日の夜ご飯は何にしようかな。

 そうだな……。


「カレーにでもするかな。レトルトだけど」


 こうして俺たちの夜ご飯が決まったのだった。

 今日は少しだけ疲れた。

 だから、たまには手抜きでもいいよね。


 もちろんムキュキュが夢中になるほどカレーにハマったのは言うまでもないだろう。

 カレー麺好きだったし、辛いものも大好きだし。

 まさにカレーはムキュキュのために作られたような食べ物だな。

 日本人のソウルフードでもあり、悪魔のソウルフードでもあるカレー。


 俺はカレー最強説を提唱しよう。




 ******************************




 俺、青樹エイジは大型スーパーの中で赤司さんやアキラさんを交えて今後の行動について話し合っていた。

 隣には淳史と和葉も一緒にいてくれているから頼もしい。


 他の二人、向井と累ちゃん、快にはまだ他にいる俺たちの仲間を呼びに行ってもらっている。

 もちろん赤司さんたちの同意はすでに貰っている。

 その仲間が増えると、ここにいる人数は合計で60人にも上る。かなりの大所帯だ、食料問題だってそれなりに問題として挙がって来るだろう。

 しかし、少しの期間であれば俺たちのグループが蓄えていた食料でどうにかなる。ただもって四日か五日だ。


 それにこの街にはまだ生き延びている人たちが少しだけいる。

 彼らも加わるとなると、正直言って三日しか持たないだろう。


 だから、できるだけ早くこの街一体の食料を回収しなければならないのだが、全員が全員モンスターと戦えるわけではないのだ。

 この街が安全であるならば別だ。

 しかし、この街にはそこまで強くはないが、ゾンビやススケルトン、スケルトンナイトなど多数のモンスターたちが蔓延っている。


 そう、白猿を討伐できたからと言って、手放しで喜べる状況ではまだないのだ。

 問題は山積みである。


「俺らのグループの十一人は全員、ゾンビやスケルトン、スケルトンナイトであれば戦うことができます。しかし、イレギュラーが出た場合、今日戦闘に参加していなかった他の五人にはいつも逃げるように指示を出していました。なので、彼ら単独での食料捜索は不可能です。可能なのは、今日来ていた六人だけですね」


「私たちのグループでは、単独行動を許可しているのは私以外には7人しかいないよ。その他の人たちは、この7人の誰かと一緒にいれば行動できる人はいる。全て合わせても、23人だったはずだ」


 赤司さんがこのグループの現状を説明してくれた。


「ということは、二つの組を合わせても単独行動可能者は14人。それに単独は不可能でも探索可能なのが21人。……正直、厳しいですね。街をぐるりと何かで囲めたり出来れば、もっと楽なんですが……快の【防壁】はクールタイムがあるので街を囲むとなると、数ヶ月は掛かります」


「そうだったのか、もしかしたら彼のスキルならと思っていたが。なら、その防壁を徐々に広げていくのはどうだい?」


「あまり現実的ではありませんね。それに快の負担が大きくなってしまう。あれはクールタイムだけじゃなくて、精神力も消耗します。強い代わりにデメリットが多いんですよ」


 大所帯になり、この街の大きなグループが手を取り合ったのは良いことだ。

 しかし、人数に対する食料確保問題、これがどうにも解決できそうにない。

 今はまだあるからいい。

 だけど、このまま打開策もなくずるずると進めると、いずれグループの崩壊が起こる。結果的に、この街は復興の起点として機能しなくなってしまう。


 それだけは絶対にダメなんだ。


 そう、打開策さえあれば……もっと大きな力が俺にあれば……。


 ――そんな時だった。


「やっほー、戻ったよー」


 突如、床から這いあがるように紫森ねむが現れたのだった。

 思わず、俺は椅子から転げ落ちそうになった。

 まじでお化けかと思った……。


「お帰り、彼とは会えたかな?」


「うん、それはもうばっちりだよ! でね、朗報を持って帰ってきました!!」


 デデデンっ、と言わんばかりに楽し気に話す彼女。

 その表情はどこか終末世界で生きた人間とは思えないように捉えられた。

 いや、考え過ぎだろう。

 彼女もそれなりの修羅場を潜り抜けているはずだ。

 これは失礼な考え方だったな、すまない。


「朗報とは?」


「この街丸ごと氷壁で囲むなんてどうでしょうか? ちなみに氷一郎がやります」


「なっ!?」


 俺は思わず、椅子を倒すほど勢いよく立ち上がっていた。


 そんな……まさか!?

 もしそれができるならば、この街は確実に反映する。

 そう、俺のスキル【未来ムービー】が教えてくれていた。でも、その方法だけがずっと分からなかった。

 まさか……ヒーローさんがそれをやってくれるのか!?


「や、やろう!! それしかないです!!」


 嬉しさのあまり、俺は紫森さんの手を握っていた。

 彼女は……うん、もの凄く嫌そうな顔をされてるね。


「ちょっと私に惚れたんですか?」


 底冷えするような女子とは思えない声で言われてしまった。


「ご、ごめん、つい……」


 俺はすぐに手を離した。

 でも、さすがに俺でも傷つくよ。こんな反応されたのは初めてだよ。


「まあ、いいです。でも、問題が一つ」


 そう言って、紫森は人差し指を立てる。


 問題?

 何かを要求されているとかかな?


「白い粉が大量に必要らしいのです。それこそライン引きで街をグルっと一周できるほどの膨大な量です。これさえクリアできれば一瞬でこの街を巨大な氷で囲うことができるそうですよ」


 白い粉?

 それにそんな量の粉なんて一体どこで集めればいいんだ……。


「でも、何で白い粉何だい?」


 赤司さんが不思議そうに紫森に聞き返した。

 確かに俺もそこが気になっていた。


「触媒に必要らしいですよ。別になくても氷壁は出せるらしいんですが、白粉があればそれこそ一介のモンスター程度突破できないほどの凄い壁を作れるみたいです。まあ、詳しくは教えてくれませんでしたが……」


 触媒か……それこそ魔法みたいな話だな。

 今まで魔法という単語は聞いたことないけど、もしかしたらヒーローさんは魔法という名の何かを有しているのかもしれないな。

 いや、折角助けてくれたんだ。

 詮索は辞めよう。


「青樹くん、あてはあるかな?」


 赤司さんがすぐに尋ねてきた。


「いえ……塩なら多少は余っているんですが……学校を手あたり次第探して、石灰を集めるとかはどうですかね? それくらいしか俺には……」


 すると、赤司さんが顎に手を当てながら、渋々と話し始めた。


「それがね……私には心当たりが一つだけあるんだよ」


「心当たりですか?」


「あー、うんそうなんだよ。ほんの数日前だ、ここにいる一人の女性が変なスキルを手に入れたと私に報告してきたのだよ」


「変なスキルですか……それが白い粉を出せるとかですか?」


 赤司さんはあからさまに頭を掻く。

 そして――。


「そうなんだよね。本当にただ石灰を大量に出すスキル【ライン引き】というが。それも制限はない様子なんだよね」


 こんな幸運があるのだろうか。

 俺はそう疑ってしまう程、驚いていた。


 しかし……。


「これで全ての問題は解決できましたね」


 さあ、これからはサバイバル生活じゃない。

 この60人から始める、建国生活の始まりだ。

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