二十じゃないよ、七だよ



 ――翌日の日が昇っていない早朝のコンビニ前。

 そこに一人の少女がいた。


「あれ? なんで店ごと凍ってるの?」


 昨日見つけた男の人はこの辺りにいたはず。


 どうなったのか気になって来てみれば……本当になんだろう、これ。

 誰かのスキル?

 そうじゃないとたったの数日で店が凍り付くなんて考えられない。


「グァィゥェッ!!」


「あっ、そろそろやばッ。逃げよう」


 ゾンビたちが起き始めた。

 モンスターの中でも、ゾンビは夜の三時ごろから五時ごろの二時間だけ行動が鈍るのだ。中には睡眠のような行動をとる個体までいるくらいだ。

 その間を狙って様子を見に来たんだけど……。


 私はすぐに森の中に逃げ込み、スキル【地中潜り】を発動した。

 そして、急いで「大型ショッピングモール」へと戻って行くのであった。


(もしかして……いや、まさかね)


 あの男の人の能力なのかな?

 だとすると……相当強い人だね。

 もしかしたらリーダーの赤司さんやアキラっちよりもずっと強いのかも。


 私はキャップを被り直し、いつの間にかニヤリと笑っていたのだった。




 ******************************





「ふわぁ~」


 イモムシ型の寝袋から這い出て、グッと背伸びをする。

 案外ぐっすりと眠れた。こんな場所で準キャンプみたいなことするのは初めてだったけど、俺の適応力がさすがと言うべきか。


 あー、歯磨きしたいな。

 口の中がもにゅもにゅする。何かスッキリさせたい。

 そうだな、とりあえず次に目指すは歯磨きセットだ。ついでにお水も。


 立ち上がり、軽く体全体を伸ばしておく。

 ついでに軽めのストレッチも。こんな世界でいつ全力疾走する羽目になるかも分からない。そんでアキレス腱ぽっきりなんてシャレにならん。

 こういう世界だからこそ、準備運動が重要なのかもしれないな。


 そうして、さっさとテントも畳んでしまい、【タンス】の中に仕舞う。

 いや、マジでこれ便利だわ。

 今は勢いでテントも片付けちゃったけど、別に畳まなくとも仕舞えるんじゃない? たぶんだけどさ。

 もう少し腰を据えられる場所を見つけたら、色々な可能性を考えてみよう。

 想像が膨らみますなぁ~。


「よーし、行きますか! ハーミちゃん!」


 スキルから出したハーミのタンクを撫でながら、エンジンを起動した。

 そして【アラーム】で周囲を念入りに確認しておく。


「出て二十五メートル先に二体のゾンビかな。それに後方森の中にスケルトンの反応が一体。問題なしだな」


 壁に手をつきながら、氷を崩し、溶かしていく。

 これで証拠隠滅完了だ。

 ただただスッキリとした古びたコンビニの完成である。


 外に出て、万氷球独楽の輪を狭める。

 そして、二日目の探検が始まったのだった。


「とりあえず、下っていけばどこかしらの街には出られるだろう。特にこれといった目的地もないしな」


 フルフェイスのヘルメットを被りながら、俺はそんなことを呟いていた。

 はあ、どうせならスキル【フルフェイス】とかないだろうか。

 これって結構息苦しいんだよね。スキルで開放感が再現できるなら、今すぐそんなスキルが欲しい。

 まあ、欲を言ったって得られる物でもないか。


 そうして、ひたすらゾンビとスケルトンをひき殺しながらバイクを進めていると。


≪レベルが上がりました。新規スキルが取得可能です≫

≪職業:黒煙魔法師のレベルが上がりました≫


 はい、来ました。

 新スキルゲットできるとのご案内です。


 路肩にバイクを止め、早速ステータスカードを確認する。


 ――――――――――

 名前:逢坂氷一郎

 レベル:3

 職業:黒煙魔法師Lv.3

 スキル:ファイアポイントLv.1、煙幕Lv.1、消化Lv.1

 【新規スキルが取得可能です】

 EXスキル:アラームLv.1、タンスLv.1

 性質:◆◆◆

 状態:人間(正常)

 称号:【◆の◆◆】◆◆◆◆

 ――――――――――


 すぐに新規スキルの選択画面へ切り替える。

 そして、驚きの画面に思わず変な声を出していた。


「ふわぁっ!?」


 ――――――――――

【選択可能スキル枠:2/3 SkillPoint:264】

 着火(1)、そよ風(1)、焚火(1)、快眠(1)、剣技(2)、サイコロ(2)、毒耐性(3)、衝撃耐性(3)、無風(4)、消音(4)、狂化(5)、浄化(10)、怪人七面相セット(1000)

 ――――――――――


 いつの間にかスキルポイントが264も溜まっていたことも驚きなんだけど。

 最後の項目だよ。

 何だよこれ、最後にはこういう面白そうなものを持ってくる仕組みなのか!?

 興味深々だよ、全く。嫌になっちゃうくらいにさ。


 だけど、ポイントが全然足りない。

 1000ポイントとか……てか、ポイントってモンスターを倒せば溜まるものなのか?

 いや、それしかないよな。


「よし、ゾンビ掃討作戦開始だ」


 バイクから降り、軽くバイクに体重を乗せ楽な態勢を取る。


 どうせならやってみようと思う。

 昨日思いついた、スキルと【氷の魔女】の合わせ技をだ。


 やることは至って簡単、ただ本当にできるかは分からない。

 だから、やるんだけどさ。


「感知範囲最大」


 グググッっと別次元の空間に踏み入っていくような感覚に入った。

 今、目という五感は一切使っていない。

 スキル【アラーム】という五感のみを使用して、最大限感知範囲を広げているのだ。


 初めての試み。

 それが上手くいったのだ。


 まさに第三の目みたいな感じだ。

 周囲は全く見えていないのに、手に取るように状況が分かる。

 どこにモンスターがいて、どこに鳥が飛んでいて、どこに動物が寝ていて、どこに自分がいるのか。


 距離的にはどれぐらい感知範囲を伸ばせたのだろうか……半径約百メートルってところかもしれない。

 レベル1でこれなら、今後が期待できそうだ。


 と。


≪スキル:アラームのレベルが上がりました≫


 早速、アナウンスが聞こえてきた。


 そして、また一段と五感が広がっていくのがわかる。

 今は百五十メートルほどか?

 いや、二百メートルは超えているかもしれない。この辺りに来ると距離の感覚とかはざっくりだ、標識とかあれば分かりやすいんだけどな。


「万能氷ちゃん、一個追加で」


 常時発動している万能氷ちゃんを一個追加し、合計で六個まで増えた。

 そして、その一個だけを完全な自分の管理下に置く。


「よし、行けッ」


 ビュン、と結構な速さで森の中へと進んで行くのが分かる。

 うん、スキルを扱ってきたおかげなのか、何となく氷の操作技術も向上している感覚がある。針の穴を通す……とはいかないけど、バスケットゴールにボールを入れるくらいはできるようになった。


 まず一体目。


 トボトボ歩いていたゾンビの背後から氷を衝突させた。

 一瞬で粉々になることを確認し、すぐにステータスカードを確認した。


「なるほどな、ゾンビ一体1ポイントって感じか。だったら、あと735体か」


 道のりは険しそうだと思いながらも、俺は再びゾンビ狩りを始めたのだった。


 周囲に迫ってきた個体は常時発動している万氷球独楽に瞬殺され、遠くの個体は【アラーム】と万能氷ちゃんで次々と倒していく。

 感知範囲内からゾンビがいなくなれば、バイクを数百メートル走らせ、新たな群れを探す。


 そんな作業を繰り返し、約二時間後。


「終わったぁー!!」


 俺はバイクに腰掛けながら、上半身をグッと伸ばした。


 正直、この辺り一帯のゾンビが絶滅してしまうかもと心配していたが、そんな心配はいらなかったようだ。

 いや、ゾンビがいなくなることを心配するのも変だとは思うけどさ。

 今はどうしてもポイントが欲しかったのだ。


 だって、あんなにもそそられるスキルがあるんだから。

 怪人七面相でしょ?

 絶対に盗賊系のスキル盛りだくさんに決まっているでしょ。そりゃ、欲しいよ。


 早速、ステータスカードを取り出し、二時間も我慢していたスキルを選択した。


≪スキル:【怪人七面相セット】を選択しました。SkillPoint1000が必要です。本当によろしいですか?≫


「オフコース!」


 ドキドキ。

 胸が高鳴ってきてヤバイ。


≪スキル:【変面】【盗み聞ぎ】【ゼロスティール】【七変装】【脅迫】【武人】【拳銃・偽】を獲得しました≫


 多いなっ!?

 今何個言った?

 えっと、えっと……分かんないや。


 俺は慌てて、ステータスカードを確認する。


 ――――――――――

 名前:逢坂氷一郎

 レベル:3

 職業:黒煙魔法師Lv.3

 スキル:ファイアポイントLv.1、煙幕Lv.1、消化Lv.1

 EXスキル:アラームLv.2、タンスLv.1

 セットスキル:怪人七面相セットLv.1(変面、盗み聞ぎ、ゼロスティール、七変装、脅迫、武人、拳銃・偽)

 状態:人間(正常)

 称号:【◆の◆◆】◆◆◆、【◆・◆◆】

 ――――――――――


 すぐに詳細を確認した。


【変面】

 複数のお面をセットすることで使用可能になる。瞬時に顔を隠す面を被るスキル。

 使用中は一切の殺生をすることができない。


【盗み聞き】

 半径15メートル以内の声を取捨選択し、聞くことができる。

 使用中は一切の殺生をすることができない。


【ゼロスティール】

 代価なしで特定の人物よりランダムで何かを盗むことができる。盗んだ物は一分間のみ使用可能。使用時間を終えると、それは持ち主に返る。

 使用中は一切の殺生をすることができない。


【七変装】

 七つのストックの中から、瞬時に服装を変えることが可能。

 使用中は一切の殺生をすることができない。


【脅迫】

 特定の人物に術者の「恐怖」を植え付けることが可能。効果時間三十秒。

 使用中は一切の殺生をすることができない。


【武人】

 体術、双術、剣術、槍術、細剣術、暗殺術を武人クラスで扱うことができる。効果時間三分。

 使用中は一切の殺生をすることができない。


【拳銃・偽】

 拳銃を瞬時に作成、複製することが可能。撃つことはできない。

 使用中は一切の殺生をすることができない。


 うん…‥えっと、これ当たりで良いよな?

 どれも効果は非常に強力な物ばかりだ。特に【ゼロスティール】これはやばい。ハッタリとかでも十分通用する。

 他の効果も正直腰を抜かすレベルだ。


 なんだけど……。


「使用中は殺生できない、という制限付きのスキルか。使いようだな」


 そうとしか言いようがない。

 正直、戦闘ではそう使わない物ばかりだろう。

 だけど、こんな世界だ。他の使い道はいくらでもありそうだ。

 これは……当分は冬眠かな。市街に出たら何かしらは使うことになるだろう。


「気持ちを切り替えるんだ……俺。別に失敗なんていくらでもあるんだ、めげずに行こう」


 自分に言い聞かせるように、そう呟き続けたのだった。


 いや、逆に考えよう。

 今までが恵まれ過ぎていたのかもしれない。他の人からしたら、これだって十分大当たりスキルの可能性があるんだ。

 うん、絶対にそうだ。

 それにそこまで悪いスキルでもないような気がしてきた。うん、出先で買うかどうか迷って買ったけど、結果買わなきゃよかったと後悔して、後々考えるとやっぱ必要だったとかのパターンだ。そんな気がする。


「よーし、長めの道草はしてしまったけど……いざ、市街を目指して!」


 俺は再びバイクを走らせるのであった。


 道中でゾンビやスケルトンを万氷球独楽でひき殺していくのはもちろんだけど……妙に数が少ないな。

 気のせいかな?

 山を下っていくたびにモンスターの数が少なくなってる気がするぞ。俺が目覚めた崖上はもっとゾンビ密度が濃かった覚えがある。

 しかし、今は五十メートルか百メートル進んでやっと一体いるかどうかだ。


「あの山の場所だけがモンスターの巣となっていたとかか?」


 そう考えながらも、バイクを走らせていく。


「おっとっと、危ない危ない」


 慌てて速度を緩め、バイクを路肩に止めた。

 カーブを曲がったところの道路がかなり深く凹んでいたのだ。

 大きなハンマーか何かで叩き割ったような蜘蛛の巣上のひび割れも入っている。


 まあ、明らかにここで何かがあったわけだな。

 二週間という時間は思ったよりも、大きな二週間だったのかもしれない。

 分からないことが多すぎる。

 知らないことが多すぎる。

 この街で、世界で何が起こったのかもっと詳しく知る必要がある。


 ハーミを一度降り、【タンス】に仕舞った。

 そして、徒歩でこの大きな戦闘痕を越えていくことにした。


「よっと、おっとっと、この瓦礫は不安定だな」


 しっかりと固定されているコンクリート片、グラグラと揺れるコンクリート片、それを見分けながら先へと進んで行く。

 うーん、街で戦闘をやるときは要注意だな。ライフの能力を使うときは基本自分からは動かないけど、俺が手にしたスキルを使うときはそうとは限らない。


 念のために一旦、ハーミはお預けだ。

 バイクの音にはモンスターも寄って来るし、戦闘痕がここだけとも限らない。バイクは荒れた道路には弱い、恐らく俺の運転技術じゃ上手く乗りこなせないだろう。オフロードバイクとかだったらスルスルと行けるのかもな。


 街には人が多い、ということは集まってくるモンスターの数だって元々は多かったはずだ。

 でも、現状では見つけるのが難しいほどに少ないということは……。


「まあ、生き残りはいるだろうな」


 どれだけの人数が生き残っているかも分からない。


 けど、二週間近くこの世界で生き残って入るはずだ。情報は確実に俺よりも持っているだろう。

 ソロ……ソロサバイバーはいないかな?

 目覚めて二日目で既存のグループに吸収されるとかは悪手だろう。もっと情報を集めて、正確な判断を下すべきだ。

 そうなるとグループに所属するサバイバーよりも、ソロサバイバーの方が話を聞くには都合がいい。


 恐らく今の俺はそれなりに戦力になるとは思う。

 あくまで勘だ、今のところ基準が俺しかいないからね。

 だから、そう結果を焦る必要だってないはずだ。


 と、考えていたその時だった。


「チッ、こっち側も碌なもん残ってねぇな」


 かなり先にある店から、大きなバッグを背負った三人組の男女が現れたのだ。

 服装の汚れ、皮膚の汚れ、血がこびりついた靴……。


 うん、間違いなく……ここのサバイバーたちだな。

 ようやく普通の人間に出会えたよ。

 まあ、「やあ、こんにちわ!」とかいきなりは話かけないけど。

 そんなことしたら、絶対に彼らが手に持っているバールを顔面に向けられるに違いない。ゾンビ映画がそうだったもん。


 俺は見つかる前に建物の影に隠れ、聞き耳を立てるのだった。

 あー……うん、【盗み聞き】スキルはさすがにこの距離じゃあまだ使えないっぽいな。


 とりあえず、尾行してみよう。

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