第33話 バール、ロニと許し合う。

「デクスロー!」


 何らかの魔法か、謎の重圧に動けぬうちにデクスローが闇に溶かされて消えてしまった。

 まさか、死んだのか? あのデクスローが? こんなにも、あっさりと?


「邪魔者は消えた。さて、後は君たちだけだね」」


 そう嗤ったレヒターの手の平から、見えざる何かが放たれて俺の手足を掴んだ。

 すさまじい力で四方八方に引っ張られて、足も床から離れる。

 重圧はかかったままだというのに、空中に縛り付けられ身動きが取れない。


「ぐぁ……ッ。クソ野郎が……何故ロニを狙う!」

「おや、まだ喋れるなんて、なかなか頑丈だね」


 間近にまで迫ったレヒターが、俺の顔を覗き込む。


ズヴェンの中にはね、たくさんの。君の事も思い出したよ、バール」


 レヒターの髪の毛が赤く染まり、もぞもぞと動く顔が顔が見知った顔へと変化していく。


「リード……!」

「僕の中にあるリードの願いの残滓が、僕をそうさせるのかもね? ロニ・マーニーを欲した彼の願いは特に強くて……僕に深く焼き付いているよ」


 リードの顔のまま、『ズヴェン』が嗤う。


リードだけじゃない。ナブリスフルニトラゴダールも……みんな彼女を気に入っていた。ロニはとても人気者なんだね?」

「俺の女を気安く呼ぶんじゃねぇよ!」


 拘束を解こうと力を込めるが、逆に手足にかかる拘束力がさらに増す。

 骨のいくつかは砕けて折れ、筋肉は所々ちぎれてしまうほどにその力は強い。

 少しでも気を抜けば、体がバラバラになりそうなほどだ。


「僕もね、ロニには興味がある」


 気絶したロニに近寄り、髪に触れるズヴェン。

 さらさらと流れる髪を弄ぶようにして、倒れているロニを見る。


「ロニに、触る、な……!」

「この娘は『神威端末』だ。つまり受肉した神と同義なんだよ。ロニにズヴェンの子孫を作らせるのも面白いと思わないかい? きっと興味深い結果になるはずだ」

「何を、言っている……!?」


 芝居がかった表情で俺を見るズヴェンが、愉快そうな顔をする。


「そう、その表情だよ! バール。君を苦しめるのがリードはとても楽しい! この心から湧き上がる愉悦! 昂揚感! 優越感! ズヴェンにはなかった新鮮な感覚だよ」

「テメェ……ぐぅッ」


 ズヴェンから放たれた魔法の弾丸が数発、俺を襲う。

 鎧と同化して硬質化している肉体にへこみを作り、内臓を貫かれたような衝撃が俺に血を吐かせた。


「そしてこの頑丈さ……このままなぶり殺しにしてもいいけど、君はとてもいい実験素体になりそうだ」


 粘着質な笑みを浮かべながら、ロニを抱き上げるズヴェン。


「フフッ……ロニが大切なんだろう? この娘が世界で何よりも大事なんだろう?」


 その指先が、ロニの腿を、腹を、胸をするりと撫でていく。


「ロニを離せ……!」


 『狂化』に自分を注ぎ込んで、体を動かそうとする。体そのものが悲鳴を上げるほどに力が満ちているのに、張り付けられた状態からびくともしない。


「すごいすごい。感情の起伏で性能を上げる個体がいなかったわけじゃないけど、君は特別だね。さすが〝勇者〟といったところかな?」

「くそがッ!」

「無駄だよ。その枷は腕力では外せない。竜を拘束するための魔法だからね」


 見せつけるようにして、ロニに頬ずりするズヴェン。


「君のがどこまで上がるのか、今ここで実験してみよう。それをリードも望んでいるしね」


 あがく俺を嘲笑わらって、ズヴェンがロニの服に手をかける。

 その表情は、そこに本物のリードがいるかのように歪んでいる。


「ロニ……! にげ、ろ」

「女を抱くのも二千年ぶりだ。たっぷりと愉しませてもら……お゛」


 ズヴェンリードの台詞が途中で途切れる。

 その首を、深々と細い曲刀クカタチが貫いていた。


「なん……だ、と?」

「わたしに触らないで」


 至近距離から神滅の光を撃ち込まれたズヴェンが火花と欠片を散らしながら、玉座の間を横断するように吹き飛び、転がる。


「ロニ……!」

「バール、いま助けるね」


 ロニが手をかざすと、俺を磔にしていた力が、すっと消えた。


「バール、大丈夫?」

「ああ。しかし、ロニ……それは?」


 ロニの頭の後ろには、複雑で美しい光彩を放つ輪ができている。

 まるで教会のフレスコ画に描かれている天使のようだ。


「〝聖女〟の力だよ」


 ロニが、少し目を伏せて膝をついたままの俺に回復魔法を施す。


「わたし、どこかで〝聖女〟なのを後ろめたく思ってた。こんなののせいで、バールを巻き込んじゃうって。こんなののせいで、普通の女の子でいられないって。……でも、わたしの考え違いだった」


 もはや完全に〝魔神バアル〟と化した俺の頬に触れて、ロニが微笑む。


「バールが魔神バアルになっても、何も変わらなかった。バールはバールのままで……バールだった。だから、わたしも〝聖女〟と向き合う。もう怖くない。間違ってるだなんて、思わない」


 俺を抱きしめて、額にキスをするロニ。


「バール、愛してる。ずっとわたしと一緒にいてくれる?」

「あたりまえだろ」


 いつも通りの短い返事をして、ロニを抱擁する。

 ロニも、俺と同じだったのだ。二人して運命を遠ざけようとして、二人して苦しんだ。

 だからこそ、いまの俺達は……もう、何も怖くない。


 ──つまり、最強ってことだ。

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