毬藻、マリモ、まりも~
スキルで周囲を警戒しつつ、俺と頭に乗っているムキュキュは会話をしていた。
残念なことに、ステータスカード君はそんなに優秀じゃないのかもしれない。
俺が使えるならムキュキュも使えるのでは? と思ったが、どうやらそう都合のいい物ではないらしいのだ。要するに、あれは俺専用のカードということのようだ。
なので、会話でムキュキュについての情報を引き出す作戦に切り替えたのだが……。
「んで、ムキュキュって本当に悪魔なのか?」
「ムキュ??」
悪魔ってなぁに? って言ってる、たぶん。
ムキュキュがペットになる前は、何を言ってるのかさっぱり分からなかった。
しかし、スキル【ペット】の影響なのか、今は何となく言いたいことが分かる。
こう……何と言えばいいのだろうか、少しだけ日本語の話せる外国人と話しているような感覚だ。
単語単語で言いたいことが分かるし、声や動きでさらにそれが補足されて分かるのだ。
ちなみにスキル【ペット】の説明はこんな感じ。
【ペット】
使い魔システムの中でも、絆に特化したスキル。所有者はペットと絆を深めることで、能力を解放していくことができる。
まあ、あれだ。
よく分からんパターンだ。
能力を解放するって言っても、詳細が分からなければ意味がない。それに絆なんて曖昧な物どうやって深めればいいんだ。
でも、まあ、絆を深めるための言葉を理解できる能力があるってのはよく分かる。
「それじゃあ、アバドンって言葉に聞き覚えはあるか?」
「ムキュ???」
あばどん? なにそれ食べ物のなまえ? って言ってる。
違う、可愛いけどそうじゃない。
ダメだ、自分の名前や種族すら分かっていない様子だ。いや、アバドンが種族なのかどうかもよく分からないけどさ。
「ムキュキュはどこで生まれたんだ?」
「ムキュ」
分からない、気が付いたらここにいた。と言っている。
うん、分かったよ。
要するにムキュキュは自分のことを何も知らないって感じか。
だったら……。
「自分が使えるスキルや能力は知ってるか?」
「ムキューッ!」
それは分かる! ムキュキュは賢い子! って言ってる。
なるほど。
ということは、ムキュキュは記憶喪失とかでなさそうだな。これも分からなければ、記憶喪失と断定していたところだよ。
意図的か……あるいはムキュキュは人間でいう赤子くらいの年齢であり、記憶力が発達していないのかもしれないな。
「教えてくれるか?」
「ムキュ!」
うん、いいよ! って言ってる、たぶん。
すると、頭に乗っていたムキュキュが急にジャンプし、地面に降り立った。
俺はそれに合わせるように歩くのを止め、できるだけ視線を合わせるようにしゃがむ。
うん、あれだ。
我が子の成長を見るような感じ。実際に我が子を授かったことはないので客観的な感覚だが、内心で「頑張れ、ムキュキュ」と何度も思ってしまう。
頑張れ、ムキュキュ!
「ムムムム、ムキューッ」
可愛い声を上げると、ムキュキュの影から……ん?
なにこれ。
黒い球体の何か……というかふさふさの毛が生えている。
それがもぞもぞと動き、ムキュキュに頭を下げているようにも見える。
あれみたいだ、温泉で働かされた少女が出会う「まっくろ〇ろすけ」みたいだ。
だけど、目はないし、どちらかというと黒い毬藻という表現のほうが正しい気がする。
「ムキュ?」
今日は君だけ?
ムキュキュがその黒毬藻にそう聞いているのが分かった。
「……(もぞもぞ)」
すいません、今みんな準備しています。もう少しで来るはずです。
黒毬藻がそう言っているのも分かった。
「ムキュ」
そうなんだ、嫌われたのかと思っちゃったよ。みんなも忙しいんだね。
「……(もぞもぞ)」
いえ、久しぶりの呼び出しで準備不足だった次第です。面目ありません。
「ムキュ」
いいよ、僕もごめんね。
「……(もぞもぞ)」
いえいえ、私たちの方こそ申し訳ありません。あなたという方が、しもべの私たちにそんなことでは私たちが報われません。
「ムキュ?」
僕、難しいことは分かんないよ。
「……(もぞもぞ)」
し、失礼しました。
「ムキュ?」
何で謝るの?
「……(もぞもぞ)」
私の失態です。それで……本日はどのようなご用件でしょうか?
「ムキュ!」
僕の力を見せたい人がいるんだ!
協力してよ!
「……(もぞもぞ)」
はい!
ありがたいお言葉、感謝です。
これ以上のご褒美はありませぬ。
我らの力、思う存分お使いください。
……なんだよ、この会話。
完全に俺は置いてけぼりだしさ、人形遊びしてたら勝手に人形たちが喋り出したみたいなこの光景。
中々にカオスだな。
などと考えていると。
「お、ムキュキュ、モンスターが一体近づいて来るけど倒せるか?」
俺のスキルに一体のゾンビの反応があったのだ。
まだ距離は五十メートル近く離れているし、進行速度も遅い。古き良きゾンビだ。
これをどう倒すかどうかでムキュキュの戦力を測れるだろう。
「ムキュッ!」
任せて! と力強く言ってきたムキュキュ。
それとほぼ同じタイミングだった。
ムキュキュの影から溢れ出るように黒毬藻がわんさかと出てきたのだった。
「ちょッ!?」
ちょっと数……というかもはや量が多すぎ。
あっという間に、この辺り一帯は黒い毬藻の海と化したのだった。
そして、ムキュキュを起点に大波となってゾンビへと向かっていく。ついでに俺もゾンビへとまっしぐらだ。
「ストップ! ムキュキュ、ストップ~」
だめだ、声が届いていない。
というか、この黒毬藻に声すら吸収されているようだ。まさに無音の大波。
人が少なく反響しやすいこの環境でも一切鳴り響かない俺の声……断じて俺の声が小さいわけでも、響きづらい声質ということでもない。
これでも現場で施工管理をしている身だ、たまに大声で指示を出すことだってある。それなりに声の大きさにも自信はあるのだが、今はそんな技術無意味と言われているようだ。
そして、あっという間にゾンビを飲み込み、その姿を視界から見失うことになる。
そこでムキュキュが指示を出したようで、大波がいっきに引いていく。
大波の跡にぽつんと残される俺。
「あ、うん、ゾンビは楽勝だね」
その後、心苦しくはあったが……説教タイムだ。
まだムキュキュは赤子同然の頭脳しか持ち合わせていない。
よって考え方も柔軟だ、俺がしっかりと育ててやらないとな。
ムキュキュの下へと歩くと。
「ムキュッ?」
どうだった? と褒めて欲しそうに首を傾げながら聞いてきたのだった。
俺は頬を緩め、頭を撫でながら言った。
「凄いぞ~、ムキュキュは強かったんだなぁ」
ダメだ、ダメだ。
可愛すぎて叱るなんてできないぞ。
どうしよう……。
そう思っていた時だった。
「……(もぞもぞ)」
す、すいません、アバドン様!
久しぶりの出動でみんな気合が入り過ぎてしまったようです。
一体の黒毬藻がムキュキュに近寄り、そんなことを言ったのだった。
「ムキュッ」
もう、ダメだよ。主は飲み込んじゃだめって言ったのに……みんなにもちゃんと言っておいてね。
「……(もぞもぞ)」
本当に申し訳ありません。これは私の一生の恥、この老体の死をもって償わせてください。
「ムキュ?」
何言ってるの?
失敗しても、次頑張ればいいんだよ?
正論パンチ。
純粋で柔軟なムキュキュだからこそ言える渾身のパンチは、黒毬藻を直撃。
より一層に忠誠を誓わせることになったのだった。
「……(もぞもぞ)」
有りがたきお言葉!
帰って、より一層訓練に励みたいと存じます。
では、失礼!
シュポンッ、と影に消えていく黒毬藻。
「ムキュムキュ」
バイバイ、と手を振るムキュキュ。
クッキーを取り出し、ムキュキュを餌付けする俺。
ふぅ……何だったんだ、今の。
魔王子だからなのか?
だから、変な家来がいるのか?
にしても……。
「面白い能力だな、ムキュキュ」
「ムキュ」
そうでしょー? 僕のお友達なの、みんな優しくて強いんだ。という純粋なムキュキュ。
そうか…‥ムキュキュにはまだ上とか下とかいう概念はないんだな。
あるのはお友達か、そうじゃないか。優しいか、優しくないかなんだな。
まあ、いいや。
目的が逸れたな、日が暮れる前に目的の場所に向かわないと。
「よーし、ムキュキュ行くぞ」
「ムキュッ」
再びムキュキュは俺の後頭部に納まり、俺たちは目的地に向けて進み始めたのだった。
そうして、すぐに俺たちは「大型ショッピングモール」へと到着したのだった。
とは言っても、突撃なんてしない。
まずは様子見からだ。
近くにあった大きなビルの一室へと向かう。
すでに【アラーム】でモンスターや人間がいないことは確認済みだ。
そこの上階で、俺は見下ろすようにそのグループを観察することにした。
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