石灰ドバドバァ
――大型ショッピングモールの入り口の駐車場にて。
「あっ、アキラさんお帰りなさい」
入り口の警備を担当していたセーラー服を着た女性が大きく手を振りながら、俺を向かい入れた。
恥ずかしく思いつつも、俺は小さく振り返す。
それと同時に、こんな俺でもこのグループで受け入れて貰えているのかもしれないと少し気持ちが緩む。
彼らは俺のやってことを知ったうえで受け入れてくれた。
もう俺にはここしかないんだ。
「どうでしたか? 今日の戦果は」
「いつも通りだ、あとはいつもみたいに分配頼むよ」
俺はそう言って、背負ってきた三つの大きなバッグを彼女に渡した。
バッグの中には、様々な物資が入っている。
隣町や森側から見つけてきたものだ。
ここにいる人では行けないような場所に赴き、物資を調達する。
その代りに、俺は自由を与えられた。この自由は絶対に無駄にしない。
あいつを倒すために、俺は全力を注ぐのみだ。
「はい、任せてください!」
見様見真似であろう、拙い敬礼をしてきた女子高生は嬉しそうに俺からバッグを受け取る。
まあ、俺から見れば拙いのであって、一般人から見ればそれなりにキレがあるように見えるのだろうか。
そこに彼女と警備をしていたもう一人の元OLの女性も俺の前に立ち、バッグを受け取ったてくれた
二人とも笑顔だ。
良かった、今日も俺はこの人たちの役に立てたようだ。
「あっ、そういえばアキラさん聞いてくださいよぉ~」
最初にバッグを受け取ってくれた……確か、徳永さんと言う名前だったはずだ。
彼女が不意にそう言ってきたのだ。
俺は踵を返そうとした体をゆっくりと戻した。
「何だ? 新しいスキルでも手に入れたのか?」
「そうなんですよぉ~。いつも通り頭の中に声が流れてきてですね……【ライン引き】って言われましたよ。信じられます!?」
明らかに落ち込む素振りを見せた徳永さん。
【ライン引き】、か。
あれのことなのか?
グラウンドとかに引く白線……そう、石灰だ。
「石灰を出す能力か?」
「その通りです。ただ石灰を出すだけ、それ以外の特徴なんて皆無ですよ皆無!」
そう言って、掌からドバドバと石灰を出し続ける徳永さん。
……本当にそれだけなんだな。
外れスキルもあるとは聞いていたが、こんな使い道のよく分からないスキルまであるんだな。
「まあ、いずれ役に立つさ」
「アキラさんまでそんなぁ~」
俺は彼女の肩を優しく叩き、今度こそ踵を返したのだった。
それじゃあ、今日も残った時間でレベル上げだ。
やつを倒すにはまだレベルが足りない。それに……戦力が足りない。
この街で奴と渡り合えるのは……恐らく俺と紫森ねむの二人だけだろう。
紫森のやつは赤司さん以外にはその強さを隠しているつもりらしいが、俺には分かる。
あいつはそれなりにレベル上げをしている人種だ。
足運びや警戒心、普段の動きを見ていれば俺には分かる。
あれほどの抜き足をできる自衛官もそうそういないだろう。
笑顔の彼女たちに「行ってくる」と小さく言い、手を振ったその時だった。
噂をすればなんとかだ。
「おー、アキラっち、ちょうどいいところに!」
紫森ねむの幼くも落ち着いた声が背後から聞こえてきたのだ。
俺はゆっくりと振り返る。
「なんだ?」
「ちょっと共有しておきたいことがあるんですよ。少しお時間良いですか?」
そう言い切る前に、紫森ねむは俺の手を引っ張り住処の中へと入って行く。
紫森はいつも強引だ。
それに自己中心的な性格をしていて、俺とは合わない。
俺とは違ってグループに馴染めないのではなく、あえて馴染まない。
その理由は分からないが、赤司さんはそれを許容している。それほどの力が紫森にはあるのだろう。
俺にも詳しくは分からない。だけど、いつも真っ先に情報を入手してくるのは決まって紫森だ。
信用していないわけではない。
紫森の持ってきた情報で命を救われたことは少なくないのだ。
だから、どんなにそりが合わなくとも紫森の言葉は聞くようにしている。
「ああ、構わない……が、そういう強引なところは直したほうがいい」
「あはははっ、そろそろ慣れてくださいよ~。とりあえず、赤司さんの部屋に行きましょう。そこなら他の人に聞かれないでしょうしね」
顔だけ振り返った紫森は満面の笑みでそう言ってきた。
ああ、厄介なパターンかもな。
紫森が満面の笑みで渡してくる情報は、決まって良くない情報だ。
俺に何とかしてくれ、という無言のアピールがビシビシと伝わってくる。
「アキラさん!」
「アキラお兄ちゃん、お帰り!」
「あー、強いお兄ちゃんだ!」
「アキラさん!」
「おー、アキラの坊主帰ってきたのか」
ここにはそれなりに多くの人が住んでいる。確か俺が最後赤司さんから聞いた時で、老若男女含め計三十七人はいたはずだ。
ただ、今はもう少し増えているな。
数日、ここを離れていたが見ない顔が増えている。
「アキラって、赤司さんが言っていたここ最強の人だったよね?」
「あれが、アキラさん?」
「アキラさんって元自衛官の人なの?」
「本当だ、迷彩服着てるね」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
「アキラっち、またくせ毛クルクルしてるよ?」
「あ、ああ……すまない」
考え事をしているとき、恥ずかしいと思っているとき、無意識で俺は髪の毛をくるくるしてしまう癖がある。
その行動が端から見れば、結構怪しいらしい。
目つきも心なしか鋭くなっているらしいのだ。
「いんや、私はそれ可愛いと思うけどねぇー」
ふふふと笑いかけてくる紫森。
そして、そのまま彼女はノックもせずに赤司さんの部屋へと入って行く。
「失礼しますよー、赤司さん」
部屋の中には、地図と睨めっこしていたリーダーの姿があった。
突然の訪問に驚き、呆れている様子だ。
「ああ、ねむか。それとアキラもお帰り」
「はい」
赤司さんに差し出された手を、俺は力強く握り返した。
「それでどうしたんだ? 二人そろってなんて、珍しいな」
赤司さんが紫森に疑問をぶつける。
俺も同じように、空いている椅子に腰を掛けた紫森に視線を向けた。
赤司さんは気が付いていた。
俺をここに呼んだのは紫森だと、そしてここに来たということは……他の人には口外したくない情報を話すのだろうということを。
「ホームセンター組みの動きが最近活発になってきているんだよ。というか、レベル上げに奔走しているの。それで……明後日、『白猿』討伐に向かうみたい」
「なッ!?」
赤司さんが驚きの表情を浮かべ、思わず椅子から腰を上げた。
そして、同じく――。
「それは本当なのか? あいつらにはまだ早い……」
俺は怒りを隠さずに、声に出していた。
そう、やつらは勘違いしている。
『白猿』はまだ、俺以外と戦うときには本気を出していないということに気が付いていないだけなんだ。
くそッ、明後日だと?
あいつらが動けば……この街は荒れるぞ。
「まあ、私もこれをただ見ているわけにもいかないので……助っ人を呼びたいと思います」
「助っ人だと? 『白猿』と対等に戦える奴なんて、この街には……まさか?」
「うん、アキラっちのまさかで合ってると思うよ。今、この街に外部の強力な『カード持ち』が来てる。恐らく…‥アキラっちと同等か、それ以上かな? 私の見立てだとね」
そうか、それなら!
もしかするかもしれない。
ただ、最善の結果はあいつらに『白猿』討伐を諦めさせること。
「だったら、俺はあいつらと話をしてくる。赤司さんも一緒に来てくれ」
「もちろんだ、あいつらはバカな奴らだし、私たちとも行動理念が合わないが……若者の死は見過ごせないな」
「んじゃ、私は助っ人交渉役だね」
タイムリミットは明後日。
それまでにはこの状況をどうにかしなくては……。
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