前世が【氷の魔女】だった俺、終末世界でもソロキャンを楽しみたい
笠鳴小雨
前世が傾国の美女ってどうなのよ?
突然だが、社会人が前世の記憶を覚えている確率って、一体何パーセントあるのだろうか。
例えばの話、世界の人口を大雑把に70億人としておこうか。
もし前世の記憶があるのが一人だけだとするならば、約0.000000014%という超低確率である。
さて、こんなバカげた計算をしている俺であるが。
どうやら落車の衝撃で、その前世の記憶というのを思い出してしまったようだ。
それに……どうにもその記憶が少し変なんだ。
前世は【氷の魔女】とか呼ばれる、異世界の魔王なんじゃないかというレベルで人類全員に恐れられている最強冷徹な女性だったらしい。
さらに、街を歩けば男共は意識朦朧になるほどの無意識下で誘惑され、商店街を歩けば欲しい物が全て無料で手に入ってしまう程の『絶世の美女』……を通り越した『傾国の美女』だったらしいのだ。
いや、普通は記憶だけでそんな事実を信じるほど俺の頭のネジは飛んでいない。
なんだけど……これが幻覚とか一時的な脳の混乱とかではないんだよね。
だってさ――。
「いや……えっ? 何この分厚い氷の壁」
落車した俺の周りを囲うように、えっらい強固な氷の壁が反り立っているんだよね。
今の季節は秋手前の夏だ。
要するに、こんな時期に山梨の山道にこんな巨大な氷が夏の暑さに耐えて生き残っているわけがないのだ。
まさかの俺の仕業以外に考えられない。
いや、普通はあり得ないんだよ?
だって、俺はゼネコンで施工管理をしているようなごく普通の社畜で一般人だ。
もちろん魔法やスキルなんて能力も、ましてや一流大学に合格できるほどの知能も持ち合わせていない。
でもさ……前世の記憶の片隅に思い当たる節があるんだよね。
これと全く同じ、氷の壁を出現させる『
「えっと、これ何ルート入ったの? 俺」
頭をクシャクシャと掻きながら、俺は嘆くように呟いた。
******************************
――時は少しだけ遡る。
新卒一年目の俺にとって、建設現場で学ぶことはまだまだ多い。
まず驚いたのは、先の尖ったスコップのことを現場では「剣スコ」と略称して呼ぶことだった。
現場初日、職人さんから「新人くん、剣スコとって!」と言われたことがあった。
まじで、最初は「この人、何の呪文唱えているんだろう」と思ったほどだ。もちろん大学時代にそんな専門用語は習わないので、後にその職人さんが丁寧に解説してくれた。
ほんと、最初に教えてくれた人が優しい人で良かった。
いっつも現場でぶっきらぼうに仕事する高内さんとかが最初だったらと思うと、今でも心臓が飛び出そうだ。
さて、毎日がそんな風に刺激だらけな俺であるが、こんな俺にも男の趣味がある。
「バイク整備良し、ガソリン満タン、グランドシート良し、テント良し、椅子良し……うん、いいや、その他たぶん全部良し! おっしゃ、久しぶりの二連休だ、ソロキャン楽しむぞー」
グッと体を伸ばしながら、俺はアパートの前で朝の新鮮な空気を沢山吸い込んだ。
今日は遠出する予定だ。
ここ大阪から自慢のバイクを飛ばすこと約五時間で、山梨の山中湖周辺にある湖畔キャンプ場へと向かう。
ここは知り合いのキャンパーさんから教えてもらった穴場スポットで、季節を間違えなければ人が少なく最高のロケーションを楽しめるらしいのだ。
昨日から楽しみで楽しみで仕方なかったんだよね。
久しぶりの休日ということもあり、そわそわしながら布団に入ったのを今でも鮮明に覚えているくらいには楽しみにしていた。
「よーし、今日は久しぶりに走るぞ!」
気合を入れ、俺は自慢のバイクに跨った。
このバイクにも中々、思い入れがあるのだ。
これを買ったのは大学二年生の頃だった。
高校生から必死にバイトで貯めた貯金を、ほぼ使い果たして一括で購入した憧れのハーミデイビッドソンのバイクなのである。
元々親父がハーミデイビッドソンのバイクに乗りながら、ツーリングキャンプする趣味を持っていた。
俺は小さい頃からその背中を見て育っていたため、必然とそんな親父の休日の過ごし方に憧れを抱いていたのだ。
それもあってか、俺の中では「ツーリング×ソロキャンプ=ハーミデイビッドソンのバイク」という方程式が成り立っていたのだ。
「ふ~、気持ちいッ!!」
バイクを走らせながら、俺は控えめにそう叫んだ。
結構盛大に雄叫びを上げるバイク乗りもいるらしいが、俺はそこまで自己表現を前面に出したい性格はしていない。
それに峠を攻めるとか、コーナリングをどうのこうのとかも正直好きじゃない。
こんなザ・バイクみたいな車種に乗ってはいるが、俺は基本安全運転でゆっくりと景色を眺めながら走行するのが好きなのだ。
こういうのも、自分の「好き」を押し付けるのではなく、それぞれの「好き」で楽しむのが一番の方法だと思っている。
そして、たまにすれ違うバイカーたち。
彼らと軽く片手で挨拶を交わすのもまた、結構好きなのだ。
ほんの一瞬。
瞬きするほどの刹那の時間ではあるが、その短い時間でそれぞれの「好き」を共有できた気持ちになる。
それが癖になるのだ。
これだからバイクは辞められない。
そんな感じで、俺は時間をかけてゆっくりと山梨の湖畔キャンプ場を目指していく。
道中、給水やトイレに行くために何度かコンビニや道の駅に立ち寄るのも、また新たな発見があり楽しみの一つだ。
中でもソフトクリームを見つけたら必ず食べるようにしている。
どこどこで食べたソフトクリームが美味しかった、と巡り合ったキャンパーたちと会話すると結構盛り上がるのだ。
特に女子バイク乗りがいれば、それはそれは盛り上がる。
ソフトクリームを食べるだけで女子と会話が弾む。
何と素晴らしい話題性なのだろうか、恐るべしスイーツの魔力。
ついに山梨の県境を超えた。
あと少しで目的地の穴場湖畔キャプ場だ。
俺はつい心がはやり、少しだけ法定速度を超えるスピードを出してしまった。
ちょっと気分が乗っていたのだ。
どれだけバイクに乗るのが好きだと言っても、五時間近くのライドでは多少疲れが出てくる。
そこに目的地という名の光が差し込むと、安全志向な俺だって少しはアクセルを強く踏んでしまうものである。
少し急なカーブに差し掛かった。
いつもよりも安全に曲がりきれないことを察し、俺は速度に合わせて車体を斜めに傾ける。
そして――。
ギュルッ、ギュルッ。
「は?」
タイヤが滑った。
いや、少し違う。
気持ちが乗っていたとしても、スリップするような速度はさすがに出していない。
これは……氷?
こんな秋手前の山梨にブラックアイスバーン!?
な、何でこんなところにそんなトラップがあるんだよ!!
そう考えていた時には、すでに遅かった。
俺の体とバイクは……ガードレールの先へと吹き飛ばされていた。
「あっ」
死んだわ、これ。
視界の端で捉えた、ガードレールの先にある崖に鬱蒼と茂る森。
この高さ、この勢いで落ちれば確実に待つのは「死」だ。
落下死、または木の枝に串刺しか……。
はははっ、俺の人生まだ二十二年目だぞ?
趣味のバイクで落下死って……まあ、それも悪くないのか。
俺はできるだけ怖くないように、痛くないように。
ゆっくり目を瞑った。
どんな死に方でもいい。
ただ殺すなら、一瞬で。
できるだけ安らかに殺してくれ。
ただ唯一、心残りがあるとするならば……。
「ああ、せめて……美女を抱きたかったなぁ」
その言葉を最後に、俺の意識は強い衝撃と共に消えていったのである。
≪◆◆◆◆の死を確認しました≫
≪予定通り、◆◆◆◆死後プログラム【世界拡張システム】の起動を始めます…………接続を確認…………新規世界ルールを構築…………完了≫
≪世界に新たなルールが適用されました≫
≪良き世界にならんことを願います≫
≪ファースト称号強制付与条件のクリア者を確認しました≫
≪逢坂氷一郎に称号:【◆◆の◆◆◆】を強制付与しました≫
≪逢坂氷一郎に称号:【◆・◆◆】を強制付与しました≫
******************************
「はッ!? 生きてる!?」
悪夢を見ていた。
中世風な世界で、恨むような目をした数え切れないほどの住人から罵声や石を飛ばされ、最後は拷問され死ぬ夢だった。
いや、正確には死ぬ寸前で目が覚めた。
ギロチンの刃が落ち、首に当たるその瞬間で夢は途絶えたのだ。
あまりの恐怖に飛び起きていた俺は、無意識に両腕を空へと掲げていた。
恐らく無意識で何かに縋りたかったのだろう。
俺は腕を地面につきながら、ゆっくりと上半身を起こし始める。少し腰が痛い気もするが、まあ我慢できる範疇だ。
そんな時だった――。
「うっ、頭がガンガンする……」
頭を鈍器で殴られたような頭痛が突然襲ってきたのだ。
別に俺自身が誰かに頭を殴られた経験もないから、正確な表現ではないと思――。
ん?
頭を鈍器で殴られたことがない?
いやいやいや、あるわよ。
何度も何度も頭に石をぶつけられ、木の棒で何度も殴られ続けたでしょう。
忘れもしない。あの裏切り者の国民どもめ、生き返ったら絶対に殺すわ。
目玉をくり抜いて、睾丸をすりつぶして、頭から串刺しにしてや――。
「は?」
誰の記憶だ?
俺にはそんな経験一度も……。
いや、ある。
いやいやいや、ちょっと待て。
一旦、落ち着くんだ俺。
そうだ、落ち着くんだ。
そこで頭痛の痛みが一段と酷くなっていく。
「うっ……」
絶対にあの国王も殺すわ。
私をあんな罠に嵌めるなんて許せない。
俺?
私?
……何で一人称が混ざってるんだ?
「は? えっ? ちょっと待って、何これ。誰の記憶だ?」
俺はブルブルと頭を振り、こめかみを何度も叩いて冷静を保とうとする。
その行動のおかげなのか、途端に頭痛が止まってくれた。
頭を押さえながらも、自分の体の状態を確認してみることにした。
視線を自分の体へと落としてみる。
「うん、この体は確実に俺のだ。間違いなく『
混乱している自分の脳に、そう言い含めるように何度も何度も口に出した。
そうだ、思い出してきたぞ。
俺はなぜか路面凍結にタイヤをとられ、崖の下に落っこちたんだ。
ん?
確かに俺は崖下に落ちたよな?
それも結構な高さがあった記憶があるぞ……。
「はははっ……まさかな」
恐る恐る、俺は上を見上げてみた。
うん、何も間違ってはないかった。
俺の記憶は正しかった。
崖の上には誰かが勢いよく突っ込んだような歪んだガードレールの跡がくっきりと残っていたのだ。
ついでに言うと、ここからの高さは目測でマンションの五、六階ほどはありそうだ。
こんな高さから落ちたら確実に死ぬ。
実際、俺はあの時「死」を覚悟していたはずだ。
そう考えを巡らせている時だった。
「うっ……また」
再び、酷い頭痛が襲ってきたのだ。
俺は頭を押さえながら、その場でのた打ち回る。
次は針で脳みそを直接突き刺されたような痛みだ。
それも一本や二本ではない、数百本の束の針を勢いよく突き刺したくらいの痛み。
傾国の美女?
氷の魔女?
私………俺が美女?
いやいや、何を言っている。
俺が美女なんて、何を意味不明なことを言っているんだ。
そこで頭痛が止まった。
頭を抱えながら、俺は再び上半身を起こす。
「……やばい、本格的に頭がおかしくなってきたか? 今、誰も何も言ってなかったぞ?」
もしかして落下の衝撃で脳が一時的に、何かを誤認させているのか。
それとも幻聴を聞いているのか。
いや、違うだろ。
もう分かっているはずだ。
事実から目を逸らすなよ。
俺は逢坂氷一郎で、前世の私の記憶が蘇った。
俺は、私で…………【氷の魔女】アイエリス=ライフだ。
「……ライフ側の記憶は少し曖昧だな」
逢坂氷一郎側の記憶はほぼ完ぺきに整っているのだが、ライフ側の記憶がかなり曖昧で靄が掛かっているような感覚だ。
一部の記憶だけが鮮明に理解できる。
ライフが異常なほど、前世の国王と国民を恨んでいるということ。
彼らに拷問され、殺されたということ。
ライフが【氷の魔女】と呼ばれるほど、その世界では魔王以上に恐れられていたということ。
そして、その氷の能力の一部の使用方法のこと。
これらの記憶だけが足し算をするよりも簡単に思い出せる。
氷の能力に関しては、今すぐに手足のように扱えるだろうということまではっきりと分かる。
この記憶について整理が出来てきたところで、どのような状況にこの身が置かれているのかを詳しく確認することにした。
まずは立ち上がり、体に異常がないかペタペタと全身を触ってみる。
「うん、問題なさそうだな。多少、腰が痛い気がするが、状況を考えれば大丈夫な範囲内だ。そうだ、こんな痛み気にするな」
腰の痛みは凝ってるとかそういう類ではなく、筋肉系の故障だと分かるような痛みだ。
とりあえず、落ち着くまでは我慢しよう。
次に周囲を確認しようと、顔を上げ視野を広げてみる。
……。
…………。
さっきまでは驚きの連続で、明らかに視野が狭まっていたのだろう。
周囲の確認よりも、ライフの記憶の確認を脳内で優先処理していたんだと思う。
そのせいもあったのだろう。
改めて感じる周囲の明らかな違和感。
なぜこんな異物が近くにあるのに、今の今まで全く気が付かなかったのか。
そう思えるほどの異物が周囲には広がっていたのだ。
「いや……えっ? 何この分厚い氷の壁」
周りを隙間なくグルリと囲む、分厚くも滑らかな氷の壁。
それが俺の身長よりも遥かに高い約五メートルを超える形で出現していたのだ。
それも明らかに俺が出したと言わんばかりに、俺の座っている地面を中心に広がり展開されている様子だ。
すぐにどんな技なのか、俺には分かってしまった。
『硬氷壁・オートタイプ』
術者が危険を感じた際に自動で発動するタイプの防御技術の一つ。
自らの意思でオン、オフが可能であり、ライフ自身が編み出したオリジナルの技術体系。
うん、どう考えてもこれを出したのは俺しかいないよな。
周りには他の人の姿すらないし。
俺は硬氷壁に片手を添えてみた。
「あれ、冷たいな」
ライフの記憶では「氷とは冷たくないものだ」となっていた。
しかし、逢坂氷一郎が触った今、氷は確かに冷たく、ずっと触っていると火傷してもおかしくないほどの冷気を放っていたのだ。
ここでライフの記憶と違う部分が生じた。
「冷気が冷たく感じないのはライフの体質であり、今の俺には適用されない……ってか、ふざけんな」
誰にというわけでもなく悪態をつきながら、俺は人一人通れるほどの穴を壁に開けようとしてみる。
意識することは簡単だ。
まだ熱く、流動的な出来立ての飴をこねくり回す感覚だ。
もちろんこれもライフの受け売り、彼女自身が想像していたのが「飴をこねくり回す」という作業だったのだ。
「うおっ、確かに飴みたいだな」
記憶の通り、先を見通せないほどの氷の壁がグニャリと意識した通りに形を変え、出口となるアーチ型の空間を作り出すことに成功したのだ。
俺は今の感覚を忘れないようにと、何度か出口の形を変形してみることにした。
「何でもありだな、こりゃ」
触っている間は冷たく感じるが、俺が思った通りにどんな形にだって変形してくれたのだ。四角、円形、ハート形、ひし形、狸型ロボットなど、本当に自由に何でもできる。
飴をこねるような意識は、今の俺にも合っているやり方のようだな。
なんとなくこの能力を確認できた俺は、ゆっくりと氷の壁の外に歩み出てみた。
そこはまあ、普通の森だった。
多少の斜度があり、草木が自由に生えている場所。
人が簡単に来られるような場所ではないのは確かだ。
不意に、俺はアレを見つけた。
「おおッ! ハーミちゃん、無事だったのか!」
ハーミちゃんとは、俺のバイク「ハーミデイビッドソン」の愛称である。
人前でこれを言うのは恥ずかしいが、一人の時は遠慮なくこの名前で自慢のバイクを呼んだりする。
これこそ、愛である。
少しだけ馴染みのある物を見て安心できて来た気がする。
さすがは愛しのハーミちゃん。
「いや、これは果たして無事と言えるのだろうか?」
氷壁空間を出口から出て、すぐ左側に三歩ほど行った場所。
そこの氷壁にバイクの後輪側が半分ほど埋まる形で、特に壊れた様子もなくあったのだ。
うん、これは無事と言っても差し支えはないだろう。
どう考えても、あの落下状況でバイクがバラバラにもならず、凹むこともなく、パンクすることもなく健在だということは、絶対にそうだ。
すぐにバイクが埋まっている氷壁に手を当て、ハーミちゃんを救出したのだった。
そして、すぐにエンジンをかけてみる。
一応、確認だ。
ドルン、ドルン、ドルン、ドドドドドドドドドドッ――。
思わず泣きかけたよ。
ハーミデイビッドソン特有の不均一で心地の良い音は、こいつが無事だということを雄弁に語っていた。
――私はまだまだ現役ですよ。
ハーミがそう語りかけてきているような気がする。
そう、実はハーミは女性なのだ。もちろん俺の脳内設定である。
「しかし、これはどう脱出したらいいのやら……」
俺は反り立つ硬氷壁を片手で溶かしながら、崖の上を見上げていた。
氷壁は崩したほうがいい。
誰がどんな拍子に、この崖底を見るかも分からない。
そうなった時、季節や場所的に明らかに不自然な氷の氷壁なんてあったら、俺はなんて説明すればいいのか分からない。警察とか来たら万事休すだ。
崖の上……ね。
この状況、今の俺には事故なんてなかったことにできる方法があるのも確かだ。
俺自身は無傷で、バイクにもそれといった不備は見当たらない。それにこの崖上にだって、【氷の魔女】ライフの力を使えば、何ということもなく上がることができるはずだ。
まあ、その前にスマホだな。
どれだけ時間が経ったのかは分からないが、俺は確かに意識を失っていた空白の時間があるだろう。
数秒か、数十秒か、はたまた数時間か。
それを確認しないことには、何も始まらな……。
「ん? どういうことだ? 日付がおかしい」
スマホのロック画面に表示されていた日付は、キャンプに出発した日付よりも二週間も先の数字を映していたのだった。
何度目を擦って、見直してみてもその数字が変わる気配はない。
ドバッ、と冷や汗が体中から噴き出たかもしれない。
いや、すっごい汗の量だ。
その理由はもちろん……。
「む、む、無断欠席!?」
新入社員が会社を二週間近く無断欠席なんて、例えどんなことがあろうともクビが跳ねること間違いないだろう。物理的にではない、社会的にだ。
終わった。
俺の社会人生活はたった今終了を迎えましたよ。
……ん?
いやいや、一旦落ち着いて考え直せ。
一つ、違和感があるぞ。
「これはスマホの日付機能がバグっているのではないのか?」
俺の持つこの古いスマホの機種では、例え一度も使用していなくとも二週間なんてバッテリーが持つはずがない。
そうだ、俺のスマホはそんなに優秀じゃない!!
ごめんよ、俺のスマホ。だけど、君はどんだけ持っても二日くらいだろう?
二重チェックは重要だ。
社会人たるもの、二度確認するものなのだ。
俺の腕時計には、日付を表示する機能がある。
それを確認してみると……。
「おぅ」
膝から崩れ落ちる俺。
その理由はもちろん、日付がスマホと全く同じだからだ。あと加えると時間も全く一緒だよ。
まじでもう一度就活するとか、勘弁してほしい。
そう現実逃避したくなった、その瞬間だった。
パタ、パタ、パタ、パタ。
耳元で聞きなれない音が聞こえてきたのだ。
何かが飛んでいるような音。
蚊やハエみたいな羽音でもなく、蝶々のように音の聞こえないふわふわ音でもない。
確かに聞こる、小さな翼をはためかせるメルヘンチックな音。
ふと、顔を上げてみた俺。
思わず、その泣きそうになっていた瞳を大きく見開くことになったのだった。
「おぉ!? 何だよ、これ」
こ、これはなんと表現すればいいのやら……。
強いていうならば、こうか。
「翼の生えた、カード?」
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