フェザースティックでファイヤー



「明日の昼十二時開始だからね! あいつらが動く前にはちゃんと待機しててね! 私の胸を堪能した分はちゃんと仕事してよね!」


 離れた距離から何度も何度も大きな声でダメ押ししてくるチビ森。

 俺とムキュキュは軽く手を振りながら、彼女が早く帰ってくれるのを待っていた。


 というか、情報を教えてくれないなら早く帰ってくれ。

 なんだよ「詳しい情報は戦果に応じて、何でも教えてあげますよ。もちろん私のスリーサイズもカップ数だって何でも教えてあげます」って。

 大人を舐めてるのか。

 でも、カップ数だけは気になる!


「はいはい」


「本当の本当だよ!? 私の胸の代価はそんなに安くないからね!?」


「分かったから、さっさと帰れよ」


 俺は苦笑しながら、そう言った。


「じゃあ、また明日ね!!」


「おう、気を付けて帰れよ」


 有耶無耶に返答をしていると、ようやくチビ森の姿が見えなくなっていった。


 はぁ……どんだけ胸の代価要求してくるんだよ。

 全くもって、いい意味でがめつい性格してるよ。

 ただチビ森よ、これだけは間違えるな。


「中学生は守備範囲外だって言っただろ」


 別にチビ森にこの言葉を聞かせたくて言ったわけではない。

 自分に言い聞かせる意味合いもあっただろう。少し紳士の道から逸れそうだった自分を戒めるためにも、そう呟いたのだった。

 女子高生……ゾンビよりも恐ろしいモンスターだよ、全く。


「それじゃあ、中断しちゃっていたが水浴びするか」


「ムキュー!」


 色々と急展開な水浴びとなってしまったが、本来の目的である身体リフレッシュのための本栖湖で素っ裸水風呂を敢行することに。

 先ほど出しておいたテーブルに石鹸類とバスタオルを出しておく。

 ついでに……。


「そうだな、焚火を焚いておこうか。絶対に湖から上がったら寒いし」


「ムキュー?」


 焚火ってなぁに? って聞いてきたムキュキュ。

 まあ、説明するよりも実践あるのみだな。

 知識を植え付けるよりも、一度実践してみた方がためになる。それこそ育ち盛りのムキュキュにはその方針が一番だろう。


「今から焚火を実践したいと思います。ムキュキュ君はしっかりと見て、覚えておくように」


「ムキュー!」


 わかったー! と元気よく、なぜだが楽し気に返事をしてくれた。


 というか……ミスったかもなぁ。

 どうせなら五右衛門風呂とかやった方が温かいお湯に浸かれるし、風邪ひかなそうだし、楽しかったかもな。

 うん、この後はドラム缶を探し回って見ようかな。ただどこにあるかさっぱり見当がつかないな。ぐるぐる回って見るしかないか。


「よし、まずは薪集めからです。ムキュキュは小さな木の枝をたくさん集めてきてください。それと笠の開いた松ぼっくりがあればこれもまたたくさん拾ってくること」


「ムキューッ!」


 分かった! と元気よく手を上げ返事をしてくれた。

 そして、走りながら近くに張る林の中へと向かっていったのであった。

 うん、元気な子で何よりだな。


 俺は大きめの枝を集めて来ようか。

 乾燥していて、大きくても直径十センチ以内の物が焚火にはうってつけだ。あとは広葉樹類の枝だとなおいい。

 まあ、この辺りはキャンパーによっても好みの木があったりするので自分に合った木を見つけることをおススメする。

 俺の場合はサクラの木が好きだ。燃やすという点に関しては他の木とそう変わらないが、ほんのりとサクラの香りがする気がするのだ。錯覚かもしれないが、それでも俺はそういうのが好きなのである。


「よっと」


 少しだけ痛む腰を屈ませながら、自然落下している気をいくつか拾い上げていく。

 まあ、正直言ってスキル【ファイアポイント】があればどんなに水分の多い木だって火はつくと思う。

 だけど、こういう時の情緒を大事にしたい。


 というか、この腰の痛みはいつ引くのか。

 別に我慢できない痛みではないが、屈んだり、起き上がったりするときに特に痛むのだ。

 そうだな、あとで湿布を探しに行こうかな。


「うーん、欲しいものがどんどんと増えてくるな。ドラム缶に湿布、あとは念のために風邪薬とかも欲しいな」


 スーパーにも薬類はほとんどなかった。

 どれだけ強くても病気には勝てないだろう。


 そうして、欲しいものリストを頭の中に描いていると。


「ムキュー!」


 たくさん拾ってきたよ! と背後から元気のいい声が聞こえてきたのだった。

 振り帰ってみると、ムキュキュの小さな腕の中に納まりきらないほどの小枝があったのだった。


「おー、偉いぞー! こんなにたくさん探せるなんて、ムキュキュは優秀だなぁ」


 頭を撫でながら、褒めてあげる。ついでに触り心地の良い毛並みを堪能しておく。

 ふわぁ、癒されるわ。


「ムキュッ」


 嬉しそうに目を細めるムキュキュ。

 嬉しさのあまりなのか腕の中からボトボトと小枝が落ちていく。


 はははっ、可愛えぇ。


 そうして、俺とムキュキュは再び水辺の場所に戻って、本格的に焚火を始めた。

 今日はスキルは使わない。

 ムキュキュに本当の焚火を教えてあげるためだ。


 まずはムキュキュが拾ってきた枝の中から乾燥していて、なおかつ使えそうな針葉樹の枝を厳選する。

 まあ、今回は杉や松辺りを使うとしようか。

 この辺りは焚きつけには持ってこいの木だ。


 それらを上手く円状に組み合わせていく。

 その中でも数本、小さなナイフでフェザースティックを作っていく。これは焚き付けにはかなり重要で、あるとないとでは全然違う。


 まあ、あとはこれだ文明の利器。


「ムキュ?」


「これか? これはライターと言ってな、簡単に火をつけることができる便利な道具です」


 カチッと火を灯し、フェザースティックに着火する。


「ムキュー!!」


 チリチリと燃えたよ! とはしゃいでいます。

 ついには小躍りを始めました。


 フェザースティックから燃えていき、隣の小さな小枝へと火が移っていく。

 もちろん俺は頑張って息を吹きかけてますよ。ついでに雑誌で一生懸命扇いでます。


 それらが完全に燃えたと確認出来たら……。


「ここで大きな枝を投入です。大きな枝は火が付きにくいので、小から大へと徐々に炎を大きくしていくのですよ」


「ムキュー」


 凄いね、と言っています。

 たぶんよく分かっていないんだろう。まあ、確かに人間でいう一歳くらいの子に、こんな説明してもよく分からないよな。


 これまた一生懸命空気を送り込んでいたら、徐々にパチパチと焚火特有の心地の良い音が聞こえてきた。

 ここまでくればもう完璧だ。

 あとは自然様が勝手に火を大きくしてくれる。


「よーし、ムキュキュ。お風呂タイムだ!」


「ムキュー!」


 ということで、ようやく水風呂タイムですよ。

 俺からしてみれば約十七日ぶりか?

 くっさ、俺くっさ。

 いや、実際には三日ほど入ってないくらいの臭さしか体からは出てないと思うけど、それなりに自覚はあるよ。


 てか……。


「チビ森に臭いって思われてないかな?」


 そうだったらさすが嫌だな。

 この世界で目を覚まして初めてまともに話をした人間だ。

 そんな人に匂いで嫌われたら、たまったもんじゃない。

 例え守備範囲外だとしてもだ。

 そろそろ俺も体臭とかを気にし始めるお年頃なのよ。


「どうだ? ムキュキュ、気持ちいか?」


「ムキューッ」


 冷たーい、とはしゃいでおります。

 とは言いつつ、楽しそうにパシャパシャと遊んでいるけどね。

 そんなムキュキュの体に、俺はボディーソープをわしゃわしゃと泡立てる。


「ムキャー」


 くすぐったいよー、と言っております。

 そんなこと言われると、もっとわしゃわしゃしたくなってしまう。

 ここか!?

 ここが気持ちいのか!?


 そんな感じで戯れながら、久々のリフレッシュを堪能した俺たちだったが……。


「さ゛、ざ゛……寒いな、ムキュキュ」


「ム……ムキュー」


 上がった直前から、寒さで瀕死になっております。

 急いで体の水を拭きとり、服をきた。そして、二人して焚火の前で体の末端を温め続けていた。


「てか、まだ夏だよな? なんか妙に寒いな、この辺りは」


「ムキュ?」


「ああ、ムキュキュは気にしなくていいよ、ちょっといつもより寒いなーって思っただけだから」


「ムキュムキュ」


 まだ八月手前だ。

 本来なら湖に入ったところで、ここまで体が冷えることはない。

 これも終末世界の影響なのか?

 それとももっと別の何かの影響なのか……モンスターって線も考えられるな。

 周囲に冷気を出し続けるモンスターとか、スキルとかあってもおかしくはない。

 実際、俺も使えるわけだしな。今は使ってないけど。


 その後――。


「ふぇ~」


「ムキュ~」


 二人して、キャンプ椅子から腰が離れなくなってしまい、ダラダラと空と湖、富士山を眺めながら二時間程まったりとしてしまったのだった。

 恐るべしこの自然空間の魔力だ。





「さて、そろそろ戻りますかね」


「ムキュ」


 俺たちは片づけを終え、再びバイクに跨っていた。

 そして、街の方へと戻っていく。


 道中、湿布やドラム缶を奇跡的に発見し、すぐに【タンス】に仕舞い込んだのだった。

 これで明日からは水風呂ではなく、ちゃんとしたお風呂ができる……かもしれない。だって、ドラム缶風呂とか作ったことないし、やったこともない。浅い知識でやってみるとしようかな。


 そうして、日が暮れ始めた頃。

 俺たちは再び、「大型スーパーマーケット」の近くにあるビルの一室で一晩を過ごすことにしたのだった。


 窓際であんパンを齧りながら、双眼鏡を除いていると。


「おっ、スリートップの二人がこんな時間に一緒にお出かけか?」


 大型スーパーの入り口から出てきたのは、赤司と呼ばれていた三十代後半くらいの男と二十台半ばくらいの癖っ毛自衛官だった。

 ちょっと様子見て来ようかな。


 俺はスキルで姿を消し、灯り一つない暗闇の街へと紛れていったのだった。

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