第34話 バール、コアを穿つ。

「おのれ……おのれ、おのれェッ!」


 床に転がっていた水晶人間ズヴェンがふわりと浮き上がり、その顔に憤怒を浮かべる。


「この僕を、拒否することも! 傷つけることも! ないがしろにすることも! 許されるべきことではない!」


 周囲を紅く濃い魔力が満たしていく。

 また、あの重圧を放つ気か。


「させるか、よッ!」


 ありったけの『狂化』を漲らせてレヒターズヴェンの懐に高速で踏み込み、力任せに金梃を振り抜く。


「が……ァッ!」


 見えない力のようなものに阻まれたが、『狂化』の衝動のままに力任せに振り抜く。

 何ヵ所かまだ治りきっていない筋肉が捻じ切れる感触があったが……知ったことか。

 ロニを狙うなら、無茶もする。それがリードの亡念によるものであれば、なおさらだ。


「オォ……ッラァ!」


 さらにもう一撃、金梃を横薙ぎにして振るい、がら空きの胴体にぶち込んでやる。

 金梃に伝わる感触は、まさに石でも叩いたような感触だが、確かな手ごたえを感じた。

 渾身の一撃を受けた水晶人間が、勢いよく吹っ飛んで玉座の間の壁に激突する。


「ッチ、そう簡単にはいかないかよ」


 砕けた壁からふわりと空中に戻るレヒターを視界に捉えて、俺は舌打ちをする。

 どうも魔法を使うやつってのは苦手だ。殴り合いなら負けない自信があるんだがな。


「……下賤の分際がこの僕にキズをつけるなんて。許しがたい罪だぞ!」

「テメェに許しを乞うつもりはない……!」


 身体の傷が痛みを伴って軋むようにして治っていく……いや、治ってるんじゃない。

 変化しているのだ。

 俺が、今ここで〝淘汰〟を越えるために必要なカタチに。戦って、壊して、殺して、その野望の全てをすり潰すための姿に。


 俺の姿を見たレヒターが鼻で嗤う。


「フン、浅ましい姿だね? 野蛮で知恵のかけらもない。君にぴったりの獣のような姿だ」

「ああ、だろ?」


 漲る『狂化』に身をゆだねながら、俺は『魔神バアル金梃バール』を肩に担ぎ上げる。


「獣でいいんだよ、獣で。お前みたいなクズ野郎に言葉なんて必要ないだろ? ……ズヴェン。いや、レヒターか? まぁ、クソ以下の化物の名前なんてどうでもいい」

「貴様……!」


 『魔神バアル金梃バール』に怒りを流し込んで、〝魔神バアル〟としての俺をさらに高めていく。


「シンプルな話だよ。お前を、ぶっ殺して……それで終いだ!」

「馬鹿め……死ぬのは貴様だ!」


 レヒターの身体から魔力が膨れ上がり、魔法の雷が指先から放たれる。……が、それは俺の、俺達の目前で弾かれた。

 いつの間にか隣に来ていたロニが<結界>の魔法を形成したためだ。


「わたしに任せて。バールの好きにやっていいよ」

「おう」


 全てをロニに任せて、俺は踏み込んだ。

 飛来する炎や雷、風の刃、熱線。そのすべてをロニが<結界>や剣、時には例の神滅の光でもって俺から遠ざけてくれる。

 そして、俺はただ……溜めに溜めた怒りを『魔神バアル金梃バール』に流し込みながら、レヒターを目指した。


「バカな……バカなッ」


 レヒターが焦った様子で俺達を見て、空中に浮いたまま一歩下がる。だが、背中は向けることはもはやできまい。

 すでにロニとレヒターの魔法の応酬は半ば攻守が逆転している。


「行って、バール。後はお願い」

「ああ、後はまかせろ」


 天輪を崩壊させながら、最後の〝聖女〟の力を振るうロニ。

 俺に笑顔を向けて、膝をつき倒れるロニの、その横を俺は駆ける。

 ロニが作ってくれたこのチャンスを逃すわけにはいかない。


「オオオオオオオッ!」


 床を踏み割りながら、全力の力を込めて駆ける。

 『魔神バアル金梃バール』の紋様が輝き、吹き荒れる暴風のような力が俺の身体を通して揮われる。


「オラァッ!!」


 突進の勢いそのままに振り下ろされた『魔神バアル金梃バール』が、見えない壁に阻まれる。

 ……が、力任せにそれをぶち抜く。

 金梃の尾割れがズヴェンレヒターの身体に深々と刺さり、亀裂を入れる。


「がああああッ! 痛い! 痛い! なんだ、これは!」


 苦しみ悶えるようにして刺さった金梃を引き抜こうとするが、俺はさらに力を込めてそれを押し込む。


「石ころ野郎。痛いのは初めてかよ? 次は恐怖と死をお前にくれてやる」

「やめろ! お前、僕がなんだかわかっているのか? 地脈レイラインと直結した“次元核コア”だぞ!」


 そういえば、そんな事をデクスローが言っていたな。

 破壊すれば何が起こるかわからない、と。


「僕を壊せば、お前たちは終わりだ」

「バカか? お前」


 ひび割れが大きく広がり、悲鳴を上げるズヴェン。

魔神バアル金梃バール』にさらに入れながら、俺は無知なる王を鼻で嗤う。


「そんな安っぽい脅しで俺をどうこうできると思うなよ?」

「は……ッ? 世界が滅びるんだぞ?」

「だからどうした」


 驚きとも、怯懦ともとれる表情で俺を見る水晶人間ズヴェン

 なかなか表情豊かになってきたじゃないか、石ころ野郎。


「ぶっ壊してやる」


 『魔神バアル金梃バール』がその本領を発揮して、おぞましいオーラを周囲に広げていく。

 尾割れに穿たれ、ひび割れたレヒターの内部なかにも、それが流れ込んでいくのがわかる。


「よせ、なんだ『これ』は? やめろ! 僕はだぞ!?」

「それが、恐怖だ」


 広がる亀裂に恐怖の表情を浮かべたズヴェンがわめく。


「し、死にたくない……! ズヴェン! だれか! こいつを殺せ!」


 レヒターの声に応えてか、その体からは大量の魔力が周囲に漏れだして、レヒターの願いを叶えようとする。

 だが、それ以上の俺の望みがズヴェンレヒターいのちを鷲掴みにした。


「お前が死ね」


 金梃に力を込める。

 全力全霊で、この『淘汰』の存在そのものをこの世界から引き剥がす為に。


「おおおおおッ!」


 ブチブチとはぎ取るような感覚が、『魔神バアル金梃バール』を通して伝わってくる。

 存在自体が、この世界に癒着しているのだろうが……なんてことはない。

 梃とはためにあるのだ。

 力任せにそれを剥がす。

 それによって世界そのものには大きな傷が残るかもしれないが、知ったことか。

 このように、膿んで腐った何者かが跋扈するくらいならば、痛みを分かち合う未来さきの方がずっとマシだ。


 だから──死ね。


「おらぁッ!」


 『魔神バアル金梃バール』が、レヒターから何かを抉り取った。

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