第26話 バール、【勇者】を叩く。

 剣を大きく振りかぶって突っ込んでくるフルニトラを躱す。

 相変わらずの早いだけの大雑把な剣技だ。


「どうやって生き返ったか知らねぇが……今度は念入りにバラしてやるよ!」

「ゲスが。気軽に話しかけてんじゃねぇよッ!」


 金梃で剣をいなして、左拳を顔面に撃ち込む。

 『狂化』のギアを少しずつ上げていく。こいつをすり潰すために。


「がぁ……てめ、やりやがったな」


 反撃のつもりか、大きく横に振るわれた剣をバックステップで避け、即座に踏み込んで金梃を振り下ろす。

 折れ曲がった尾割れの部分が鎧に易々と突き刺さり、肉に食い込む。


「オラァ!」

「ウボ……ッ」


 力まかせに引き寄せて、勢いのまま腹部に膝を入れる。

 真銀ミスリル製の鎧がへこみ、ひび割れ、フルニトラが血を吐き散らしながら、転がっていく。

 円盤の際で押し留まったフルニトラが、俺を睨みつける。


「お、おれは、【勇者】だぞ……!」

「そうかよ。だからどうした」


 足元の瓦礫を金梃を振ってフルニトラに飛ばす。


「くぁ!」


 飛来した瓦礫をあっさり両断するあたり、良い剣だと思うが……揮う本人はお粗末だな。

 瓦礫と同時に距離を詰めた俺は、唐竹割りよろしく『魔神バアル金梃バール』をフルニトラに振り下ろす。


 衝撃で皿が大きく傾き、若干打撃が逃げてしまったが……ダメージは充分だ。

 何とか頭部への直撃を避けたらしいフルニトラだったが、肩から胸までを大きく削り取られ、それが致命傷なのは明らかだった。


「あ、がっ……あっ」


 ショック症状で血を吐き出しながら震えるフルニトラに、トドメをくれてやろうと金梃を振り上げる……が、突然その雰囲気が一変した。

 血よりも赤い何かがヤツの身体から滲み出て、血だまりのように広がっていく。


「っんで……なんだよォ……」


 直感的に触れるべきではないと判断し、跳び退り注意深く金梃を構える。


「おれはよォ、【勇者】なんだ。次の王になるべき、男なんだ。なのによォ……邪魔すんなよ……おれをバカにするな! 嘲笑わらうな!」


 踊る様に滲み出た何かが蠢き、フルニトラの身体を覆っていく。


「全部、全部……おれのもんだ……栄光も! 尊敬も! 金も! 女も! 全部、全部! 手に入れるんだよォ……ッ」


 煙の向こう側、肉が焼ける匂いを漂わせながらフルニトラが立ち上がる。

 それは、もはや【勇者】は人とは言えない姿に変貌していた。


 どこかで見たことがあるような姿だ。

 金属質な昆虫に似た人型の生き物。牙と爪と、尾を持ち……異様なまでの邪気を放っている。


「『穢れし者マリグナント』……!」


 いつか依頼を受けた旅の魔法使いが、これの事をそう呼んでいた。

 世界を壊す、邪悪な存在だと言っていた気がする。


「GIGIGIGI」


 金属質な声を上げて剣を拾い上げるフルニトラであったモノ。

 拾い上げた剣までもが


「GIGI……ッ! おれは【勇者】フルニトラだぞ!? 全部を手にする権利があるんだよ!」

「うるせぇッ!」


 耳障りな声を上げる化物に金梃を振るう。

 直撃を入れるも、構わずに剣を振るうフルニトラの剣が俺の腕をかすめる。

 焼けるような痛みが伝わってきたが、逆に俺の怒りを増す結果にしかならなかった。


「オオオオオッ!!」


 『魔神バアル金梃バール』に俺を流し込む。

 もはや、恐れまい。『敵』がああも人間を捨てるのであれば、こちらも捨ててやる。

 それが、蹂躙の最適解だ。


 パキパキと音を立てて『魔神バアル金梃バール』表面が割れ落ち、赤く明滅する紋様が露になる。

 身体に満ちる『狂化』が、破壊の力が俺を駆り立てる。


『壊せ』

『殺せ』

『奪え』


 ああ……まかせろ。

 得意分野だ。


 踏み込み、ただ力任せにバールを振るう。

 油断でもしていたのか、フルニトラはそれをもろに喰らって……壁まで吹っ飛んだ。

 遺跡全体が揺れるほどの衝撃で以て、フルニトラが壁にめり込む。


「GYAAAAAAAッ!」


 つんざくような悲鳴がうるさいので、今度は『魔神バアル金梃バール』を力いっぱいぶん投げてやった。

 本来、刺さるような形でもない金梃が、無理やりにフルニトラの外殻を突き破って、壁に突き刺さる。


「がッ? あがぁ……? なんだ、なんだよこれ……!? おれは【勇者】なんだぞッ! 強いんだぞ!? A級冒険者で──……」

「終いだ。ロニにところに急がせてもらうぞ、クズ野郎」

「お、おおお、おれを……クズ野郎と呼ぶなッ! お前も、お前もファルブあいつと同じに……這いつくばらせてや……るッがぁッ」


 突き刺さったままの『魔神バアル金梃バール』に、意識を集中して力を解き放つ。

 紅く暗い波動が広がていって、フルニトラの禍々しくおぞましいいのちの輪郭をはっきりとさせた。

 『魔神バアル金梃バール』を掴んで、力任せに引っこ抜く。


「おれは……ただ……みんな──……に」

「……死ね。クズ野郎」


 フルニトラの『命』を乱暴に抜き去りながら、『魔神バアル金梃バール』を化物の身体から引き抜く。

 こと切れたフルニトラの身体は、どろどろとした粘着質な液体に変化して、壁をゆっくりと流れ落ちていった。


「くそ、手間取りすぎた」


 悪態をついて、底を覗き込もうとすると遺跡の入り口に気配を感じた。

 新手かと、金梃を構えたがその姿に、俺は安堵する。

 そこに立っていたのは、ボロボロになったデクスローその人だった。


「追いついた、が……お主も大変だったようじゃの」

「【勇者】と遭遇戦になって足止めを喰らった。階段も壊れてるし、どうすりゃいい」


 ふと周りを見回したデクスローが険しい顔をする。


「『ガデス』の機能が随分戻っておるようじゃ。急がねば。……昇降機エレベーターが再起動しておるのは不幸中の幸いというべきかの」


 老魔術師はそう言って、俺の足元を指さした。

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