ファーストキルを確認しました
これは……。
虫? いや、動物なのか?
それ以前に生き物なのか?
でも飛んでいるということは、意志か本能は持っているんだろう。たぶん。
ジッと、それを観察していてもその飛ぶカードからは害意のようなものは全く感じなかった。
少なくとも攻撃的な蜂や熊などとは性質が違うみたいだ。
それなら助かる。もう少しだけ様子を見てみよう。
もしかしたら新種発見の可能性だってあるぞ。もし新種だったら、学名に「ヒョウイチロ」って付けてやるんだ。
うんうん、夢が膨らむ~。
「おいで~、おいで~、ヒョウイチロ」
優しく招くような声で語りかけてみた。
すると、パタパタと下手くそな飛び方でゆっくりとだが近づいてきたのだ。
言葉が通じている……のかもしれない。いや、さすがにそれはないか。
猫だって犬だって言葉は分からなくとも、何となくだが意思疎通できているんだから。
手の届く範囲にそれが来たところで、ツンと指で突っついてみた。
パタ、パタ、パタ、パタ……。
結構、硬かった。
紙製のカードというよりも、鉄製のカードに近い感触だった。カードの厚さも厚紙ほどしかない。
それに翼が生えてるって、やっぱり変だよなあ。
「よし」
捕まえてみることにした。
俺の周りを下手くそな飛び方でぐるぐると回るそれを、右手でパシッと勢いよく掴んでみる。
ヒラリ。
躱された。
さっきまでの下手くそな飛び方のまま、華麗に手の中から抜けられたのだ。
ぐぬぬぬ、諦めてたまるか。
お前には「ヒョウイチロ」という名前を付けてやるんだからな。
大人しく捕まっとけ。
もう一度、次は本気でパシッとそれを掴んで……掴めない!?
「なんだ!? こいつ」
自棄になった俺は、それはもう全力でヒョウイチロとの追いかけっこを始めた。
いや、これがマジで捕まらんのよ。
突っつくとか、叩き落とすとかの行動には反応しやがらないのに、捕まえるという行動に関してだけは異常な速さで反応して回避するんだよ。
虫網さえあれば、秒で捕まえられた。そう、道具さえあればだ。
でも、今は生憎素手しか……ん?
「あ、そっか。うん、それでいいや」
全然、今の俺は素手じゃなかった。
何といったって前世のライフの記憶があるんだ。
これで「素手なんで捕まえられませんでした」とか言ったら【氷の魔女】にドヤされそうだ。
ライフの記憶にあった氷の操作技術の一つ、『ゼロエリア』。
おおよそ半径十メートルの範囲に入った「敵」を行動不能にさせる技。威力を変化させれば、即死まで対応可能というぶっ壊れ能力だ。
敵の定義は、術者がそれを一度でも敵と判断したかどうか。
敵と判別されていない物や生物に対しては、この能力は一切適用されないのだ。
まあ、使い方次第ってやつだな。
ライフの場合は、ほぼずっと発動した状態で生活していたみたいだ。
そんなことが出来れば、「無敵城塞」と言われてもおかしくはないだろう。
実際、前世ではそういう異名もあったわけでありまして……。
前世と言っても、遥か昔の俺がそんなことを言われていたなんて少し恥ずかしいな。
少し頬の辺りが熱くなっている中。
早速、俺はゼロエリアの威力を行動不能程度に絞り、発動してみた。
掛け声とかはなんでもいいらしいから……。
「ていやっ!!」
本当に適当に勢いのまま言ってみた。
その一瞬で、ヒョウイチロの動きが明らかに鈍り、いとも簡単に捕まえることに成功したのだった。
「おぉ!? これが悪魔と呼ばれたライフの力なのか!」
ただし、超寒い。
ゼロエリアは、どうやら今の俺には「寒さ」という反動があるようだ。
行動不能の威力に絞った場合は、北海道の真冬の寒さの中、全裸で全力疾走しているような寒さだ。うん、自分で言っておいて何ともセンスのない例えだな。
まあ、これなら十分我慢できる範疇だ。
ライフの体はたぶん冷気を感じない体質だっただろうから、こんなことを考えていたとも思えない。
これはあくまで氷一郎の体で再現した場合の我慢できる範疇、という意味だ。
この手に掴んだヒョウイチロを観察しようと、顔に近づけ、まじまじと確認してみることにした。
ジーッと翼を睨みつけていた、その時だった。
チリチリ、と指先から火花が散り始めたのだ。
「あっち、あっち、あっち……くない?」
その火は指先を中心に、ヒョウイチロ全体へと燃え広がっていく。
思わず「熱い」と言ってしまったが、よくよく冷静になってみるとこれぽっちも熱くはなかった。
いや、それはそれで変なんだけど、不思議と熱くはないんだよね。
あれだ、反射的に熱いものを触って「熱い」と言ってしまう、反射行動だ。
ジリジリと燃え広がっていくヒョウイチロの羽を、見つめていると。
「ん? 何か文字が浮かび上がってきたぞ」
文字、それも英語やドイツ語などではなく、はっきりとした日本語。
さらに言うと、あれだ。
文章とかではなく、もっとシステマチックでゲーム的な……。
――――――――――
名前:逢坂氷一郎
レベル:――
職業:――
スキル:――
状態:人間(正常)
称号:【◆の◆◆】◆◆◆/【◆・◆◆】
――――――――――
そう、ステータスだ。
普通ならこんなにすんなりと納得もしないだろうし、ステータスだわーいともならない。
だけど、今の俺にはそう驚くものでもなかった。
「ライフの世界とは……少し違うな。初見の項目もあるようだしな」
超文字化けしてるけど。
これを正常な人間と書き記すステータスくんに物申したい。
これのどこが正常なんだよ!?
二項目がバグってるって……それは正常とは言わない。
「ただ、なんでこの世界にもステータスがあるんだ?」
別に驚きはしないが、この世界にあるということに関しては違和感を拭えないでいた。
ライフの記憶はあくまで異世界の記憶。
それもファンタジー要素強めな、よくある異世界もの的な世界だ。
しかし、ここは魔法やスキルもない、科学が世界を支配する全く異なった世界。
普通の人間は空も飛べないし、氷だって操れない。電気で生活を豊かにし、銃で簡単に人を殺せる文化的な世界だ。
ステータス……氷の魔女……。
やっぱり分からない。
俺が事故を起こしたからって、世界が変わるわけ……変わるわけ!?
そこで俺は驚愕な生き物を目にした。
「グハァァァァ……ガハウァウァ」
少し遠くの木の影から映画やテレビでしか見たことのない、有名なあの姿をした生き物が現れたのだ。
いや、これは生き物と呼んでいいのだろうか。
だって、それはもう――死んでいるのだから――。
「ゾ……ゾンビ!?」
死してなお、目的もなく彷徨い歩く肉体を持つ死体。
腐臭を放ち、体のあちこちから蛆虫やハエが溢れているその姿は……正直、無理だ。
生理的に無理とか、そういう次元の話じゃない。
「キ、キモッ」
だが、なぜか俺は吐かなかった。
二週間も何も食べていなかったので、吐くものがなかったのだろうか。
それにしては嗚咽すら生じなかったのは変だ。
あ、そうか。
これもライフの影響なのか?
影響と言っても、ライフの影響とはそれほど大きなものではない。
あくまで逢坂氷一郎という人間に、アイエリス=ライフという記憶のごく一部が加わっただけ。
性格や言動までが極端に変わるわけではない……と思う。
だけど、今まさに実物のゾンビを目の前にしても俺は平気だった。
「まさか…‥いや、そのまさかなのか?」
影響は大きくなくとも、多少の影響は受けている?
だから、この現象を目の当たりにしても平気なのだろうか。
分からない。
そうだ、今はまだ分からなくていい。
この記憶だって発現したばかりだ、もっと長い時間をかけて付き合っていけばいいんだ。
とりあえず、今はこの目の前の状況をどうにかしなくては。
まだ距離は二十メートル近く離れている。
幸い、ゾンビの進行速度は早くない。
大丈夫、アニメや映画でよくある身体能力化け物みたいなスーパーゾンビではないのだ。
どちらかというと、古き良きゾンビだ。
そうなると……。
「頭が弱点だよなぁ、普通は」
よくあるのは銃で頭ドカンと一発。
スコップやバールで頭を何度も殴り潰したりとか、鉈で首ちょんぱしたりとか……あれ、意外とゾンビって弱点多いな。
ただ「平気」と言っても、さすがに間接的にでも触りたいとは思わない。
だって、空洞の眼孔から蛆虫がうようよ湧いてるんだぜ?
絶対に強い衝撃を与えたら、死体の穴という穴から蛆虫が飛び散るに違いない。
そんなの絶対に無理、無理、無理、ムリィ!!
あははははっ……やっぱ無理。
こりゃ、当分肉食えなさそうだなぁ。
とりあえず、今はライフの力を借りよう。
未知の能力を扱うってのは少し怖いけど、今はそうするしかない。
都合よく、今判明しているライフの能力のほとんどは中距離又は遠距離攻撃だ。
今の状況には、最も適している。
まあ、使うのは……これだよな。
『万氷球・オール』
野球ボール大の氷の塊を出現させ、自由自在に操る能力だ。
最も、こいつのことをライフは「
まあ、その表現はあながち間違っていない。
何せ、本当にこの能力は万能なのだから。
「万能氷ちゃん」
その言葉を呟くと、掌の数センチ上を浮遊するように卓球ボールほどの小さな氷が出現した。
あれ……ライフの記憶よりも、少し小さいな。
そうか、俺はまだ慣れていないんだ。
ライフは長年の研究と訓練によって、大きさを野球ボール大まで押し上げていた。
たぶん、まだ俺の体に適用されていないんだな。
まあ、いいや。
効果はたぶん同じだろう。
野球とかはそこまで得意ではないが、ピッチャーが投げるみたいなフォームを真似して万能氷ちゃんを投げ…………る必要はないみたいだ。
本当にこれは凄い。
思いのまま、意志のままに万能氷ちゃんは浮遊しながらゾンビへと向かっていった。
ただ、真っすぐは飛ばない、多少ふらつく。
これもまだ慣れていないのだろう。
ライフはもっと速かった、常人が目で追えないほどの速さで氷を操作し、たったの一秒で部隊を殲滅させるほどの技術を使っていた。
あれ?
さっきまでこんな記憶はなかったよな?
今、思い出したのか?
前世の記憶、か。
……だいぶ不安定なようだな。
そんなことを考えている間にも、確実にゾンビへと万能氷ちゃんが近づいて行く。
「グィゥァゥ……?」
そのゾンビには思考が備わっているのか、ふわふわと近づいてきた氷に興味を示すように指で触れた。
その瞬間――。
「グァッ!?」
指先から広がるように刹那の時間で体全体が凍り付いたのだ。
それと同時に、ゾンビの頭上にヒラヒラと木の葉が落ちてくる。
ピタッとゾンビの頭に木の葉が触れた、その瞬間だった。
凍り付いたゾンビの体に亀裂が奔る。
そして、崩れ落ちるようにソンビは粉々に砕け散っていったのだった。
「うわぁお」
ただ指先を氷に触れただけ。
木の葉程度のほんの僅かな振動。
たったのそれだけで、ゾンビは跡形もなくなってしまったのだ。
そう、分かっていた。
これが俺の前世【氷の魔女】と呼ばれた、世界最強だった美女の力の一端なのである。
ただ、記憶はあくまで記憶。
本当にライフの力が今の俺に備わっているのかは、今の今まであまり自信がなかった。
でも、ようやくはっきりした。
「これが俺の前世の力……か。これはこれで悪い気分ではないな」
しかし、この世界は一体どうなってしまったのだろう。
明らかに世界の法則を無視した「力」の唐突的な発言。
そして、ゾンビという非科学的な存在が徘徊しているという事実。
これらは俺に対し、何かしらの警告をしているような気がしてならなかったのだ。
あ、もちろんステータスカードくんの存在も忘れてないよ。
「さて、これからどうするべきなのか」
そう呟いた、その時だった。
≪ファーストキルを確認しました。これよりジョブシステム、スキルシステムを解放します≫
ん!?
んんん!?
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