無駄遣いスキル



≪スキル:黒煙のレベルが上がりました≫

≪スキル:黒煙のレベルが上がりました≫


 このキャンプ場に戻ってくる道中で、何度かゾンビを自前のスキルで倒してみると面白いくらいにスキルのレベルが上がってくれた。

 やっぱりスキルってのは使って、モンスターを倒してなんぼの物なんだと思う。


 だって、今や【黒煙】で武装スケルトンを一撃粉砕できるほどにまで成長していたのだ。

 ライフの能力はレベルが上がるっていう概念よりも、慣れるって感じ方が合っている気がする。

 なので今度から時間があり、余裕があるときには積極的に自前のスキルを使っていこうと思っている。


 ということで、俺は本栖湖の前で【黒煙】の練習中であった。


 大きく息を吸い込む。

 自然の透き通った空気が肺一杯に溜まり――。


「フーッ!!」


 前方に向かって勢いよく煙を吹きだす。

 今回はこの煙の範囲をどれくらい操作できるのか検証中だ。

 真正面だけではなく、右側に偏らせることはできるのか、吹きだす息の方向で調整してみる。


(できた!)


 結構簡単にできた。

 ただ多少風に左右されるので、湖の付近ではその場に煙を留めるのに必死だ。

 ちなみに湖の付近は結構風が強い。


 そして――カチンッと歯を合わせる。


 ボゥ、と煙が燃える。

 すぐさま、俺は顔を背け火傷をしないようにする。


「ムキュー!!」


 凄ーいってムキュキュが言ってるわ。

 うん、やっぱり氷と火が使えたらカッコいいよね。分かるぞその気持ち。


「さて、次の検証だな」


 俺は今一度ステータスカードを手に取り、新しく手に入れたスキルの詳細を確認する。


【適応】

 耐性スキルの最終形態。オン、オフ可能。


 と、まあこんな感じですわ。

 要するに、環境系の耐性スキルをこれ一個に纏めましたてきな?

 うん、まあそんな感じ。

 一個でお得まとめセットってやつですわ。


 うん、最高。

 さすがはMVPで獲得したスキル。

 これでライフの能力をこれからは最大限発揮できるってわけ。

 だって、俺の体じゃあ普通に氷は寒いし、冷たいのだ。しかし、この【適応】には耐寒も含まれている。要するにそれなりに我慢できるようになったよ、ということだ。

 まさに俺が欲しかったスキルだな。


 まあ、基本オンにしておくけど、オフにすることもあるだろう。

 お風呂に入るときとか、バイクに乗るときとか、色々とだ。


「ゼロエリア」


 最大出力で俺の周囲を極寒の状態にしてみる。

 このエリアに敵が入れば、一瞬で粉々になるはずだ。白猿を倒したやつだな。


 ……うん、そこまで寒くないぞ。

 これは秋に半袖でいるくらいの寒さかな?

 真冬に全裸で氷水ダイブ連続二百回くらい寒かった初期よりは大分ましになっただろう。

 これならちゃんと着込めば、ライフのようにゼロエリア常時発動で「無敵城塞」と言われる日も近いかもしれない。


 あっ、でもムキュキュ耐えられるのかな?

 大丈夫か、この数日一緒にいて分かったけど、ムキュキュには寒いとか熱いとかいう概念がなさそうなんだよな。

 本当に謎生物だわ、悪魔って。


 あとはそうだな。

 レベルが7になったことで、身体能力がかなり向上している。

 目測百メートル走ったら、五秒切ったし。立ち幅跳び二十メートルくらい行けた。

 今ならオリンピックの金メダル総取りできる自信があるぞ。


 それと【怪人七面相セット】がレベル3に上がり、色々と使い勝手が良くなってきている。

【盗み聞き】は効果範囲が五十メートルまで広がったし、【ゼロスティール】は効果時間が三分に増えた。その他も効果時間が増えたり、ストック数が増えたりと使い勝手が向上している。まあ、今のところ【武人】くらいしか役に立ってないけど。


 白猿に食らわせた【武人】体術での「アチョー」攻撃はスッキリしたなぁ。

 全然カンフーとか興味ないけど、まじで海外の映画みたいに吹っ飛んだから面白かった。


「よーし、こんなもんでいいかな。そんじゃあ、お待ちかねの……ドラム缶風呂やるぞぉ!!」


「ムキューッ!!」


 恐らくなんのことかも理解していないはずだけど、ムキュキュはノリがいいやつだ。

 足元で、俺と同じように天高く拳を掲げている。


 ちなみに今回は薪を用意しました。

 なんか近くの牧場にたくさん置いてあったので拝借させていただきました。


「まずは平らな場所を探すぞ!」


「ムキュッ!」


 できれば湖と富士山を拝みながらのドラム缶風呂とかをやってみたい。

 終末世界でしかできない開放感最高、ローケーション最高の自作高級風呂だ。

 目指せ成功の手作り風呂!!


 その後、俺たちは探した。

 いい感じにドラム缶が倒れずに水平に保てそうな場所を。


「よーし、ここにするかな」


「ムキュ」


 初めに今回の材料を地面に全て出していく。


 ドラム缶一個、すのこ一個、のこぎり一個、えんぴつ一本、やすり一個、レンガ沢山、薪二束くらい、以上!!


 まずはすのこに鉛筆でドラム缶の型を取っていきます。

 すのこはお湯に入る際に熱くないように下に敷くので、ぴったしじゃなくてもいいです。最悪足場ぶんの面積さえあれば、いけないこともない。

 そして、それをのこぎりでザクザクと切っていきます。

 あとは俺の拘りで、切った箇所をムキュキュにやすりで磨いてもらいましょう。

 どうやらやる気満々の様子、鼻歌交じりでゴシゴシと削っています。


 次に、レンガで土台を作ります。

 別にモルタルとかで接合する必要はありません。適当でいいです、てか俺も詳しく知らんし。

 めっっっちゃうる覚えの知識でやっていますよ。

 んで、一度ドラム缶を置いてグラグラしないか、簡単に倒れないかを確認……オッケー!


 さて、焚火の時間です。

 薪を組む、そして【ファイアポイント】ッ!!


 ボウゥと一切の手間を無視して燃え始めた薪がパチパチといい音を鳴らし始めた。

 さぁて、ムキュキュ君はどうかな?


「ムキューッ!!」


 完璧っ! と自信満々の様子です。

 さてさて、どんな出来栄えでしょうか……。


「いい子だ、ムキュキュ」


 俺は考え深そうにうなずき、ムキュキュの頭を何度もなでなでしてあげた。

 うー、癒されるわぁ。


 おっと。


「水を汲まなきゃ……と言いたいところだが」


 本当は水を吸い上げるポンプとか、バケツとかが必要なんだけど……俺は少し一味違ったこの世界ならではの方法でやりたいと思う。


「よいしょっと」


 軽々とドラム缶を持ち上げた俺。

 そして、そのまま湖の深い場所まで向かい、そのままドラム缶を沈める。

 プクプクと空気が水面に上がりながら、しっかりと水が入って行く。


「よいしょーっ!!」


 俺はそれを難なく持ち上げる。

 うわぁお、これ何キロあるんだよ。トン……は、さすがにないか。


「ムキューッ!!」


 がんばれーと応援してくれるムキュキュ。

 そして、俺は応援を糧にして水の入ったドラム缶をレンガの土台の上に置く。


「よーし、あとはムキュキュが頑張ってくれたすのこを入れて、レンガの重しで沈めれば……あとは待つのみ!!」


「ムキューッ!!」


 俺たちはお湯が沸くのを待ちながら、お菓子で小腹を満たしていく。

 ちなみにムキュキュはからーいポテチがお好きな様子。袋に顔を突っ込んでむしゃむしゃ食べているよ。ついでにフリフリと揺れるお尻が最高にキュート。


 俺は大人らしくビターなチョコレートをパクリと一口。

 あっ、うん、結構溶けてる。

 なにせもうすぐ九月だからね。そりゃ溶けるよ。


 てか、そろそろ【タンス】に時間停止機能とかついて欲しいなと思ったり思わなかったり。無い物ねだりしても無駄なのは分かって入るけど、それでもほしくなってしまう。


「というか、【タンス】ってどうやったらレベルが上がるんだ?」


 一部レベルのあげ方が分からないスキルがあるんだよな。

 例えば【着火】と【消火】。

 これは戦闘では使うものではないだろう。というか使っても意味ない。実証済みである。

 それをどうやって上げるのかは未だに不明だ。

 あとは【適応】これも不明ではある。

 まあ、【ペット】とかは言うまでもないだろう。絆を上げればレベルは上がるらしいが、未だに上がる感じはない。もうムキュキュとは最高のパートナーだっていうのに。まだ会って、三日目だけど。


 そんな考え事をしていると、ドラム缶風呂のお湯からいい感じの湯気が立ち込めてきた。

 すかさず少しだけ薪を取り除く。


「秘儀ッ、【七変装】発動ッ!!」


 その瞬間、俺はタオル一枚腰に巻いた素っ裸になる。


 これは【七変装】のストックにタオル一枚の格好をセットしただけ、なんとも無駄な使い方である。

 ただ一瞬で服装が変わるって、楽なんだよね。

 つい楽したいという方向で使いたいと考えてしまう。


 ちなみにムキュキュは俺が息を吹きかけているのを見て、火番をやりたいらしい。

 けなげな子や……。

 いい湯加減で頼むよ。


 俺は氷で階段を作り、ドラム缶風呂の中へと……。


「ふわぁ~、いい湯じゃ……」


 俺の体感では四日ぶり、現実世界の進み具合では十八日ぶりのお風呂だ。

 思わず変な声が出てしまったよ。


「ムキュキュ、超いい湯じゃよ」


「ムキューッ」


 何か嬉しそうだな、ムキュキュ。

 さらに頑張って息を吹きかけているのが分かる。

 だって……。


「ムキュキュ、もう少し火加減を弱めていいよ、ちょっと熱い」


「ムキュ!」


 分かった! と元気よく返事をしてくれた。


 それにしても……いい眺めだ。

 ドラム缶の縁に両手を置き、深く腰を下ろすと目の前には白い帽子を被った富士山が鮮明にそびえ立っている。

 そして、少し目線を落とせば大きな湖。

 誰もいない自然の中にポツンとある秘湯のような感覚だ。


「ああ~、最高~」


 そのロケーションを堪能するように、ポツリと自然に言葉が出たその時だった。


「ねえ、私もそれに入りたいな」


 突然、背後からか弱い女性の声が聞こえてきたのだ。

 ついでに突然鳴り出す【アラーム】くん。君を疑っているわけではない……ないのだが、なぜこいつは俺のスキルに反応しないんだ。

 前もそうだったが、急に現れ、【アラーム】に全く反応しやがらない。

 これもこいつのスキルなのか?


 ゆっくりと首だけで振り返る。


「チビ森、それってなんのスキルなんだ? 毎度って、二回目だけど心臓に悪い」


「乙女の秘密だよ♪」


 セクシーに言ったつもりかもしれないが、中学生にしか見えない。

 そして、チビ森はいきなりお湯の中に指を突っ込んできた。


「私も入りたいな~、お風呂なんてずっと入ってないし」


「この前、シャンプーの香りしてただろ。嘘つけ」


「嘘じゃないよぉ。てか、氷一郎は私の匂いを嗅いでいたんだ……ふ~ん。興奮した?」


「ぶっ!?」


 俺はその言葉に思わず吹き出してしまった。

 勢いあまって、あわやドラム缶転倒の大事故になるところだったよ。

 てか、こいつは本当にガツガツ来るやつだな。

 心臓に悪いよ、こいつの存在自体が。

 てか、ジロジロ俺のエクスカリバー見るなよ。見るならもっと恥じらいを持って見ろ。

 まあ、バスタオルで見えてはいないだろうけど。


「氷一郎、わっかりやすいね」


「チビ森も俺のエクスカリバーをじろじろ見るな」


 あえてここは言い返してやると、みるみると顔を赤く染め上げていくチビ森。

 ぷいっと横に目線を逸らした。

 あっ、こいつ無意識に見てやがったのか。

 あれだな、むっつり森だな。


「そ、そういえば!!」


「ん?」


 取ってつけたように話をすり替えようとしたチビ森。

 案外初心なチビ森に免じて、俺は話に乗ってあげることにした。


「なんで途中でいなくなったの? 赤司さんが心配してたよ」


「うんこ」


「ちゃんと出た?」


「うん、でっかいのが」


「便秘の薬なら住処にあるけど持ってこようか?」


「いや、便秘ではない」


「……」


「そこで無言になるな。ちょっと恥ずかしい」


「じゃあ、私にもそのお風呂入らせて」


「じゃあ、って接続詞がおかしいだろ。ちなみに次はムキュキュのお風呂タイムだ。日本人なら……」


「ムキュキュちゃん、一緒に入ろ?」


「ムキューッ!」


 ということで、どうやら次は女子高生とムキュキュが混浴するそうです。

 悪魔と女子高生……富士山と本栖湖……。


「ふっ」


「あっ、なんで笑ったの!?」


「まあ、気にするな」


 なんだよこの世界は、と思ったのは内緒だ。


 ……てか、俺の理性が崩壊しかけているんだが。

 女子高生が目の前で裸になるだと!?

 もちろん分かっているとも紳士諸君。俺は紳士だ、紳士だ、紳士だ…………。


「ふ~、気持ち良かったぁ」


 などと、自分の中で葛藤しているといつの間にかぽかぽかの湯気を放つ女子高生が服を着ていたのだった。


「お、おう」


「あっ、そういえば氷一郎に聞きたいことあるんだけど」


 チビ森はそんなことを言いながら、ムキュキュのキャンプ椅子に座り出した。

 その膝の上にムキュキュを乗せながら。

 ……大分懐いてるな。

 その憎たらしいほどに気になる湯上りの太ももに挟み込まれながら、ウトウトとうたた寝をしていた。


「何だ?」


「氷一郎ならもしかしたら街丸ごと囲うような氷壁を作れるんじゃないかな……って思ったんだけど、さすがに無理だよねぇ。あははははっ、ごめん変なこと言って」


「できるぞ?」


 この時にあんぐりと口を開けたチビ森の顔は、それはそれは面白かった。

 つい、腹を抱えてしまうほどに笑ってしまったのだった。


 いや、マジですまん。

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