温くてもゴクゴク飲めるランキング



 突然、謎の女性の声が脳内に鳴り響いた。


 えっと、なになに?

 ジョブシステムにスキルシステムって言ったか?

 まじで意味わからん。

 いや、本当に意味が分からないわけではない。熱中するほどのゲーマーというわけではないが、その言葉の意味することは分かるぞ。


 ジョブシステムは、キャラに職業というオプションを付加して遊びに幅を持たせる要素。

 スキルシステムも広義に言えば同じような要素だ。ゲームが面白くなる大きな要因のことだ。

 うん、そんなのは分かりきっている。


 けど、そういうことじゃない。


 ライフの記憶……というか世界には、こんなアナウンス制度もジョブシステムも、スキルシステムもなかった。

 ステータスカードで自分の強さを確認できる要素は、確かにあった。


 しかし、世界の法則が違うのか?


「ああ! こんなに考えても分からん!」


 俺は先ほど手に入れたステータスカードくんをポケットから取り出す。


 ――――――――――

 名前:逢坂氷一郎

 レベル:――

 職業:【新規職業が取得可能です】

 スキル:【新規スキルが取得可能です】

 状態:人間(正常)

 称号:【◆の◆◆】◆◆◆/【◆・◆◆】

 ――――――――――


 変わっていた。

 さっき見たときよりも、明らかに表示が変わっていた。

 もっと正確に言うと、職業欄には【新規職業が取得可能です】という文字が追加されている、スキル欄も似たような変化だ。

 他は……変わっていないな。


「う~ん……」


 考えたくはない、考えたくはないけど……。

 そういう世界になってしまったのかもしれない。

 そういう世界ってのはあれだ、web小説やラノベで何度か読んだことのある世界観。


 地球という世界に、ファンタジー的な要素が加わったやつのことだ。


 とりあえず、こんなところで情報もなしに考えていても埒が明かない。

 そろそろ腰を落ち着かせたいところではある。


「一度、崖上に上るべきか……」


 と、その前にだ。


 とりあえずここにあった氷壁を溶かし、証拠は隠滅したから良いだろう。

 ガードレールは…‥どうしようか。直せるかな?

 いや、ライフの記憶にも物を復元するような能力はなかったか。事象をなかったことにする能力はあるけど……。

 まあ、それよりも一度ここでも集められる情報が先決かな。


 俺は再びスマホを取り出し、ロック画面を解除した……したのだが。


「あれ、電波がない……山の中だからか?」


 いや、バイクで走っている時は正常にマップ機能が作動していた覚えがある。

 転んだときはさすがに確認していないが、事故る数十秒前に確認したときには確かに電波が通っていたはずだ。

 ということは……。


「あはははっ、まさか…‥そんな…‥まさかだよね?」


 段々と顔色が青くなっていくのが自分でも分かる。

 いや、考え過ぎだ、氷一郎。ちゃんと、落ち着いて冷静になれ。


 そうだ、ただの映画の見過ぎだ。

 ゾンビ一体いたからって世界がたかが数日で……数日?

 いやいや、俺って二週間近く寝ていたかもしれないんだ。

 数日じゃなくて……十四日もあれば、十分可能性はある。


「あー!! こんな何もない場所でうだうだ考えていても埒が明かない!!」


 堂々巡りに陥っていた自分の頭を吹っ切るために、俺は叫んだ。

 そして、ハーミちゃんの下に歩みより。


 ここでもまた、ライフの記憶という名の能力を借りる。


 ただこれは能力とか、そういう大層な物ではない。

 普通に氷を操るだけの能力。

 攻撃力もなければ、超絶硬い防御できるほどのものでもない。

 足元に氷を出現させるだけの能力。もちろんデメリットも多いが立体的な移動ができる。


 地面に両手を置き、「崖上に登りたい」と強く念じてみる。


 すると、


「おぉ、これが!?」


 足元から太く大きな氷柱が出現し、俺を崖上へと乗せてくれたのだ。

 ハーミを押しながら氷の上を降り、道路に足を付けた。

 その途端、氷が即座に蒸発し、風に乗って消えていくのを見届けた。


 何というか……感動だ。

 社畜道まっしぐらだった俺が、今や氷を自由自在に操る魔法使いだ。

 いや、正確には魔法ではないんだけどさ。

 それでも心がワクワクして、楽しくなってきた。


 ハーミに跨りながら、周囲をグルっと見回してみる。


「うーん…‥これといって」


 見渡す限り、木、木、木、木、たまにゾンビ!

 そして、一匹だけスケルトンみたいな骨が歩いている!!


 うん。

 なんか歩いていた。


「てか、ゾンビ多っ!?」


 俺は確信してしまった。


 ああ、くそったれな世界へようこそってか。

 ふざけんな。


 今の声に反応したのか、ゾンビたちが一斉に俺の方に視線を向けてきた。

 そして、こちらに体の向きを変え始める。


「嘘っ!? これ、噛まれたらゾンビパターンなの!? それとも大丈夫なパターン!? どっち!? どっちなの!?」


 そう叫びながらも、俺はすぐにエンジンをかける。

 が、手が震えているのか、上手くエンジンを起動できない。


 落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ。

 こういう時こそ焦るな。冷静にどう行動すればいいのかを考えるんだ。


 一番近いゾンビで、距離が十五メートルほど。


 そうだな。

 一度、この辺りを静かにしよう。

 グワァ、グワァ、煩いんだよ。それにキモいから近づいてくんな。


「万能氷ちゃん、五個くらい出てきて」


 五個の氷球が出現し、グルグルと掌の上をメリーゴーランドのように回っている。

 よし、思った通り出たぞ。

 大丈夫、ライフの記憶があればこんな状況イージーモードだ。


 氷球の全てを胸あたりの高さに配置し、俺の体を中心に周囲をグルグルと動かし、回し始める。


 イメージはコマ遊びの独楽こまだ。俺を軸と考えろ。

 最初はゆっくりで良い、段々と速く……速く…‥もっと速く…‥そうだ!

 いいぞー、その調子だ氷一郎。君ならできる。


「できた!」


 俺を中心に完成された万能氷ちゃんがグルグルと周回する壁。というよりも、目にも止まらぬ速さの超高速メリーゴーランドって感じだな。

 その高速移動により、少しでも触れたら対象は粉々に崩れ落ち、吹き飛ぶはずだ。


「よし、試してみよう」


 威力を確認するために、俺は一番近くのゾンビに敢えて近づいてみた。


 彼がどんな生前を送っていたのか何となくだけど分かる。

 首元がはだけたスーツを纏っているゾンビ……俺となんら変わりのない一社畜だったんだよな、あんたも。

 一体、何があったんだよ。頼むから、誰か教えてくれ。


 てか、さっきのゾンビは裸だったな。

 何をしていたのだろうか……。


「グァィゥァッ!!」


 獲物があっちからやってきた。

 俺を喰いたいのか、襲いたいのか目的は分からないが人を襲う習性は持っているようだ。


「どこの誰かは知らないが……とりあえず、検証の生贄になってくれ」


 俺は少しだけ、氷球の軌道円を広げる。


 そして――。


「グォ…………」


 一瞬で砕けた。

 まるでそこには何もいなかったかのように粉々に砕け、空気に溶け込んでいくように消えていったのだ。


 ありがとうな、どことも知らぬおっさん。

 あんたの命は無駄にしないよ。


「グィゥッ!!」


 次に近くにいたゾンビが近寄ってきた。

 女子高生だ。

 セーラー服がそうだと物語っている。ただ彼女が可愛かったのかすら、今となっては分からない。

 それほどまでに原形を留めてはいなかったのだ。


「よし、次の検証だ」


 ゆっくりと氷球の輪を広げていく。


 試すのはどこまでこの輪を広げても、今の俺に扱うことができるのかだ。

 ライフはこの技術を数キロ単位で使用していた。

 いや、まじで今考えれば前世の俺バケモンすぎだろ。

 無理、無理、どう考えたって今の俺には無理だった。


 結果、俺が上手く扱えたのは半径約二十メートルほど。

 数キロとか、どこの化け物だよまったく。


 前世の俺だよ。


 ただ、半径十五メートルでも効力は抜群だった。

 今の検証で、女子高生ゾンビを含めた三匹のゾンビを消滅させることに成功した。


「よーし、これなら目の前にゾンビがいようとも無視してバイクに乗れるな!」


 基本、この攻撃は俺を中心に移動しようしたらついて来る仕組みだ。

 バイクだって楽々に乗れるだろう。


 近場にいたゾンビは消滅させたので、俺の心には少しだけ余裕が出来ていたのだった。


 すぐにバイクに跨り直し、エンジンを起動する。

 今度は手が震えることもなく、ちゃんと掛けることができた。


 ちなみにこの万能氷ちゃんを操作するにあたって、特に魔力とかそういうのはいらない。

 というか、そこが【氷の魔女】と呼ばれた所以でもある。

 だから、この氷球をぐるぐる回すやつ……長いわ。

 これで良いよ「万氷球独楽ぐるぐるゴマ」と名付けよう。


 要するにだ、この万氷球独楽は永久機関ってわけ。

 無限に使うことのできる防衛術だ。

 まじ、最高。


 ゾンビパニックな世界なのに、ゾンビを恐れることのない日々。

 まあ、そういうタイプの登場人物だってたまにはいてもいいよね?


 そう考えながら――。


「ハーミちゃん、発進ッ!! 目指せ……えっと、えっと? とりあえず、行こう!」


 俺は適当にバイクを走らせた。

 万氷球独楽を周囲十五メートルと五メートルの地点に二重で設定し、モンスターたちを踏み倒し、粉々にしながら、ただひたすら山を降りるために進むのだった。


 最初は結構怖かった。

 だって、ゾンビが自分からバイクに向かって進路を塞ぐように向かってくるんだよ。

 そこに自分からわざと突っ込んでいくとか、肝が冷える。

 小心者な俺は毎度冷や冷やしているよ。


 でも、そこはライフの能力を信頼しているからこそ、少しずつだが心が適応していくのがわかる。


 たぶん、元の俺だったらこんなにも早く心は適応しない。

 ライフの記憶が混ざったからこそ、適応が早くなったんだと思う。


 でも、そのことを恐いと思うことは今のところない。

 小説とだと「自分なのに自分じゃないみたいで怖い」とか言い出すのだろうが、俺にはそんな考え微塵もない。

 ライフは自分であると受け入れているタイプ。

 むしろウェルカムしてる。

 その記憶があるからこそ、こんな世界になっても平常心でいられるのだ。

 感謝しか今は思い浮かばない。


「あっ、自販機見っけ」


 ゾンビやたまに見かけるスケルトンを粉々にし続け進むこと五分ほどだった。

 電気の付いていない自販機を見つけた。


 俺はすぐ側にバイクを停止させる。


「よっと、ちょうど飲み物なくて困ってたんだよね。ラッキー」


 ついでにその隣にベンチも見つけた。

 端っこの方には血がべったりとついているが、見なかったことにしよう。


 と、その前に。


 自販機だけは壊さないように慎重に、万氷球独楽の輪を広げていき、近くのゾンビやスケルトンを殲滅しておく。


「こんなところかな」


 ゆっくりと輪を十メートルほどまで縮め、俺は自販機の前に立った。


 ……ここにも血がべったり。


 ベンチといい、自販機といい、絶対にここで壮絶ななにかがあったに違いない。映画だと絶対にそんな展開だ。

 ただ、ゾンビパニックとは少し違うような気がするんだよな。

 ゾンビ以外にもスケルトンがいた。

 それは新しい要素というか、別物の要素のような気がするのだ。

 そう、モンスターと一言で括ったほうが良さそうな違和感。


「ま、今はいっか」


 気を取り直して、この自販機をどうするべきかを考える。

 電気がついていないということは、お金を入れたところでもちろん飲み物が出てくるわけがない。


 ということで、とりあえず蹴って見た。

 足裏で思いっきり。

 いや、強盗とかじゃないから。仕方ない時ってあると思うよ。


 ゴトンッ。


「あっ、何か出てきた」


 すぐに取り出してみる。

 おぉ、ラッキー、ちょうど飲みたかったやつだ。

 コーラだ。ちょうど炭酸が飲みたかったんだよ。


 プシュッと蓋を開け、勢いよく飲み込む。


「プハァッ! 温い!!」


 炭酸はまだ抜けていなかったけど、非常に温かった。まずいコーラだ、飲めたもんじゃない。

 もう一度自販機を蹴ってみた。


 ゴトンッ。


 次はお茶が出てきた。

 全然悪くない、むしろ温くても美味しく飲めるランキングがあれば上位にくる物だろう。


 俺はベンチに座り、お茶をゴクゴクと飲み始めた。


 なぜ二週間も飲み食いせずに無事なのかはさっぱり分からないけど、喉は乾いていた。

 それに明らかに体のエネルギーが足りていない感もあった。

 多少のダルさ、と表現すれば分かりやすいだろう。


 ただ、お茶を飲んだだけで一気に体に力が漲ってきた。


「おーし、それじゃあ……」


 ポケットからステータスカードくんを取り出す。

 そして――。


「職業とスキル決めちゃいますか」


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