真と嘘



 ――終末世界になって十七日目の夜。

 ホームセンターの駐車場に私はアキラくんと共に訪れていた。


「警戒されているようだね」


「まあ、そうでしょうね。やつらにとって俺らは目の上のたん瘤のような存在ですから」


「ははは、それはそうだね」


 あくまで私たちはホームセンター組の警備部隊から目を逸らさずに、他愛もない会話をしていた。


 このホームセンター組を仕切るのは高城淳史という十七歳の子供だ。

 私たちは今日、話を付けに来た。

 明日、彼らが決行するという『白猿』討伐を止めに。

 まだ早すぎる。

 ただ彼らは知らないだけなんだ。

 あの化け物『白猿』の本当の姿を、力を、怖さを。


「おい、それ以上進むな!」


 入り口を警備していた三人ほどの人が私たちに向けてそれぞれの武器を向けてきた。

 バール、スコップ、金属バット。

 ただそれらは少し震えているのが分かる。


 この三人は知っているのだ、私……ではなくアキラくんがこの街で一番強い存在だということを。

 恐さからの震え。


「大丈夫だよ、私たちは君たちと争いに来たわけじゃない。少し、高城君と話がしたくて来たんだ。夜だから中にいるだろ? 少しだけでいい話をさせてもらえないか聞いてはくれないかい?」


 私の言葉に安心感を覚えたのか、スコップを持つ彼が私の首元に切っ先を突き付けてきた。


「おい、渡辺。高城さんに聞いてこい」


「は、はいっす!」


 返事をしたのは、バールを持つ彼だった。

 そして、すぐに走るようにホームセンターの中へと入って行く。


 ありがたい。

 話の通じる人で良かった……とは言い難いかな。


「武器は降ろしてくれないかな? さすがにおじさんでも怖いよ」


「黙れ。お前は『カード持ち』だ、すまないが高城さんが来るまでの間はこうさせてもらう」


 うん、カード持ちを警戒しているのかな。

 さすがは高城君の下についた男と言うべきか。この世界の事情をよく知っているようだ。

 それにこのホームセンター組の中では割と話が通じるようだね、君は。


「分かったよ。でも、くれぐれも殺さないでくれよ? 私だってまだやり残したことの一つや二つあるからね」


「何もしなければ、俺は何もしないさ。とりあえず、大人しくしてろ、『カード持ち』と話すだけでも神経を使うんだよ」


「分かったよ、大人しくしてる」


「ああ、助かるよ」


 そうして、彼から武器を突き付けられること三分ほどのことだった。

 思いのほか、彼は早く腰を上げてくれたようだ。


 ホームセンターの入り口から、先ほどのバールの彼がやってきた。

 そして、開口一番に。


「高城さんは「会ってやってもいいが、説得は無駄だぞ」とおっしゃってる。それでもいいなら、中に入れろとのことだ」


 彼、渡辺くんは明らかに話す人によって口調を変えるタイプかな。

 上司らしきスコップの彼には敬語、私には上からの物の言い方。

 うん、シンプルで分かりやすいね。


「では、お邪魔していいかな?」


「だったら、付いてこい」


「うん、案内頼むよ」


「ふん、精々時間を無駄に浪費するんだな」


 別に彼とは因縁などがあるわけでも、恨まれているわけでもないと思う。

 だって、私たちがあったのはこれが初めてだからね。

 このホームセンター組には昔、私のグループにいた物も数人いるがほとんどは少数のグループから加わった者たちばかりだ。

 これも全てねむちゃんからの報告だ。


 バールの渡辺くんの後をついて行く。


 中は思いのほか、荒れていた。

 八つ当たり、破壊衝動、無法。まさにそんな言葉が似合うような荒れっぷりだ。

 什器も所々凹んでおり、床や壁の破壊痕も見える。


 全員が全員破壊を好むわけではないと知ってはいるが、ここにいる一部の人間にはそう言った非常に危険な者たちもいる。

 しかし、そこは高城君の手腕で上手くやっている様子だ。


 とは言っても、彼も今回のように稀な暴走をすることがある。

 止められるのは恐らく、私、アキラくん、ねむちゃん、あとは……青樹くんくらいかな。


 そんなことを考えていると、店の奥にある仕切りも特にない場所で足を止めた。

 そこには什器の一つに腰をかけ、ただただ灯りをジッと見つめていた高城君の姿が。

 周りには誰もいない。人払いをしてくれていたのかもしれないな。


「高城さん、連れてきました」


「ああ、渡辺だったな……持ち場に戻っていいぞ」


「はいっす!」


 バールの渡辺くんは嫌な視線を私に向けながらも、再び持ち場へと戻っていった。

 そこで私は笑顔で語りかけた。


「久しぶりだね、高城君」


「御託はいい。どうせあのチビに聞いてんだろ? 俺は何が何でも明日、『白猿』を討伐する。邪魔はするな」


 やはり高城君は情報通だ。

 悪の中にまれにいる切れ者。身体能力だって、ここにいる他の子らより一線を画している。

 彼ほどの逸材がこの街からいなくなるのは痛手だ。

 それに歳もまだ発展途上だ。いくらでも改心できるのだ。


「なぜそんなに『白猿』にこだわるのか聞いてもいいかな?」


 キラリ、と彼の鋭い視線が私とアキラくんに向けられた。

 外には見せないが、内心では少し驚いていた。

 これは……『カード』を手に入れたのかな。それしか考えられないね、この強気な態度。そして自信に満ち溢れたその瞳。


「教える義理もない」


「そうかそうか……正直に言おう。今この瞬間、私とアキラくんで君を殺すことは簡単だ」


 その言葉を発した瞬間、高城君の体が反応した。

 そして、一層鋭い視線を向けられたのだった。


「まあ、すぐに喧嘩腰にならずに聞きなさい。そうは言ったものの、君は殺しません。『カード持ち』を殺すのは世界にとっても得策ではありませんからね」


「ふん、気づいてたのか」


「スキルを使わなくたって、君の目を見れば分かりますよ。伊達に君よりも長生きしてないですからね」


 嘲笑うように鼻息を鳴らす高城君。

 そして、隣に置いてあった猟銃を徐に手に取り出した。


「……俺はこの猟銃の重さが好きなんだよ」


「何の話だい?」


 前振りもなく、高城君は突然意味の分からない言葉を言ってきた。

 猟銃の重さが好き?

 一体……。


「猟銃の重さと人の命の重さを天秤にかけたら、どっちが下に下がると思う?」


 本当に何の話を……。


「俺はこんなロクデナシだ。人の一人や二人殺したことくらいある。そん時思ったんだよ、人の命の重さなんて微々たるもんだってな。だから、俺は猟銃の重さの方が好きなんだよ」


「だから、一体何の話を……」


 ついに痺れを切らしたのか、隣にいたアキラくんがそう問いただした。

 しかし、高城くんは相変わらず人を嘲笑うかのように、言葉を続けた。


「バンッ!」


 突然、猟銃の銃口をこちらに向けられ、引き金に指を掛けながら……口で脅してきたのだ。

 そして、口角を三日月の如くニヤリと上げ。


「帰れ、この時間は不毛だ。それに明日には……この街は俺たち『ガゼル』の物だ。精々、ママのおっぱいでも吸いながら眺めてるんだな」


「……ッ!」


 思わず、アキラ君も頭に血が上ってきたようだ。

 私はそれを慌てて制止した。


「帰ろう、アキラくん」


「で、でも……赤司さん。あいつをこのままにしていたら……」


「帰ろう、アキラくん」


 私は語気を強めて、アキラくんにそう言った。

 そして、モヤモヤしながらもアキラくんは首を縦に振ってくれた。


 私とアキラ君は、高城くんに銃口を向けられながらホームセンターを後にした。

 警備にも「やってやったぜ」という目を向けられながら、明りのない暗闇へと紛れていくのだった。


 道中はずっと無言だった。

 しかし、住処の手前でようやくアキラくんが口を開いた。


「何で止めたんですか? 赤司さん。あいつはあそこで殺しておくべき存在です。俺なら一瞬で殺せました。それに俺なら……」


「高城君は嘘を付いている」


「え?」


 まるで時が止まったかのように、驚くアキラくん。

 そんなアキラくんの目を見て、私ははっきりと言う。


「君にはまだ言ってなかったな。私には隠していたスキルがある。というか、最近手に入れたんだ。スキル【真実】、一日三分しか使えないが、その間に聞いた言葉が「嘘」か「真」かが分かる能力だよ。このスキルが、高城君の言葉を「嘘」と見抜いた。だから、私はあの時君を止めたんだよ。説明もしないですまないね」


「……いえ、そういうことなら納得できました。あの時は赤司さんらしくないと思っていましたが、ようやく合点がいきました」


 先ほどの懐疑的な声から、冷静な声へと変わっていたアキラくん。

 うん、やっぱり君は切り替えも早い、状況判断も早い、頭もキレる。

 君を私のグループに引き入れられて本当に良かったよ。

 もし君が高城君のグループに入ってしまっていたらと考えるだけで寒気がするな。


「高城君が付いた嘘はいくつかある。ゆっくりと整理していこうか」


「はい」


「まずは――御託はいい。どうせあのチビに聞いてんだろ? 俺は何が何でも明日、『白猿』を討伐する。邪魔はするな――という言葉。これは「真」だったよ」


「『白猿』討伐と、邪魔はしてほしくないということは本当だということですね」


「うん、そういうことだ。次に――教える義理もない――これは「嘘」だ。正直、理由が全く分からないよ」


「俺もですね。その言葉が嘘ということは……俺たちに何かを伝えたかったとかですかね?」


「その可能性もあるね。それじゃあ、次の――俺はこの猟銃の重さが好きなんだよ――は「真」だった。そして――俺はこんなロクデナシだ。人の一人や二人殺したことくらいある。そん時思ったんだよ、人の命の重さなんて微々たるもんだってな。だから、俺は猟銃の重さの方が好きなんだよ――これは前半の半分は「真」で、後ろ半分は「嘘」だったよ」


「なるほど、少なからず高城の本質は「悪」ではない可能性がありますね。人の命を重いと思っている。それに続く言葉としての猟銃が好きは嘘だと……よく分からない男ですね」


 いや、よーく考えれば私には分かったよ。

 高城くん、彼は……。


「恐らく高城君は計画的に行動を起こしている。それも私たちが知るよりもずっと前から。それが何かまでは分からないけど、明日の『白猿』討伐が大きな意味を持っているのかもしれないね」


「やっぱり俺にはよく分からないです」


「あはははっ、正直私もだよ」


 こうして、私たちの説得は失敗に終わった。

 しかし、得られたものも大きかった。


 高城淳史、十七歳。


 君は一体、何を抱えて生きている?

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