第28話 バール、ガデスを駆ける。

「……ここが、ガデス?」

「すでに機能を随分と回復させているようじゃ」


 転送扉テレポーターで跳んだ先、そこは以前に訪れた『ガデス』とは様子が一変していた。

 一言で言い表すとすれば、『楽園』。

 そう表現したくなるほどの、美しい場所へと変貌を遂げている。


 そこかしこで崩れていた白磁の建物は傷一つなく立ち並び、道のわきには色とりどりの……そして季節を無視した花々が咲き乱れている。

 瓦礫だらけだった道もすっかり綺麗に舗装され直していて、本当に同じ場所とは思えない光景だった。


「バール、美しかろうが惑わされるでないぞ。ここがこのように美しいという事は、その代償を大地に支払わせておるということじゃ」

「……!」


 そうだ。思い出さなくてはならない。

 不自然であるという事は、自然を歪めているということだ。


くとしよう。ナブリスがどこに向かっておるかは、わかっておる」

「そこにロニもいるのか?」

「おそらくの。この都市は、〝聖女〟の力によって封印が施されておる。ロニ殿の力をもってそれを解除するつもりじゃろう」


 デクスローの言葉に、少しの違和感。

 いや、違和感はずっとあった。ただ、この老魔術師に全幅の信頼を置くが故に、これまで気にしないふりをしてきたのだ。


「なあ、デクスロー」


 メインストリートらしいでかい通りを、急ぎ足で移動しながら俺はデクスローに問いかける。


「あんたって……何者なんだ?」

「気付いておるんじゃろう?」

「いいや、あたりをつけただけだ、真実はあんたの口から聞きたい」


 俺の言葉に、デクスローが目を伏せる。


「儂の本当の名は、デクタスロニーア・デルベル・ジアガデス。長生きをし過ぎた……古代民の生き残りじゃよ」

「ずいぶんと長生きだな?」

「それは儂がこの世界で最も穢れた存在だからじゃよ」

 どういう意味だ?

 古代民だから……って意味じゃなさそうだが。


「うお」


 地面が大きく揺れ、ぐらつく。


「『コア・ズヴェン』の活性化がさらに進んだようじゃ。あの大きな建物が見えるかの?」

「ああ」


 デクスローが杖で示す先に、以前はなかった巨大な塔のようなものが建っている


「あそこが……『ガデスの玉座』。この空中都市の中央部じゃ。あの場所の天辺に『コア・ズヴェン』がある。急ぐとしよう」


 デクスローの先導で、再生した街並みの『ガデス』を駆けゆく。

 まだ聞きたいことは山ほどあるが、まずはロニを助けて……ナブリスをぶっ殺す。

 この老魔術師なら、その後の事はうまくやってくれるだろう。


「むぅ……」


 ちらちらと周囲に視線を向けながら、デクスローがうなる。


「どうした」

「いや……」

「気になることは言っておいてくれ。俺は察したり考えたりするのは不得意なんだ」

「エマがおらぬ。これだけの騒ぎ……動かぬはずはないのじゃが」


 心配そうに空を見上げるデクスロー。

 そういえば、あの白い竜とデクスローは随分と気安い関係に見えた。


「なあ、エマ=スとあんたは、どんな関係なんだ? 古代民の生き残りだったてのがマジとして……それなら、エマ=スは、あんたの敵ってことにならないか?」

「ならぬ」


 きっぱりと答えるデクスロー。

 すがすがしいまでの即答だ。


「もはや、それで悩む段階は遠の昔に過ぎたのじゃよ」

「そうなのか?」

「うむ。さて、もうそろそろじゃな」


 デクスローの言葉に上を見上げた時……俺は異変に気付いた。


「おい、あれ……! エマ=スじゃないのか?」

「む」


 塔の建物のかなり上の方で、巨大な白い影とそれを襲う光や爆発が見える。

 先ほどまでそんな様子はなかったはず……つまり、今しがた戦闘が始まったってことだ。


「エマ=スが押されてる!」


 誰と戦っているかは見えないが、上空から玉座に取り付こうとするエマ=スを何者かが強力な魔法で迎撃しているようだ。

 そして、それは容赦なくエマ=スを撃って……撃ち落とした。


 エマ=スが羽と血をちらしながら、何度か壁にバウンドして落下していく。


「エマ!」


 デクスローが、猛スピードで駆けていく。

 俺であっても必死に追わねばならないような速度で、だ。


 エマ=スは俺達が向かうべき玉座の入り口付近に墜落していた。

 美しい白い体毛は自らの血で赤く濡れ、そこらかしこが焼けこげ、欠損し、痛々しい傷跡をのぞかせていた。

 それに抱き着いて、デクスローが体を震わせる。


「ああ、エマ! エマ! なんてことだ。血が、こんなに出ておるではないか」

「デクスロー。ごめんなさい……守り切れなかったわ」


 短いく途切れがちな呼吸のエマ=スが、申し訳なさそうに目を伏せる。


「いい、デクスロー。よく聞いて。私はもうダメよ」

「そんな、エマ!」

「いいから聞きなさい、私の〝勇者〟だった人。『ズヴェン』はもう自らの本体に接触してしまった。そして、私がこうなった以上……封印が解けるのも時間の問題」


 ちらりと、視線がこちらに向く。

 その視線は、優しくも絶望は見えない。


「だから、後はあなた達に任せるわ」

「逝くな、逝かないでおくれ……エマ。お前がおらねば、儂はどう生きる?」

「まあ、デクスローったら。おじいちゃんになっても変わらないわね。何度も言ったでしょう? あなたは、主人公におなりなさい」


 ふわふわと、金色の燐光が白竜から溢れ出る。


「あなたもよ、バール。ロニを救ってあげてね。あの子は、いま……とても深い罪悪感に苛まれて、心を押しつぶされているわ」

「ロニが……?」

「ええ。きっと自分を許せなくって、苦しくて……そこを『ズヴェン』に付け込まれたのね」


 ロニがナブリスに協力するはずなどないと思っていたが、そうか。

『ズヴェン』の力に、操られていたとすれば納得も行く。

 そして、その原因となったのは……俺の敗北だろう。


 くそったれが……!


 だが、もう負けはしない。

 〝魔神バァル〟の力をフルに使って惜しみなくナブリスを叩き殺し、『ズヴェン』を止める。

 俺の想いに反応して、『魔神バアル金梃バール』が暴力的な反応を返す。

 コイツも、やる気のようだ。


「さあ、デクスロー。これを……」


 薄れゆくエマ=スから放たれる金色の燐光が集まって、何かを形作った。


 捻じれた細木をそのまま使ったような形の杖で、先端にはロニやエマ=スの瞳に似た蒼く美しい宝珠が淡く光を放っている。


「やっぱり、デクスローの『聖剣』はこれね……」


 今にも消えそうなエマ=スが懐かし気に目を細める。


「さぁ、デクスロー。私の〝勇者〟。もう一度……あなたの『希望』を……見せて……」

「まかせておけ……。また、会おうぞ。儂の……エマ=ス」


 デクスローが口づけをすると、巨大なエマ=スの身体が空に溶けて消える。

 それと同時に、巨大な震動が俺達を襲った。


 空が……動いている?

 いや、違う。この『ガデス』が空へと上がっていっているのだ。


「……デクスロー」

「わかっておる。わかっておるとも……。古今の〝勇者〟が雁首を揃えておるのだ。〝淘汰〟など、あっという間に仕留めてくれる」


 立ち上がったデクスローが、佇むように宙に浮くエマの杖を手に取る。

 その背中には、殺気にも似た魔力の奔流が俺にも感じられる。


「ゆこうぞ、バール」

「おう。全部殺して、全部取り戻す。絶対に落とし前をつけさせてやる……ッ」

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