4-11.失態

「とんでもない失態ぞ、我が息子よ。幽霊船の船員らを王都まで連れ込んだとな……?」


 血相を変え、御前に馳せ参じた王子に、ジャルバット王は妙に明瞭な声色で言った。

 まずいことに、いまはまだ午前中である。


「お、おそれながら、幽霊ではなく、生身の人間たちであることは確実でございます。しかしながら、その正体につきましては父上の裁断を頂きたく……なにせあの、サンガラ王国のセイミ・シャオと名乗りし者が船長として率いてきた船でして……」

 もはやこの状況でシャオを亡き者にしたところで加点になるか疑わしく思いつつも、ミケランはおそるおそる手土産を披露した。

「セイミ・シャオ? どのシャオじゃ、あそこは似たような名前ばかりつけおるからの」

「そこまでは、まだ……何せ国璽も、従者すらも連れておりませんでした。唯一腰に風変わりな刀を差していました。でもその細工はサンガラ風ではありません、妖しく黒光りのする鞘に、巻貝の透かし彫りのある鍔が目を引く……」

「黒光り? 貝の透かし彫り? それならば知っておる、ミアンゴの天司(てんのつかさ)の護り刀で、外つ国でただ一国、サンガラの王族にのみ授与したものじゃ。何十年も前の話じゃが、サンガラ王はとても自慢にしておった。確か世継ぎの王子をミアンゴに親善留学生としてやった時以外、門外不出だったと思ったがな……」


 永劫の闇神がめぐらせる紗の向こうで国王は低く嗤い出す。


「あの刀を持つか持たぬか、選ぶことは出来ぬと聞いておる。なぜなら刀が持ち主を選ぶからだ。それ以上物語ることは何もあるまい。その者まさに、最後のセイミ・シャオじゃ。後まで東玻帝国本土を震え上がらせた抗戦隊の首領も暗鬼となったシャオだったと噂されておった……とにかく、シャオならば、国賓として丁重にもてなさねばならぬ。早速芙蓉宮まで御足労ねがう使者をたてようぞ」


 面通しをするまでもなく結論づけた王にミケランは思惑を外される。

 それでもどうにか体裁だけは保とうと唇を湿らせたその時……


「それよりも陛下、問題は、シャオ王子の船がどういうわけか南から参ったということの方かと存じます。前代未聞であるばかりか、凶兆でございますれば……」

 玉座の下段にぴったりと張り付いているランダが、這い寄るような調子で言い出した。


「おそらく王子が連れている乗組員たちこそ並みの人間ではありません。黒い肌のタルタデス人まで居たとか……彼らは普段魔物を狩り、それを王に献上し、王はそれを食し竜に化身するとも……東方大王(オリエンタ)のように。まさか、シャオ王子は陛下のお膝元たるマンドラで、タルタデス人を使って何かしようというのでは……?!」

「……ぬう。なれば、シャオ以外の船員は別室での饗宴でもてなしたのち朝までには全て処刑じゃ。死因は……」

「ここは穏便に、食中毒……でよろしかろうと」


 深々とお辞儀をしそう進言するランダの姿はもはや地獄の官吏めいている。


「お、お待ちください、王子と共に荒波を超えてきた来島者を、さしたる理由もなく殺すというのですか?!」

 シャオにはきっと、自らが殺されるよりも非道な仕打ちだ。


「ミケラン王子、シャオ王子のことはともかく、随分とその者たちの肩を持ちますね」

 ランダの目がミケランを正面から捕らえた。

「大体妙ではありませんか? マーカリアからシュリガの娘が“帰ってきた”のとほぼ同じ時に”偶然”、南から船がやってくる。貴方がそれを迎えに出ている間に”なぜか”、シュリガの娘と大神女が消える……」

「せがれよ、そちはわかっておらんようじゃな、この国の現状というものを。過去の過ちは水に流し、マーカリア共和国とよりを戻そうという父の苦心をフイにしおって」

「そ、そんな?! わたくしはいつもマンドラのことだけを考えております! それに父上、父上こそマーカリアの死神は憎たらしい、目を抉りたいと常日頃から……!」

「憎たらしい、でこの世の中が済むと思うて、か! 十七にもなってなんとも幼稚よの。いかに忌々しくともあやつの目を抉れぬことくらい余とて承知。だから他のもので我慢をしておるこの父の心痛をもわからでか。ランダに聴いたぞよ、シュリガの娘に懸想するあまり、屍穴の間に連れ込んでむりやり手籠めにしようとしていた、と……」


 開いた口が塞がらない。

 ランダの憎たらしい顔がぐらぐらゆらぐ。

 いや違う、めまいを起こしているのは、自分だ。


「お若いのも結構ですが、ちと“早すぎ”ましたな。ましてや異腹とは申せまだ蕾のように若い実の妹君でもあらせられるのに……それとも、もしやご自身を初代王シュリガルになぞらえ、聖婚の儀でも執り行うおつもりだったので?」

 ランダが憫笑を浮かべた毒蛇のような声色で言い放つや、黒い紗の向こうで父王の気配がいっそう冷え込んだ。

「は……? ち、違います! 何から何まで違います、なぞらえてなどいるものですか! 父上、このランダこそ世継ぎたる私に対し無礼千万、嘘を申しています!」

「嘘! ランダが申すには娘は母親によく似た、十三とは思えぬほどの上玉だったというではないか。そちはなぜこの父に嘘を申した?!」

「そ、それは……それは……」

「確かにその娘はいずれそなたの妻にもなりえたかも知れぬ。だが父が”吟味“してからじゃ、何事もな。美しさのあまり自らを御せず、王と大僧正をも騙し、マーカリアとの国交回復のよすがすらも台無しにしおるとは。何が世継ぎぞ。しっかりせい!」

「も……申し訳、ございません………」

「というわけで、そなたも処刑じゃ」


 何がどう、“というわけ”なのか全く理解できない。


「立太子はそちの従兄弟の……なんじゃったか、とにかくそこらの誰かに回すとしよう」


 積み重ねられてきた恐怖政治によって道徳的判断力を奪われた王宮の衛士たちがミケランを取り囲む。

 玉座の間の不吉な黒い列柱群の奥から、引きずられてくる人影に総毛だつ。

 どさり、と床に投げ飛ばされ、腕から倒れ込んだルシンタの顔は腫れ上がり、耳や口には激しい殴打を物語る血の跡がこびりついていた。

 その彼が、ちらりとミケランをみやり、ほんのかすかに……かすかに、首を振った。

 まだ、生かされているだけでも奇跡だ。

 おそらくミケランの目の前で見せしめにするほうが効果的だとでも思ったのだろう。


「もはや、削り取るところもない者だがな。女どもの見張り役もこなせぬとはなんのためについている目であろうか……この場で、でえぐりとってやろうぞ」

 生きる望みを放棄しつつあるルシンタから目を逸らす。見えざる玉座の闇が歪みだす。

 何の涙なのだろう、これは? あまりにも苦く、身が爛れそうなぐらい熱い。

 惨めだ、と思う。けれど、ミケランは呻くしか、なかった。


「父上、父上は、息子たるわたくしの言葉より、そこに居るマムシのような男の言葉を信じるのですか……?」

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