第25話 バール、再び【勇者】と対峙する。
デクスローの魔法で転移した先、エルフェリアはすでに戦場と化していた。
予想通りではあるが、あの美しいエルフェリアが炎に包まれている様を見ると、どうしても焼け落ちた小屋敷の姿がフラッシュバックする。
「よくも……ッ」
少しの間、自制していた怒りがあっという間に湧き上がって、俺を『狂化』していく。
「ミスメラ、エルフの皆を退避させるのじゃ」
「でも、私達のエルフェリアが……!」
「家はまた作ればよい。木はまた育めばよい。じゃが、命は容易く失われ、取り戻すのは難しい。わかるじゃろう? ミスメラ」
諭すようなデクスローに小さく頷いて、ミスメラが駆けていく。
エルフにしても大半はうまく逃げおおせているようだが……逃げ遅れた者もいるようだ。
「デクスロー。お前も離れておけよ……。俺は、少々キレてんだ」
「当代の〝勇者〟は狂暴じゃのう。時代は変わるものじゃ……」
俺の警告を聞く気はないとばかりに、杖を構える老魔術師。
視線の先には、数人の『神勇教団』。その足元には、服を剥かれたエルフが倒れている。
「おい、なんか来たぜ?」
「ここの奴は見つけ次第好きにしていいって聞いたぜ?」
「でも、男かよー……殺しちまうか」
「さっき走ってたエルフ、いい感じだったじゃん。あれ捕まえて楽しもうぜ」
「おいおい、ゲスいゲスい」
軽薄を絵にかいたような下衆な連中が、下品に笑い合ってる。
「いいんだよ。だって、オレら【勇者】だし。よーし、正義しっこーなんつっ──モ゛ッ」
こちらに踏み込んできた奴の頭を金梃で一閃して吹き飛ばす。
「て、抵抗する気か……! オレらは救世の【勇者】なん──……」
俺から踏み込んで金梃を振るう。
力任せに、乱暴に。怒りに任せて、体ごと命を吹き飛ばす。
「く、くそ! こいつ! ……がっぁ」
複数の魔法の矢が逃げ出そうとした男を貫いた。
デクスローの魔法が、俺と競うように『神勇教団』の自称【勇者】の命を刈り取っていく。
全て終わるのに、一分もかからなかった。
「……おいおい、俺様の舎弟どもになんてことしてくれてんだ」
巨大な男が、炎に照らされてこちらに歩いてくる。
「てめぇ、生きてたのかよ。首を刎ねときゃよかったな」
「……ゴダールとか言ったか? ロニはどこだ?」
「さぁな。俺様はエルフどもを捕まえるのに忙しいんだ。他の事は知るかよ」
そのゴダールは、ミスメラよりもさらに若いエルフの少女を引きずっている。
「しかし、エルフの女ってのはみんな具合がいい。好きにして構わねぇって言われた時は、小躍りしたぜ。肉もうまいしな」
「貴様……ッ」
俺が動くより先に魔法の光線が数条きらめいて、ゴダールを直撃した。
ちらりと背後に視線をやると、デクスローが杖からはふわりと魔法の残光が立ち昇っていた。
その表情は、帽子の広いつばに隠れて見えない。
「下衆が……! お前のような反吐以下の悪は久しぶりじゃ」
「おいおい、俺様は救世の【勇者】だぜ? 俺様のやることは正義なんだよ」
「お前のようなモノが〝勇者〟などと
チリチリとした殺気が湧き上がり、地面を揺らすほど高まった魔力が燐光となって、デクスローの周りを漂う。
「なんだ? ジジイ。やる気か?」
巨大な戦斧を振り上げるゴダールに、デクスローが杖を構える。
圧倒的体格差だ。距離を詰められたらデクスローはひとたまりもない。
「バール、先にゆけ。あやつらが『ガデス』に至るには、『
「デクスロー……!」
「儂とてここで死ぬわけにはいかぬ。さりとて、こやつは足止めじゃろう。ナブリスの思い通りに事を運ばせるわけにはいかんのでな。それに、ロニ・マーニーを取り戻すのじゃろう?」
目深にかぶった帽子の奥から、老魔術師が俺に強い視線を送ってくる。
「わかった。ナブリスを止めて、ロニを取り戻す」
「それでよい。〝勇者〟など、所詮は好いた女の為に走り回る男の呼び名にすぎぬ。お主は、お主らしくやればよい……そら、ゆけ。儂も後から追いかけるでな」
杖の先で背中を押された瞬間、体が軽くなった。
<
こんな高位魔法を、無詠唱で?
そんな真似ができる魔法使いなど、俺は一人しか知らない。
せめてものフォローに、ゴダールに向けて駆ける。
一度は手痛い打撃を加えてやったのだ、多少は警戒するだろう。
「オラァッ!」
防御に入ったゴダールにすれ違いざまの一撃を入れて、俺は『
背後からは、魔法を使ったであろう爆発音が聞こえるが振り向かずに前へ進む。
デクスローが作ってくれたこの機会を、無駄にはすることはできない。
「ロニ、いま行く……!」
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走る間にも、崩れ落ちた建物や、焼けて倒れる大木を目にして怒りが、こみ上げていく。
奴らは俺の大切なものを、踏みにじって前に進んでいる。
その報いを、完全な形で受けさせなければいけない。
「……あった」
ようやく到着したが、『
遺跡に入ろうとしたところで、地響きのようなものが足元を揺らす。
『ズヴェン』の接近で『
「なんだ、こりゃ……ッ」
遺跡の中は、以前に入ったときと様相が異なっていた。
真っ暗だった内部は明るく照らされていて、階段は壊されている。
これでは下に降りられないではないか、と底を覗き込むと何かがせり上がってきていた。
……あの底で朽ちていた、でかい皿みたいなやつだ。
それが底からこちらに向かってゆっくりと上がってきている。
しかも、そこには見た顔の男が立っていた。
「……てめぇッ」
「あれ、お前死んだんじゃなかったの? 何してんだ、ここで」
意外そうな顔をしているのは、トロアナの広場で演説していた『神勇教団』の【勇者】──フルニトラだ。
「黙れ。そして答えろ……ロニはどこだ」
「は? あの女追いかけてここまで来たのかよ? ご苦労なこったな」
軽薄な様子で笑ったフルニトラが青い刀身の剣を鞘から抜く。
「答えろ!」
「うるさいな。どっちにしろ、テメェが生きてんのが教皇様にバレると面倒だ。ここでもう一回死ねよ」
「こっちの台詞だ、【勇者】。お前は特別痛くして殺してやるよッ!」
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