ソロでもグランピングはやりたい



 人生ではじめて尾行なんてしたよ……。


 最初はちょっとだけウキウキ気分で始めてみたけど、心臓に悪いなんてものじゃなかった。


 特にあの「赤司さん」って呼ばれてるリーダーらしき男。

 あの人、何度も何度も周りをキョロキョロ見渡すんだよ。

 一瞬、目線が合ったと思った時は心臓バクバクになってたよ。

 でも、深追いしてこないということは気づいてはいなかったのか、あるいは……確信してなお、深追いしなかっただけなのか。


「それにあれもゾンビと同じモンスターなのか?」


 俺は人一人いない凸凹な道路をピョンピョンと飛び越えながら、そんなことを呟いていた。


 全身白毛に、目が真っ黒なお猿さん。


 結構、怖かった。どっかの漫画で見たことあったけど、見猿聞か猿言わ猿のおて手をはずしたら、こんな感じかもね見たいな絵の猿。まさしくそれだった。

 ライフの記憶がなければ、正直ちびっていたかもしれない。


 あれも一種のモンスターなのだろう。

 なぜ山の中にはゾンビかスケルトンしかいなかったのか。

 それに白猿の方が明らかに強そうだ、ゾンビやスケルトン、さっきのサバイバーたちとは比べ物にならないほどの反応の大きさだったのだ。

 たぶん勝てないことはないだろうけど……ライフの記憶はあいまいだ。

 全てを信じて痛い目にあうかも分からない、慎重に行こう。


 作戦は「命大事に」だ。


 うん、やっぱり何よりも情報が欲しい。


 尾行を続けて、彼らが入っていた場所の「大型ショッピングモール」には、それなりに大きなグループがありそうだ。

 地上の駐車場に見張りが八人はいた。それに屋上にも二人、合計十人はこの日中に警備をしていたということになる。

 こんな状況だ、全員で警備をしているとも思えない。

 少なく見積もっても倍はいるだろう。それにあの三人を加えると、最低二十三人は確実だ。


「ま、詳しいことは後で考えよ。とりあえず、飯、飯、メシ~」


 なんだかんだここまで何も食べていないのだ。

 超腹減ってるよ。

 昨日もカップ麺一個だ、そりゃさっきからお腹がしこたま鳴るわけだ。正直に言うと、尾行の半分以上はお腹の虫と格闘していたくらいだ。


「いらっしゃりますよ~」


 人の気配がない店内へと入って行く。


 ここは尾行中にたまたま見つけたアウトドア用品店だ。テントや寝袋、椅子などもさることながら……あれもあるだろう。

 というか、今はそれが欲しくてここにわざわざ来たと言ってもいい。


「おぉ、余るほどあるじゃないですか、アウトドア缶」


 通称、od缶。

 確かアウトドアの英語をそのまま略した呼び名だ。

 まあ、あれです、キャンプ用のガス缶です。

 これさえあれば、毎度毎度焚火をする必要がいらない! それにお手軽着火! 煤が出ない! すぐお湯湧く! 片付けが怠くない!

 などなど、まさにお手軽ガスコンロとも言うべきこの子を俺は欲していたのだ。


 本当はキャンプの時はいつも持ち歩いているんだけど、今回のソロキャンでは家に忘れてきてしまったのだ。

 どこかで買ってから行こうかなー、なんて考えてバイクを走らせていたら……ね。うん、こんな世界になってたよね。


「ワンコちゃんカモン」


 スキル【タンス】を発動し、早速アウトドア缶を疑似アイテムボックスの中に仕舞い込んでいく。


 なんというか……楽だ。

 むしろ楽過ぎて、少し物足りないと思ってしまうくらい。

 スマホで文章をコピーするような感覚で対象を選択すると、「ポンッ」と勝手に消えて箪笥に吸い込まれていくのだ。

 勢いあまって、ここにあった全てのアウトドア缶を収納してしまった。

 うん、認めよう、癪だが認めよう。ちょっとだけ、楽しかった。

 青狸の便利道具が今まさに俺の手元にある! と思ってしまうと、つい楽しく思えてきてね……。


「てか、あそこのグループの人たちはアウトドア缶の優秀さに誰も気が付かなかったのかよ」


 そう思うと、なんだか悲しくなってきた。

 まあ、もうこれは俺のものだけどね!


「って、おぉ!? これ……これは、俺がずっと欲しかったグランピングテント!?」


 グランピングとは、グラマラスとキャンピングを合わせた造語だと聞いたことがある。

 まあ、グランピングと言ったら大体グループ用テントが多い。

 ソロには不要だって!?

 ふざけんな!

 一人だって、たまには豪華にグランピングしたいんだよ!

 と、昔の俺は思っていた。そして、いつかこの全部揃えると三十万近くする高価なテントを買ってやろうとな。


 だが、今はどうだろうか。

 お金なんてただの紙切れ、法律なんてファンタジー小説と一緒で効力ゼロ。


 ふふふっ。


「この終末世界では、俺がしっかりと使い込んでやるからな」


 気持ち程度に諭吉を一枚その場に置き、俺はグランピングテントを【タンス】に仕舞い込む。

 ついでに、いくつかの高価なキャンプ椅子やテーブル、ランタン、タープ……など、貰えるものは貰っておこう。

 これは断じて盗みではない。資源の有効活用だ。

 それにモンスターたちに壊されるよりも、使ってやった方がこいつらも本望だろう。


「そういえば、食料のある建物以外はあまり荒らされていない印象だな」


 特にコンビニはほぼ全てと言っていいほどに全滅、荒らされ放題だ。

 その他、食料の置いてありそうな場所も壊滅状態。


 たぶんだが、終末世界になり始めの頃はもっとたくさんの人が生きていたのだろう。

 じゃなきゃ、こんな二週間という少ない期間で辺り一帯のコンビニが全滅するはずがない。最初は食料の奪い合いがもっとずっと横行していたに違いない。


 そうなると、だ。

 一つの可能性が浮上する。


 モンスターか、はたまた同類の人間かは分からない。

 ここ一帯の住人を壊滅させるほどの力を持つやつがいる。

 それはライフの能力を扱える俺にとっても、無視できない存在かもしれないのだ。

 あくまでこの世界はライフの世界とは法則が違う、スキルや職業という彼女の世界になかった要素まで存在する。

 不確定要素は、確実に避けていくべきだよな。


「さあ、次は問題の食料だな。とりあえずは、あそこに行ってみよう」


 さっき赤司という男が食料を手にしていた小さなスーパーマーケットだ。

 あの人たちが出てきたときにはスッカラカンに見えたバッグもパンパンに膨れ上がっていた。ということは、まだまだ入りきらなかったということ。

 絶対にまだ残っているはずだ。


「お邪魔しました~」


 アウトドア用品店を出発し、来た道を戻るようにスーパーを目指す。


 道中は周囲の状況から読み取れる情報がないかを考えながら、ゆっくりと進む。

 まあ、今はそう急ぐ必要はない。

 先決なのは、腹を満たす食料と情報だ。


「ん?」


 大きな交差点に差し掛かり、キョロキョロと周囲を見渡した時、俺は重大な何かに気が付いた。


 まだはっきりとは分からない。

 言葉で表せるほど明確な違和感ではない。

 ただ、ずっと当たり前のように通り過ぎてきたこの街にあるはずのものがないような気がしたのだ。


 そう、もっとずっと当たり前のようなこと。

 映画で見た世界と、この世界での違い。


「あっ」


 分かった。


 この街には――死体が一つもない――のだ。


 なぜ今の今まで気が付かなかったのか。

 不思議でならないほどの違和感だ。

 血や戦闘痕は何度も見た。けど、死体を見た覚えがない。


 いや……。


「死んだらゾンビに?」


 山の中には、この日本のTPOに合う服を着たゾンビやスケルトンが徘徊していた。

 そう、それはそうなのだが……少ない気がする。

 もっとたくさんの人がこの街には住んでいたはずだ。

 最も密度の高かった崖上付近で【アラーム】を使用したときの範囲、ゾンビ密度から簡易的に全体数を計算しても明らかに数が合わない。


「死体は一体、どこに?」


 そう考えたとき、背中がゾワりとした。


 第三者からの恐怖とかではない、モンスターでも、人間でもない。

 その事実に対し、俺は怖くなったのかもしれない。


 視界の開けた大きな交差点。

 周囲を見渡しても、やはり死体は一つもなかった。


 俺は頭を左右に振り、一度頭をリセットする。


「よし」


 情報は情報として、今は頭に留めておくだけにしておこう。

 考察や分析は、もっとずっと後でいい。情報が確定し、集まってからだ。


 てか、こんな思考に陥ったのこの二日で何度目だ?

 バカなのか俺は、学習しろよ。


 ひび割れ、隆起し、陥没し、荒れ放題なコンクリート道路を軽快なステップで進んで行く。

 中心街から離れていけばいくほど、道路は綺麗になっていく。


 単純だ。

 中心街の方が、戦闘が多かったのだ。

 そんなの街を見れば一発で分かった。


「おっ、あったあった。っと、その前に」


 スーパーの駐車場に変なスケルトンがいた。

 変と言ってもゲームなどではまあ定番ではある、武装したスケルトン。


 身長の半分ほどはある縦長の盾に、西洋風のロングソードを一本、日本の兜を身に纏ったなんともミスマッチな武装スケルトン。

 それが五体もいた。


 特に何かをしている様子はない。

 ただ駐車場に止まっている車と車の間を右往左往しているだけ、統率もされていない様子だ。

 スキル【アラーム】の反応の大きさも、普通のスケルトンと誤差程度の変化しかない。


 それに都合よく、五体全員がほど良い距離で分断されている。

 絶好の機会だ。

 ライフの能力ではなく、俺自身が手に入れた【スキル】を試すチャンス。


 スキル【武人】発動。

 選択した武人は暗殺術、最大限の足音を減らし、呼吸を減らし、存在感を消す。というか、忍者みたいだな。

 そして、物陰に隠れながらゆっくりと駐車場へと入って行く。


 それと併用して【アラーム】を常時発動、常に五体全員の動きを捕捉しておく。

 ここに来るまでに、俺は自分の目と【アラーム】を併用するコツを掴んでいた。今や【アラーム】が第六個目の感覚器官みたいに扱える。


 息を潜め、車の影に隠れていると一体のスケルトンが車一台挟んだすぐ側に近づいてきた。

 スケルトンが次の一歩を踏み出し、片足を上げた瞬間。


 スーっ、と息を吸い込み。


「フーッ!!」


 スキル【黒煙】。

 口から黒い煙を勢いよく引き出し、スケルトンの視界を奪うと同時に全身を覆うまで吐き出す。

 そして、カチンッと歯を力強く嚙合わせる。


「ガギガギィッ!?」


 突然の煙に驚き、明らかに動揺を見せた武装スケルトン。

 その一瞬で炎の中に包み込むことに成功した。


 俺はすぐに姿を隠す。

 それとほぼ同じタイミングで、他四体のスケルトンがこちらを向いた。


 間一髪セーフ。

 ただなんで俺は隠れているのだろうか……。


 複数のガチャガチャと骨と骨が擦れる音が近づいてきた。

 まあ……やばくなったらライフの能力を使えばいいか。

 とりあえず、今は検証だ。

 正々堂々とやってみよう。


「俺はここだ!」


 少し大きめの声を出し、俺は立ち上がった。


「ガギギッ!」

「グゲギィッ!」

「ゴゴゴッ!!」


 四体の武装スケルトンの視線を一気に釣れた。

 さきほど攻撃したスケルトンは……だめだ、まだ生きているようだ。


「くっそ、このスキルってそんなに威力低いのかよ!」


 改めて感じるライフの能力の異常さ。

 そうか、これがこの世界で生きていくために必要な【スキル】か。

 威力弱すぎて、ハズレスキルだったらたまったもんじゃないな。


 スーッと、もう一度息を大きく吸い込み。


「フーッ!!」


 ダメ押しの【黒煙】を発動する。

 そして、他の四体がここに辿り着く前に。


 カチンッ、と歯を鳴らす。


「グェ?」


 目の前の武装スケルトンが変な声を出した。

 そして、そいつは倒れたのだった。


 今まで謎めいた力で浮遊していた骨が関節からボロボロと崩れていき、黒い灰へと変わっていく。

 そして、まるで地面に馴染み溶け込んでいくように、その姿形が無くなっていったのだった。


 そうか。

 今まで粉々に砕いていたから気が付かなかったけど、普通に倒すとこんな感じになるのか。


≪スキル:黒煙のレベルが上がりました≫


 おっ、ついに上がったか。

 検証ではいくら使っても上がらなかったけど、モンスターに使うことでレベルは上がるのかな。

 確か【アラーム】のレベルが上昇したときも、ゾンビを倒した時だったな。


 と、そんなに悠長に分析している暇はない様子だ。


 ほぼ同じ距離感で、今度は四体が連携を取ってきている様子だ。タイミングを計って、一斉に襲ってくる算段のようだな。

 今の攻撃なら数で押せると考えているんだろう……その通りだ!

 威力が強ければ対複数でも十分戦えるだろうが、威力が弱ければどう考えたって初期から対複数戦なんて想定されていないようだな。


「はははは……俺のスキル、弱いな」


 そう嘆き、俺は口角を上げた。


「万能氷ちゃん」


 尾行するために消していた万能氷ちゃんを再び出現させた。

 数は四つ、武装スケルトンと同数だ。


 手を前に振り、指示を出す。

 何ということもない指示「砕け」。

 たったのこれだけ、それだけで十分すぎるのだから。


「……ッ」


 武装スケルトンたちは言葉を発することもなく。

 驚く暇すら与えられずに、白い破片として粉々に砕け散ったのだった。


 おい!

 アイエリス=ライフよ。

 どんなチート能力だってんだよ、全く。

 俺が獲得したスキルが虚しく感じるじゃねぇか。


 あー、もういい!

 決めたよ!

 俺はもう攻撃系のスキルは取らないよ。てか、取る必要性が全く感じない。

 これから獲得するのは補助系のスキルだけで充分だよ。


 昔の自分に悪態をつきながら、俺は堂々とスーパーマーケットへと入って行くのであった。

 明らかに人の手で割られた自動ドアを潜り、店内へ。


 そこは思ったよりも綺麗だった。

 まあ、野菜や魚の腐った匂いはするけれど。


「ムシャムシャムシャムシャ……ゴクンッ……ムシャムシャムシャムシャムシャ……ゴクンッ……ムシャムシャムシャムシャムシャ」


 うん、何だろうあれ。


 俺は驚いていた。

 それはもう、内心焦りまくりだ。


 目の前には一心不乱にあらゆる食べ物を手当たり次第に食べまくっている……リス。いや、ちょっと違うか。

 黒っこくて、小っちゃくて、矢印みたいな長い尻尾をフリフリと揺らし、その口に納まりきらないほどの食料をリスみたいに貯め込んでいたのだ。


 それは…‥そう、あれだ。


「ムキュッ?」


 ちっこい悪魔だ。

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