生き残りと恐怖
「チッ、こっち側も碌なもん残ってねぇな」
店に出て早々、俺は悪態付きながら道にあった小石を蹴り飛ばした。
「うるさいよ、
「へいへ~い」
一緒に探索組として加わっていた加藤が何かを言ってやがる。
つか、こいつ女子高校生だよな?
なんで年上の俺にため口で話してんだ?
まあでも、さすがに今のは俺が悪かったな。
二日連続無駄足。
それが俺に大きなストレスを与えていたんだ。むしゃくしゃしたって仕方ねぇだろ。
モンスターに殺されてもゲームオーバー、食料が尽きてもゲームオーバー……嫌だよ。
俺はまだ死にたくないしさ、もっと遊びたかったよ。
モンスターにだってなりたくはない。
「いいよいいよ、二人とも。それじゃあ、今日はもう少し山側の方に進んでみようか。そっちの方ならまだ食料が余っているかもしれない」
俺のことを睨みつける加藤をなだめるように、リーダーの
いや、赤司さんよ。俺はもう許してるから、大丈夫だぜ。
「そうっすね」
俺はすぐに肯定した。
赤司さんは俺たちのリーダーだ。
優しく、人思いで、頼れる人だ。年は三十台後半とそう食ってはないけど、頭がキレる。上場判断もうちらのグループじゃ一番早く、的確だ。
この人について行けば、安泰だと直感で信じている。
俺の後に続くように、ムスッとした表情で加藤が首を縦に振った。
くっそ、返事ぐらいしろってんだ。
そういう雰囲気がグループを崩壊させるんだよ。
俺の言葉には別に返事はしなくたっていい。だけど、リーダーの指示くらい口で返事しやがれ。
加藤と視線が合った。
再び俺との間に冷たい火花が散る。
「こらこら、二人とも止めなさい」
笑いながら、それでいて優しく俺たちをなだめてくれた。
その行動に加藤も俺も、視線を逸らした。
「すいませんっす」
「うん、わかったならいいんだよ」
「ご……ごめんなさい」
「はい、許します」
こうしてこの場は収まった。
まあ、元は俺の八つ当たりが原因だ。本当に反省はしている。
すぐに俺たちは山側の方へと足を進め始めた。
いつもはここまで足を延ばすことも少ないが、山側となるともっと少ない。
というか、俺と加藤が足手まといにならないか心配しているレベルだ。
うちのグループは、周知の通り赤司さんがリーダーを務めている。
そして、赤司さんが許可を出さないと、山側には立ち入れないというルールを設けている。
理由は簡単だ、山側には俺たちでは刃が立たないほどの凶悪なモンスターやゾンビの巨大な群れが住み着いているのだから。
その許可を貰っている人物は、赤司さんを除いて二人いる。
一人は、
歳は頑なに教えてくれないが、俺よりは確実に下だ。というか、中学生くらいなのではないかと俺は考えている。
というか、こいつに関しては俺もよく知らない。だが、何かしらの強力なスキルを持っているんだろうとは思う。
基本、ねむの野郎は赤司さん以外とは言葉をほとんど交わすことはない。
本当によく分からないやつだ。
いつか高い高いをしてやりたいと思っている。それほどまでにちっこいやつだ。
そして二人目、アキラ。
こいつに関しても情報が少ない。というか、アキラという名前すら本当なのかどうかも怪しいくらいだ。
赤司さん曰く、このグループで一番の実力者らしいのだ。
俺はまだアキラの戦闘をこの目で見たことがあるわけではない。あいつはいっつもふらっと住処を出て、ふらっと帰ってくる。そして、大量の食糧や物資を調達してきてくれるのだ。
誰も文句を言えない。
あの癖っ毛をいつか、クルクルしてやりたいと前から思っていたりする。
「ん?」
突然、赤司さんが変な声を上げた。
「どうしたんっすか?」
「うん、森側のモンスターの反応が少しだけ弱くなっている気がしたんだよね。いや、私も歳で記憶が曖昧だ、勘違いかもしれない」
口ではそう言っていたが、赤司さんの顔はそうは言っていなかった。
それに赤司さんともいう人が「記憶が曖昧」になるはずがない。俺はこの人以上に頭がキレる人を見たことがないのだから。
この人がいたから、今の今まで生きて来れたんだよ。
だから、俺は赤司さんを心の底から信じている。
森で何かが起こった。
これは確実だろう。
今までこんなことはなかった。
モンスター同士の争いか……外側の人間の仕業か。
それか……あいつらのグループが森にいくとは思えないな。あいつらは安全志向の中にある狂気だ。勝ち目のない森に何か行くはずがないんだ。
ただ絶対に大丈夫だ。
本当に変な違和感だったら、赤司さんが曖昧な発言するはずがない。ということは、まだ大丈夫なんだ。
「【モンスター分布感知】の感度が良くないとかっすか?」
赤司さんはこのスキルをこう表現していた。
――詳しい感知まではできないけど、通常の感知スキルよりも広範囲に知ることができるスキルだよ。何と言えばいいのかな……特定の場所を包む大きな靄が見えるんだ。それが住み着くモンスターの強さや大きさを表している。まあ、あんまり当てにしないでくれよ。
初対面の時に、笑いながらそう言っていた。
が、実際を俺はそんなスキルがあるのかと驚愕したよ。俺のスキルとは比べるのが烏滸がましいほどの物だったよ、正直。
この人はたぶんすげー人で、いい人だと直感した。
それと同時に、俺は「凄くない」人だと理解したんだ。
「うん、そうかもしれないね。昨日は色々とあったから疲れているのかもしれない。今日は食料を少しでも見つけたら、帰るとしようか」
「はいっす」
「分かったよ、赤司さんに従うよ」
赤司さんは森を気にしながらも、進み続ける。
そして、やはり森側の店はあまり荒らされていない様子だった。すぐにバッグに詰めていくが、入りきらないほど食料はあったのだ。
これは当分、食料の心配はいらなそうだ。
俺はホッと胸を撫でおろす。
そして、俺たち三人は赤司さんを先頭にすぐに来た道を戻っていく。
順調だった。
出てくるモンスターはゾンビかスケルトンだけ、正直もう彼らを恐いと思う時期は通り過ぎた。
だから、今日もいつも通り住処に戻れると思っていた。
突然のことだった。
「赤司さん?」
前を歩いていた赤司さんが両手を開き、俺と加藤の進行を止めたのだ。
その手は酷く震えていた。
痙攣とか、寒くて震えているとかそういう類のものじゃない。
もっと……そうもっと黒く、深く、何かを恐れているような。
「クッソ、深入りしすぎたか……」
珍しく赤司さんが悪態をついていた。
俺は怖かった、赤司さんがつい悪態をついてしまう程、手が震えてしまうほどの存在。
それは……たった一つしか思いつかないのだから。
この街を彷徨う、別格の強さを持つモンスター。
街の住人の半数以上をたったの一体で殺し、この街を壊滅させた災悪。俺の仲間を……心に決めた人を目の前で殺したあいつだ。
人の先祖である姿をした、全身を白く染め上げた『白猿』。
黒く空洞の目は一体、何を見ているのだろうか。何を見通しているのだろうか。何を観察しているのだろうか。
その手に持つ大鎌で一体、何人の人間を殺し……どれだけのモンスターを生み出したのだろうか。
否応にも、俺の手の平には爪痕が強く残り、力が入る。
しかし、それに気が付いた時にはもう遅い。
それがこの『白猿』、この街が生み出した殺戮兵器。
「ウキッ……キキッ」
――違う、お前たちじゃない。
建物の影から現れた『白猿』はそう言っているように聞こえた。
実際には、言葉が分かるわけではない。ただ、やつの纏うオーラがそう物語っているのだ。
全員の背筋が凍り、筋肉が硬直しているのが分かる。
緊張、恐怖、そして諦め。
頭は逃げ出せと何度も訴えかけてくる。だけど、体が言うことを聞かない。
今動けば、一瞬で断頭され、お前もモンスターになるぞ。
「ウキキッ」
――去れ、不愉快だ。
白猿は俺たちに攻撃するでもなく、無防備に背中を向け離れていく。
俺たちはそれを見ている事しかできない。
早く行ってくれと願うことしかできない。
そして、白猿の姿が建物の影に隠れて見えなくなった。
「ハァ……ハァ……」
「…………息してもいいよね?」
「ふぅ……二人とも心臓はちゃんと動いてるかい?」
俺と加藤は息をするのすら忘れていた。
赤司さんは息をしていた。だけど、後ろからでもわかる汗の量だ。
ああ、いまだに心臓がバクバクと鳴っている。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
なぜかは分からないけど、あの白猿は俺たちを見逃してくれた。
殺戮兵器と呼ばれたあいつは……。
「ハァ……ハァ……あいつ誰かを探していましたね」
息を切らしながら、俺は赤司さんにそう言った。
言葉はわからなくとも、確かに俺の耳にはそう聞こえていた。
誰か……誰だ?
白猿が探している人物は誰だ。俺でもなく後藤でもなく、赤司さんでもない。
ということは、もっと強い人物か?
俺に思い当たる人物はたったの一人しか思い浮かばなかった。
アキラ。
お前は一体、白猿に何をしたんだ。
「あ、芦名くん?」
赤司さんがなぜか動揺した様子で俺の名前を呼んできた。
「えっ、はい」
なぜ呼ばれたのか全く覚えがなかった。
それにこんな奇妙な名前の呼ばれ方をしたのも初めてだ。
「白猿が何を言っていたのか、理解できたのかい?」
その言葉でようやく理解できた。
白猿の言葉は、俺にしか聞こえなかった?
でも、なんで俺が……モンスターの言葉を理解するようなスキルも元々の能力も持ってはいない。
どちらかというと「武」に特化したスキルしか持っていないのだ。
ただ、さっきの白猿の言いたいことは理解できた。
「はい、何となくっすけど……」
「……ッ!?」
「……まじ?」
赤司さんと加藤の二人が言葉を喉に詰まらせ、驚きの表情を浮かべた。
逆に、この二人が聞こえていなかったことに俺は驚いていた。
ただ、そんな空気もすぐに赤司さんが一蹴してくれた。
「す、すまない、少し取り乱してしまったようだ。こんなところで固まっている場合ではない、急いで住処に戻ろう。全員にこのことを伝えないと「森側にはむやみに近づいてはいけない」と」
そう言って、俺と加藤の手の中に無理矢理一粒のチョコレートを握らせてきた。
「これは?」
意図を推し量れなかった加藤、そして俺。
「こういうときこそ糖分だよ。甘いもん食べて、頭を働かせて行こう。さあ、急いで戻るよ」
「「はい(っす)」」
そうして、俺たちは急ぎ過ぎず遅すぎずなペースを維持し、進み続ける。
白猿が曲がって言った方向には行かないように、逆の方向を大きく迂回しながら、慎重に慎重に……絶対に遭遇しないように。
俺たちは無事に「大型ショッピングモール」に到着したのだった。
******************************
「ウッキ……」
違う、あれらじゃない。
私が探しているのは……あれじゃない。
そうだ、そうなんだ。
でも、後ろにいた男……あれはなんだ?
私の言葉がまるで理解できている様子だった。今までこんなことはなかった。この世に生を貰ってから、はじめての出来事だ。
――あいつには手を出すな!!
なぜか心の中にいるもう一人の私がそう何度も何度も必死に語り掛けてくる。
だけど、心の中のお前は弱い。
私はお前より強い、従う義理はない。大人しく、闇の中で縮こまっていろ。私に歯向かうな。煩いぞ。
……危ない。
いつもそうだ、深く考え過ぎだ。
周囲の確認は怠ってはいけない。また、あいつが奇襲をかけてくるかもしれない。
もっと前は弱く、儚く、小さな力だったはずのあいつが……今や、私を傷つけられるまでに成長していた。
前回の奇襲で私は考えた――人間の成長を侮ってはいけない――と。
だから、殺し続けてきたし、それが間違いだとも思わない。人間は私を殺し得る存在だ、絶対にもう二度と死んでたまるか。
だけど、今の人間だけは……なぜか殺せなかった。
分からない、分からない、分からない。
それに……。
「ウキッ」
この街にもう一人、強者の香りが加わった。
絶対に油断してはならない。
俺はもう死にたくないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。