償いの始まり



 俺は逃げていた。


 彼らが「弔い」と呼んだ行為を見ていられなかった。

 ライフの記憶が影響しているとしてもこの世界を知って四日目の俺にとっては、あの光景だけは見るに堪えられないものだった。


 近くにあった川の水で、俺は何度も何度も自分の顔を洗った。

 洗っても洗っても、流れてくれないあの光景。

 まだ吐いてはいない。おそらく吐くことはない。

 それでも無残な人の死体を運ぶ彼らの映像が脳裏から離れてくれない。


「ムキュー?」


 心配そうにムキュキュが俺の顔を覗き込んでくる。

 その可愛さに俺の心は少しだけ癒された気がした。


 と、思ったその瞬間に再び蘇ってくるあの記憶。

 そう、前世の俺、【氷の魔女】アイエリス=ライフの記憶。


「うっ!?」


 酷い頭痛だ。

 脳みそを直接鈍器で殴られているように、何度も痛みが襲ってくる。


 そして、ある光景が、記憶が見えた。



 ――戦場。数え切れないほどの死体の山の上に立つ年端も行かない一人の少女が膝を抱え、ただただずっと一人で泣き続ける映像。



 その少女には見覚えがある。

 アイエリス=ライフの幼少期の姿。

 そう、前世の俺の姿だったのだ。


 それにしても今の光景は……。


「収まったのか……?」


 今回の頭痛はすぐに収まった。

 しかし、少しだけ頭痛の余波が残っている。


 バシャーン。


 俺は頭を冷やすために、川に飛び込んだ。

 水の中で目を開けてみる……上を見上げると、太陽の光が屈折して揺らいでいる。

 ああ、ちゃんと自然は生きているんだ。


 そう思うだけで、少しだけ気持ちが優しくなれる気がする。

 俺がキャンプをする理由の一つでもある。

 時々感じる自然が、俺という小さな人間を否定してくれる感覚が好きなのだ。

 そう考えるだけで、俺の悩みが小さなものだと自覚できる。


 川の底に沈んで行こうとすると、口の端から透明な空気の泡が水面へと昇っていく。


(ああ、綺麗だな。ずっとこうして自然を感じていたい。モンスターや終末世界どうのこうのじゃなくて、やっぱり俺はこういうのが好きなんだ)


 俺は川の底に足を着き、立ち上がった。


「ぷはぁ!」


 超浅かった。

 川の水位は腰くらいまでしかなかったのだ。

 そんなちっぽけな自然でも俺はいつもの自分を取り戻せた気がした。


 もう頭痛は完全に収まっていた。

 気持ちもどこかスッキリとしていた。


「あれ? ムキュキュ?」


 先ほどいた三角州にムキュキュの姿が無くなっていたのだ。

 超焦った。少し目を離した隙にモンスターに襲われた可能性も……。


「ムキュー?」


 なぁに? とすぐ近くから声が聞こえてきたのだ。

 その方向に振り向いてみると、そこには俺の真似をしているのか水面に仰向けでぷかぷかと浮いているムキュキュの姿があった。

 あー、良かった。まじで焦ったわ。

 てか、可愛いな。Soキュート。


「よーし、ムキュキュ。キャンプ場に戻るぞー」


「ムキュー!」


 俺たちは体を拭き、服を着替えてから、再び本栖湖のキャンプ場へと戻っていくのであった。

 まあ、ここで数日はゆっくりと待つとしようかな。




 *****************************




 俺の兄貴は死んだ。

 そして、『白猿』となって、この街を崩壊させた。


 その事実が俺の心を大きく揺さぶってくる。


 俺の今までの努力は何だったのか。

 家族さえも取り戻せずに、仲間さえも守れず……ましてや身内が仲間を殺していたなんて。

 みんなに合わせる顔なんてもうない。

 ここで一緒に生き延びたみんなは俺に優しくしてくれた。

 母さんや父さん、他の友達と違って、みんな何の偏見も持たずに俺を受け入れてくれた。それがたまらなく嬉しくて、みんなのために今日まで努力してきた。

 兄貴をいつか見つけるために、踏ん張り続けてきた。


 毎日が崖の縁に立っているような感覚だった。


 しかし、今はもう違う。

 俺は崖下へと落ちた。

 住処には『白猿』に身内を、彼女を、嫁を、夫を殺された人は少なくない。むしろほとんどの人が『白猿』を憎んでいる。

 俺が『白猿』の弟だとみんなが知ったらどう思うだろうか。


 考えたくはない。

 考えたくはないけど、結果は目に見えて分かる。


「もう……ここに俺の居場所はない」


 ああ、そうだ。

 こんな俺をみんなが受け入れてくれるわけがない。

 どんなにみんなが優しくても、殺された恨みは必ず俺に返ってくる。

 だったら、俺はここにいない方がいい。その方がみんなの為になる。


 俺は死体の山が燃える中、みんなとは反対の方向へと歩き始めた。

 兄貴がくれた【極零の如意棒】を握り締めながら。


「東はダメだ。西に行こう」


 西には山が連なっている。

 そこなら誰も俺を見つけられないだろう。

 たぶん俺がいなくなったと知れば、赤司さんやアキラさんが追ってくるかもしれない。

 だから、見つからないように道路ではなく、道のない山を進んで行こう。


 そう、償いをするんだ。

 兄貴に変わって、償いの旅に出よう。

 もっと強くなって、強くなって、誰よりも強くなって、あの氷の男のようにどんなモンスターだろうと圧倒できる強さが欲しい。

 この武器に恥じない人間に成りたい。


「グワァ!!」


 建物の角を曲がると、一体のゾンビが現れた。

 俺は如意棒を突き出す。


「貫け」


 グサッと、抵抗なく如意棒はゾンビの頭部を粉砕した。

 一瞬だけ血肉が吹き飛び、すぐに灰となって風に飛ばされていく。


 行ける。

 兄貴、俺に力をくれ。

 兄貴となら、もっとずっと俺は上に行けるかもしれないんだ。


 そして――。


 一緒に償いをしよう。


≪称号強制付与条件のクリア者を確認しました≫

≪芦名旬に称号:【Ⅺ・力】を強制付与しました≫






 ――?????


≪新しい大アルカナ称号獲得者を確認しました≫


≪現在、判明している獲得称号は【0・愚者】【Ⅱ・女教皇】【Ⅵ・恋人】【Ⅶ・戦車】【Ⅺ・力】【Ⅻ・吊るされた男】【ⅩⅧ・月】≫


≪◆◆◆◆死後プログラム【世界拡張システム】を引き続き継続します≫

≪良き世界にならんことを願います≫

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