第27話 クライス、救援を得る。

(クライス視点)



「社長! もどったッス!」

「距離と規模は?」

ウェーブは三つ! 規模はそれぞれ五十弱ッス。一つはルートを逸れて、平原方面っス」


 すぐに答えが返ってくるあたり、相変わらずダッカスの奴は有能だ。


「平原のは対応できないので、斥候に動向だけ追わせろ」

「はいッス。ついでに警戒哨を回ってくるっス」


 ダッカスが外部委託の追跡者チェイサーが待機する小屋へと走り去る。

 『モルガン冒険社』の幹部だというのに、使い走りのように使って申し訳ないと思うが、情報の伝達や収集に関してダッカスほど信用できる奴もいない。


「よし、第一波が来るぞ! 迎撃準備だ。防衛部隊は待機して、討ち漏らしを排除しつつ防壁を守れ。迎撃部隊は『アルバトロス』と出撃だ」


 各部隊の隊長格が緊張した面持ちでうなずく。

 ここトロアナは『大暴走スタンピード』の脅威に常に晒されてきた街だ。

 当然、その行動マニュアルも存在するが、今回のはやや規模がデカすぎる。


 魔物の数が五十を超えて、異常行動をとり始めれば『大暴走スタンピード』と呼ぶが、今回はそれが三つ。

 しかも、報告によると魔物モンスターは複数の種類が混ざり合っていて、いつものように一種類の魔物モンスターを相手にするような対策がとれない。

 迷宮ダンジョンでの遭遇戦エンカウントが、向こうから大挙して攻めてくるようなものだ。


「バルボ・フット。あんたのアライアンスには遊撃を任せる。好きにやってくれ」

「おうさ」


 横に控える歴戦の冒険者に適当な指示を丸投げする。

 何度も『大暴走スタンピード』を退けてきた男だ。本来はこういうやつが指揮を執るべきなんだろうが、こう大規模になると自分じゃ力不足だと抜かしやがった。


罠地点トラップポイントに接敵!」


 遠見の魔法道具アーティファクトで『トラヴィの森』を警戒していた防衛部隊が声を張り上げる。魔物モンスターどもめ、思ったより早いな。


「行ってくれ!」


 短く指示を飛ばし、迎撃部隊を載せた馬車を出させる。

 こういう場合、殲滅速度と状況に対する臨機応変さが重要になってくることが多い。

 そして、その大半は足の速さで解決できる。


「くそ」


 思わず悪態が口からこぼれてしまう。

 バールを手伝うこともできず、総指揮官故に戦場に出ることもかなわない。

 恐騎士テラーナイトが聞いて呆れる。


「クライスさん、マズいッス!」


 再度戻って来たダッカスが、息を切らして数枚のメモを差し出す。

 そこには、別方面の監視を任せていたいくつかの斥候部隊からの連絡が走り書きしてあり……始まったばかりの防衛戦が、すでに最悪の事態に傾いていることを示していた。


「くそったれが! どうなってやがる」

「わからないッス。『大暴走スタンピード』にしては統制が取れすぎてるっッス」


 トロアナを囲み込むように、いくつかの魔物モンスターの群れがトロアナを目指している。

 念のためにと配置した斥候がこの動きを察知したのは、まさに不幸中の幸いというべきか。


 だが、マズい。

 これ以上、ここの人員は割けない。

 というよりも、すでに冒険者ギルドに緊急時招集を掛けさせているため、これ以上はどうしようもないのだ。ここにある全てで解決しなくてはならない。

 考えあぐねていると、知った顔が防壁の上から飛び降りてきた。


「クライス。一か所はオレが行ってやるよ。足止めして時間を稼ぐ」

「ヴィジル!」

「簡易設置のトラップを山ほど持っていけば、多少足は鈍らせられる。トロアナここを落とされたら、今度こそバールの奴の帰る場所がなくなっちまうからな」


 やる気なさげにヴィジルが苦笑する。


「しかし、やべーな。他ん所に向かえる人材は?」

「それがあればお前を一人で行かせたりはしない」


 指揮官を誰かにふれば俺が出ることもできるが……『モルガン冒険社』が各隊に出張ってる以上、俺じゃないと指揮が混乱するだろう。

 各所ギリギリの人員配置だ。戦力を減らせば、その場所のリスクが跳ね上がる。


「お困りですね、クライスさん」


 緊張した場の空気にそぐわない、落ち着いた声が俺の背中からかけられた。

 連絡用通用口から声の主が姿を現す。

 戦用僧衣を着た細身の男はでかい戦槌メイスを片手で軽々と担ぎ上げて、柔和な笑みを浮かべながらこちらへと歩いてくる。


「モルク……!」


 ヴィジルの声に、【僧侶】モルクが小さく頭を下げる。

 数百のボルグルの群れとやり合っても倒れない、歴戦の元A級冒険者。


「お二人とも、お久しぶりです。お手伝いに来たのですが、いいタイミングだったようですね」

「お前、トロアナに来てたのかよ」

「はい。先ほど。ダルザックに報せが届いてすぐに出たのですが、少し出遅れましたね」


 モルクが俺に向き直って、笑って俺に手を差し出す。


「クライスさん。ここで


 モルクの手を握り返して、俺はうなずく。


「わかった。北西方面を頼む……出来るだけ早く迎撃を向かわせるから、もたせてくれ」

「お任せください。守ってみせますよ。あなたとバールさんが、私の故郷ホームを守ってくれたように」


 モルクが頼もし気にうなずき、北西方向へ走ってく。その後を追うように、ヴィジルも駆け出していった。

 これで北の二ヵ所は時間稼ぎができる。『アルバトロス』が戻り次第、フォローに向かわせよう。


 しかし、あと三か所……数が多すぎる!

 波状攻撃ではない包囲戦を仕掛けてくるなど、この『大暴走スタンピード』はどこかおかしい。


「伝令です!」


 戦力分配を再計算していたところ、斥候の一人が駆け込んできた。


「どうした? 『大暴走スタンピード』の追加か?」

「いえ、増援です。指示をとのこと」

「……! どこの連中だ?」


 招集できる戦力は全て集めたと思ったが……まだ、動けるやつらがいたのか?


「サングイン騎士団と名乗っています!」

「あいつらか……!」


 『白き者の行進』でも、どこからともなく増援に現れた騎士団だ。

 素性は明かせないと言っていたが、信用できる戦力ではある。


「よし、北方面の殲滅に向かってもらってくれ」

「はい!」


 斥候が全速力で走っていく。

 これで、終わり次第ヴィジルとモルクのフォローに回ってもらえれば、あいつらの生存率が上がる。


「あとは南方面……!」


 俺が出るしかないか? 


 包囲戦になれば俺がここで指揮官をする意味もあまりない。

 今出張ってる連中を戻して、迎撃戦から防衛戦に切り替えるしかない。

 そうしなくては、南方面からきている魔物モンスターの群れが街を踏み荒らすだろう。


「ダッカス、前線に走って防衛戦に切り替えると伝えろ。俺は今から南門へ向かう」

「社長一人で? 無茶ッスよ!」

「ダチに無茶をやらせたんだ、俺も同じ手を打つ。ここの指揮はお前に任せるぞ」

「そんなの無理っスよ!」


 ダッカスが声を上げると同時に、先ほどとは別の伝令が駆け込んできた。

 南方面の警戒に当てていた奴だ。


「来たか……ッ!」


 いよいよ戦線崩壊の報せかと思ったが、伝令の顔はいくぶん明るい。


「社長! 南方面、持ち直しました」

「なんだと? 今度はどこの騎士団だ……。それとも別の街のアライアンスか?」

「いいえ、パーティです。六人組の」


 伝令の言葉に、絶句する。

 こちらに伝えられていた南方面に押し寄せる魔物の数は、俺が『アルバトロス』を率いて命を賭ければギリギリ足止めが敵うかどうか……という規模だったはずだ。

 それをたったの六人で押し返す? そんな連中、本当にいるのか?


「名のあるA級パーティか? どこの連中だ」

「わかりません。ただ、『〝能無し〟が一杯奢りに来た』とバールさんに伝えてくれって」


 どこの誰だか知らんが、〝能無し〟とはまた謙遜の過ぎる二つ名を名乗ったものだ。


「わかった。そいつらは好きにさせておけ! 悪いが引き続き観測と連絡役を頼む」

「はい」


 駆けゆく斥候を見送って、俺は深呼吸をする。

 良い事も悪い事も起こりすぎていて、少し落ち着く必要がある。


「なんなんスかね、この状況」

「わからん」


 そう答えつつも、一つだけわかっていることもある。

 それはバールが……あの粗野で乱暴で無意識に貸しをばら撒くお人好しの〝勇者〟が、ここにおらずしてまた俺に貸しを作ったという事実だ。


 ああ、くそったれ。これじゃあ、いつまでたっても借りを返せやしないぞ。

 こうなったら好きなだけ奢ってやるから無事で戻って来い。


 ……あの酒好きの〝聖女〟を連れてな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る