第24話 バール、逆襲に旅立つ。

 死体の山に座って鎧を装着していると、数人の足音が近づいてくる。

 『神勇教団』の追加かと思ったが、月明かりに照らされて姿を見せたのはデクスローと、クライスと……それからミスメラだった。


「どうした」

「どうしたはテメェだ、バール! 消えたかと思ったらなんて有様だ」


 苛ついた様子のクライスが俺に詰め寄って、そして一瞬止まった。


「おい……バール、殺気をしまえよ。ブルっちまいそうだ」

「悪い。お前に向けたものじゃないから、気にしないでくれ。さすがに、やりすぎたか」


 俺の返答に、クライスがため息をつく。


「それで、どうしたんだ?」

「お前を探しに来たんだよ。それと……ヤバいことになった。理由はわからないが、『トラヴィの森』から大暴走スタンピードが発生しそうだ」

「それに、エルフの<森林迷宮結界メイズウッズ>を次々突破してる連中がいるの」

「これは無関係じゃ、ないな」


 俺の言葉に、クライスとミスメラが小さく頷く。


「『神勇教団』の連中が、エルフェリアに向かってるってのは俺も掴んだ。しかし、エルフの協力なしにどうやって<森林迷宮結界メイズウッズ>を突破してるんだ?」

「わからないわ。でも、目的地がエルフェリアなら、狙いは多分……」


「『ガデス』じゃろうな」


 黙っていた老魔道士が、ぼそりと答えを発した。


「ああ、俺もそう思う。奴らがどうやってそれを知ったかわからないが、そうとしか思えない」

「『ズヴェン』に魅入られたのじゃろう。『トラヴィの森』にすむ魔物モンスターの急激な狂暴化は、『ズヴェン』の接近によるものだとすれば説明がつく。それに、『神勇教団』の【勇者】。あれも、『ズヴェン』が生み出した者じゃろうて」

「そんなことができるのか?」


 ジョブは人間の生き様だ。

 ジョブの適性変異は、その人間の本質を変えることでもある。

 果たして、それをそう易々やすやすと変えられるのだろうか?


「可能じゃよ。のう、バール。ボルグルをいくら鑑定しても、ボルグルというジョブにしかならんのは知っておるか?」

「そりゃ、魔物だからだろ……って、おい、まさか……!」


 弱点や脅威を調べるために【司祭】などが魔物モンスターを鑑定することはよくあることだ。

 そして、魔物モンスター生き方ジョブ魔物モンスターそのものである。

 人のように多種多様ではない。それ故に、魔物の名称はジョブからとられる。

 ボルグルはボルグルという生き方ジョブしかできないのだ。


「変質させたのじゃよ。人間を、魔物モンスターに。それを、お主はすでに目の当たりにしているじゃろう?」

「……!」


 『白き者』リードリオン。

 『ズヴェン』に触れて、魔物と成り果てた男。


「『コア・ズヴェン』は願いを叶える。容易に存在を歪め、一見正しそうな……曲解した答えを提示する。そして、心弱き者は、それこそが正しいと思い込んでしまうのじゃよ、かつての『ガデス』の民のようにの」

「じゃあ、あいつらは……【勇者】って名前の魔物モンスターになってるってことかよ?」

「その可能性は高い」

「そうか。なら心置きなく殺すとしよう」


 丁度俺も人間を捨てる覚悟がついたところだ。

 人外同士、心置きなくやり合うことができる。


「まて、一人で行く気か?」

「ああ。クソどもと〝淘汰〟に落とし前をつけさせて、ロニを取り戻す」


 心の中で『狂化』の炎が、ゆらゆらと燃えている。


「聖剣を再び手にしたのじゃな」

「さて、コイツがそうなのかは知らないが、こいつがないと……無茶できねぇからな」


 『魔神バアル金梃バール』を肩に担いで、殺さなくてはならん連中の顔を脳内で反芻する。

 ナブリスとやらは顔がわからないが、まあ……『神勇教団』を根こそぎ殺してやれば、その内に当たるだろう。


「私も行くわ。エルフェリアに行くなら案内が必要でしょ?」

「儂も行こう。『ズヴェン』とはいささか因縁がある故な」


 ミスメラとデクスローが一歩前に出る。


「オレも──」

「社長はダメッス。大暴走スタンピードの防衛指揮をしてもらわないといと」


 闇の中から姿を現した男が、首を横に振る。


「ダッカス」

「お久しぶりッス、バールさん。ロニさんの現状位置と【勇者】の動向を掴んできたッス」

「助かる」

「そっちのエルフの人が言うように、目的地は『トラヴィの森』の奥地みたいッス。あと……ロニさんは、ちらっと姿を見たんスけど……様子がおかしかったッス。ナブリスに進んで協力しているような感じだったッス」


 やはりロニも一緒か。

 それにしたって、何だってロニがナブリスに協力している?


「脅された様子だったか?」

「何というか、ちょっとぼんやりした様子だったッスね。でも、魔法も使ってたッス」

「……! 〝聖女〟の力を使って結界を突破してるんだわ」


 ミスメラがハッとした顔で呟く。


「そんなこと可能なのか?」

「一度ロニは結界を通ってるもの。〝聖女〟の力を使えば、おそらく可能よ」

「なら、急ぐとしよう。もうすでにエルフェリアに辿り着いてるかもしれんしな」


 頷き合って、森の方向を見据える。


「なぁ、ダッカス。指揮はアルバトロスの連中に任せて、オレも……」

「ダメっす。おれも見てきたっすけどこんな大規模な大暴走スタンピード見たことないっッス。社長の力が必要ッス」


 ため息と共に項垂れて、渋々うなずくクライス。


「わかったよ。バール、無茶するなよ。家は……こんなになっちまったが、トロアナここはお前が帰るべきホームだ。ロニちゃん連れもどして、とっとと帰って来い」

「おう」


 去り行くクライスとダッカスの背中を見送って、俺も立ち上がる。


「バール、こっちじゃ。跳んで向かうでな」

「<転移テレポート>か? 可能なのか?」

「大丈夫じゃ。一度<森林迷宮結界メイズウッズ>を越えた者なら、影響されることはない」


 杖を振って詠唱するデクスローのそばに立つ。

 おそらく、これが終われば、即戦場に立つことになるだろうが……望むところだ。


 【勇者】どもめ、お前らもすぐに轢き潰してやる。

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