黒歴史堀りのプロ



「ムキュキュッ」


 あっ、逃げた。


 四本の手足で器用に什器を飛び越え、小さな尻尾をフリフリと揺らしながら……。

 なんて可愛いんだ。

 おっと、つい。


 てか、なんか逃がしたくない。

 なんだよあれ。あれもモンスターなのか!?

 モンスターというよりも、猫みたいな愛らしさが感じるのは俺だけだろうか?

 よし、決定。

 何としても捕まえてみよう。

 攻撃してくるようなら、その時はその時だ。


 俺は手を壁に当て、一気に店内を凍らせた。


 この氷は条件付きの氷だ。

 時間はもって三十分、それ以上長引くとどこかの壁から溶け出してしまうだろう。

 あいつがスキルを使って突破することを考えても、もって十五分くらい……。


「ムキュッ!」


「あっ」


 どうやらその心配はいらないようだ。

 お菓子コーナー辺りから勢いよく飛び出てきたそのちっこい悪魔は……長いな、ムキュキュと仮に名付けよう。

 ムキュキュは思いっきり壁に突進して、後ろにコロコロと転がっていた。

 そして、俺の方をちらりと見て焦り、慌てて逃げた。


 やべぇ……超かわええのだけど、どうしよう。

 何だよあの生き物を生んだ責任者を出せ!

 べた褒めしてやりたいよ!


 そんなことを考えていると、


「ムキュッ!」

「ムキュキュッ!」

「キュキュゥーッ!」

「ムキュゥ!」


 なんかいろんな方向から可愛い声が聞こえてくるんですけど。

 あの可愛い生き物が頑張っていると考えると、どうしても応援したくなってしまう。

 本当に頑張ってほしい。


 と同時に、捕まえてみたいという矛盾が俺の中で葛藤する。


 そうだ!

 いいことを思いついたぞ。

 これなら絶対に上手く行くはずだ。


 俺は癒しの「ムキュ」を聞きながら、ゆっくりとカップ麺のコーナーへと向かう。

 在庫は半数以上無くなっていたが、まだ半分はそこにあったのだ。それは俺にとって嬉しい誤算でもあった。

 あっても数個か、または全くのゼロか。

 そう考えていたので、ここに来ただけでも十分収獲はありそうだ。


 まあ、今回はもっと別の方法で使うけど。


 あまり時間を掛けずに俺はカレー麺を一つ手に取り、次に飲み物のコーナーへと向かう。

 そこにもかなりの水分が置かれていた。

 炭酸や日持ちしなさそうな物から順番に少なく、普通の水に関しては七割以上残っていと言ってもいいだろう。

 もしかしたら初期の頃はまだ水道が……水道?

 あっ、そういえばまだ水道がどうなったのか確認してないや。あとでちゃんと確認しておこう。

 とりあえず、今は時間が惜しい。


 俺は五百ミリリットルの水を手に取り、その場に胡坐で座り込んだ。

 そして、疑似アイテムボックスの中からコッヘルとアウトドア缶、シングルバーナーを取り出す。

 シングルバーナーは自前のだ。それなりに愛用している子である。


 すぐにシングルバーナーをアウトドア缶にセットし着火、その上にコッヘルを置き、水をトクトクと注いでいく。


「ムキュッ!」

「ムムッキュッ!」


 おっ、なんか新しい鳴き声が聞こえてきたぞ。

 ムムッキュか……それも悪くない。


 待つ、可愛い、待つ、可愛い、待つ、可愛い……お湯が沸いた。


 すぐにカレー麺の封を開け、お湯を線まで注いでいく。


「あ~、空腹にカレー麺はテロだ。まさに飯テロやん」


 あとは三分……いや、二分半待つのみ。

 と、その前にだ、あれも用意しないとな。


 カレー麺を持ちながら小走りで雑誌コーナーへと向かい、適当一つ雑誌を手に取った。

 そして、ついに作戦決行の時。


「ほら~、おいで~、美味しいよ~」


 カレー麺の封を全開にし、雑誌で作った簡易団扇でパタパタと仰ぐ。

 すると、どうだろうか周りにじんわり……じんわりとカレーの芳しい香りが蔓延していく。


 そう、この作戦名は「カレーの匂いには誰も逆らえない」である。

 カレーは人間だけではない、どんな生き物だって好きなはずだ。

 信者の俺が言うのだ、カレーが負けるはずがない。


 そうして、店内をぐるぐると歩き回っていると……。


「鳴き声が止まった?」


 あの可愛らしいムキュ声が聞こえなくなったのだ。

 それにまだ氷は俺の支配下にある。壊されればすぐに気が付くが、そんな傾向も今のところない。


 こ、これは……まさか!?


「ムキュッ?」


 お菓子売り場の棚からひょっこりと顔を見せたムキュキュ。

 思わず顔が綻んでしまう俺。


「食べたいか?」


「ム……ム……ム……ムムム……ムキュッ」


 長い葛藤の後、ムキュキュは首を縦に振った。


 それもまた可愛い。

 ご飯は正義だ、美味い飯はキャンプを何倍も楽しくする。生活を数百倍豊かにする。

 食料は戦争を誘発する。

 それほどまでに食欲とは、本能の根幹にある欲求なのだ。

 社畜道まっしぐらだった俺も例外ではなく、この小悪魔も例外ではない。


 みんな美味しいご飯が大好きなのだ。


「ほら、これはお前の分だぞ。たくさんお食べ」


 俺はその場に座り、箸でカレー麺を持ち上げる。

 そのまま笑顔でムキュキュを待った。


 ムキュキュが動き出すのに、そう時間は掛からなかった。

 ほんの数秒だった。

 ペタンと両手両足を床に着き、ゆっくりと警戒しながら俺との距離を縮めてくる。

 その可愛らしい黄色の瞳は、ずっとカレー麺へと熱視線を送っている。というか、カレー麺から目が離れないと言った様子だ。


 そうだろう、そうだろう。

 ムキュキュはさっき普通に腐ってた野菜とかもボリボリ食ってたもんな。

 そんな時に、いきなりスパイスの芳しい香りが襲ってきたら本能が逆らえないだろう。

 分かる、分かるぞ、その気持ち。

 だから、もっと食欲には素直になりなさい。ということで、早くその肌触りの良さそうな毛並みを俺に触らせなさい。


 ムキュキュは警戒しつつも、ようやくカレー麺の手前でぴたり止まった。

 そして、上目遣いで俺を見る。


「ムキュ?」


 くれないの?

 そんな目をしてくる愛くるしい生き物に逆らえるわけなかろう。


 ずずずっと啜るんだよというジェスチャーをしながら、カレー麺をムキュキュの口元へと運ぶ。


「ムキューッ!?」


 美味い、美味い、美味い、もっとくれ。


 そんな懇願の声を出したムキュキュ。

 他人には見せられないであろう気持ち悪い笑みを浮かべた俺は、要求されるがままにカレー麺を口元へと運び続けた。

 そして、ムキュキュはほんの数分でカレー麺をスープまで残すことなくペロリと平らげてしまったのだ。


 出会った時から気づいてはいたけど……。


「ムキュキュ、お前よく食うなぁ」


「ムキュッ」


 ふー、お腹いっぱい。

 そう言わんばかりにポッコリと出たお腹を天井に向けるムキュキュ。


≪スキル強制付与条件のクリアを確認しました≫

≪逢坂氷一郎にスキル:【ペット】を強制付与します≫


≪悪魔の子:アバドンが逢坂氷一郎に許可を申請しました。受諾しますか?≫


 おや?

 スキル強制付与だと?

 そんな取得方法まであるのか。スキル【ペット】……テイマーみたいなものかな。

 恐らくそれでおおよそ正解だろう。


 それに悪魔の子アバドンってどっかで聞いたことあるんだよなぁ……まあ、いいや。


「もちろんイエスだ」


≪悪魔の子:アバドンをペットとして登録しました≫


≪称号強制付与条件のクリアを確認しました≫

≪逢坂氷一郎に称号:【悪魔王子の親】を強制付与します≫


 悪魔王子の親?

 それって要するに……魔王と同義じゃないのか?

 だって、悪魔の王子の親は王様だ。要するにこの場合魔王って意味だよな?


 俺は疑問を解消するべく、ステータスカードを取り出した。


 ――――――――――

 名前:逢坂氷一郎

 レベル:3

 職業:黒煙魔法師Lv.3

 スキル:ファイアポイントLv.1、煙幕Lv.2、消化Lv.1、ペットLv.1

 EXスキル:アラームLv.2、タンスLv.1

 セットスキル:怪人七面相セットLv.1(変面、盗み聞ぎ、ゼロスティール、七変装、脅迫、武人、拳銃・偽)

 状態:人間(正常)

 称号:【◆の◆◆】◆◆◆、【◆・◆◆】、【悪魔王子の親】アバドン

 ――――――――――


 とりあえず称号の欄に触れてみる…‥が、反応がなかった。

 最初からあった文字化け称号は反応しなくても分かるが、新しく取得した称号も反応がない。

 ということは、称号の詳細はこれからも確認できないという可能性が高いな。


 アバドンねぇ。

 どこかで聞いたことがあるんだよな。

 うーん、確か中学二年生の頃くらいだったような……。そう、あの黒歴史ノートに何度も何度もその名前を書いた覚えがあるような……。


「そうだ! 悪魔の王様の名前だ!」


 正確にはサタンと同一視されるほどの悪魔の王ということだったはずだ。

 そうだ、思い出してきたぞ。黒歴史ノートに無駄に設定の凝ったアバドンの背景を書いた覚えが鮮明に思い出してきた。

 あの時は、「悪魔の王=サタン」みたいな容易な設定を作りたくなくて、サタンと同等レベルの悪魔の王を検索しまくってたっけ。

 そして、辿り着いたのがアバドン。

 サタンと同一視されるほどの力を持ち、破壊の権化にして、蝗害の化身とも言われる存在だ。


 あれ?

 なんだか、顔が熱くなって来たぞ……。


「恥っず……。二十三間近になってまで、どんなこと思い出してるんだよ」


「ムキュ?」


 さらにカァーっと熱くなっていく顔。

 そんな俺を不思議そうに下から見つめてくるムキュキュ。


「ま、まあ、とりあえずよろしくな」


「ムキューッ!」


 いつの間にかお腹が凹み、普通の体系に戻っていたムキュキュが元気よく片手を上げて答えてくれた。

 良かった。

 こいつの頭が良ければ、あからさまに話題を逸らしたのがバレていたことだろう。


「お前はアバドンって感じじゃないから、今日からムキュキュって呼んでもいいか?」


「ムキューッ!」


 いいよ! と元気よく返事をしてくれた。


「んじゃ、よろしくなムキュキュ」


「ムキュー」


 そして、二人は熱い握手を交わしたのだった。


 おうふ……。

 ムキュキュの手はぷにぷにだなぁ。


「よし、とりあえず俺も腹ごしらえをして、目ぼしいものを貰っていくとしようかな」


 そう呟き、立ち上がるとムキュキュがジャンプし、俺の腕にしがみついてきた。

 そして、四本の手足で器用に上へと昇って、俺の後頭部に抱き着いてきたのだ。


「ムキュ」


「そこが定位置なのか?」


「ムキュ」


 ここがいい、と言ってくるムキュキュ。

 まあ、帽子程度の重さしか感じないし、別にどこにいても良いけどさ。


 こうして俺は超可愛い悪魔の王子ムキュキュを仲間にしたのだった。


 その後、俺も焼きそばカップ麺を一つ食べ、一通り店内を見て回った後に収納作業を始めたのだった。

 今回貰っておいたのは、残っていたカップ麺を三分の二ほど。飲料水はできるだけ日持ちの持つ部類を中心にこれはほぼ全て頂戴した。その他、ティッシュやトイレットペーパー、リンスやシャンプー、ボディーソープなど生活必需品を大量に仕舞い込み、ついでに化粧水や乳液も貰っておいた。

 まあ、そうこうしてこのスーパーマーケットの中はかなりすっからかんの状態になってしまった。


 彼らがまた来るかもしれないので少しは残しておこうかなと思っていたが、「これも欲しい、あれも欲しい」と考えていたらいつの間にかこんな状態になっていたのだ。

 仕方ないよね、うん。


 それに生モノは収納していない。

 大半が腐っているということもあるが、まだ俺のスキル【タンス】にはラノベで出てくるような時間停止機能などはない。

 本当にただの超絶容量のあるアイテムボックスってだけだ。

 まあ、説明欄には「追加効果はレベルに属する」と書いてあるので、いつかは手に入るのではないかと踏んでいる。


「あっ、暇つぶし用にこれも貰っておこう」


 最後に雑誌コーナーから、キャンプ雑誌を頂戴して、俺はこのスーパーを後にした。


「よし! それじゃあ、あそこに行ってみるか」


 当分の物資は十分調達できた、他に必要な物は「情報」。

 向かう先は、赤司と呼ばれていたリーダーが纏め上げているであろう集団が住み着いている「大型スーパーマーケット」。


 そこでできるだけ穏便に情報を集めるのが、最適解だろう。

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