第23話 バール、『魔神の金梃』を手にする。
死ぬのが、怖かった。
死んでしまえば、もうロニと会えないから。
また人でなくなるのが、怖かった。
ロニを遠ざけてしまうかもしれないから。
隠して押し込めていた感情が、泡沫のように湧き上がり……消えていく。
【狂戦士】として生きることが、怖かった。
壊さなくては前に進めない自分が、疎ましかった。
だから、『人間』であろうとした。
〝
自分で自分を否定して、遠ざけた。
そうだ、俺は怖かったのだ。
リードとの戦いの時……ヤツの瞳に映った俺自身が恐ろしかった。
あのような腕で、ロニを抱き上げられるのか……と。
遠ざけて、手放そうとした。
だから、俺は弱くなった。
何も守れぬほどに。
何もかも奪われるほどに。
……その結果、失ってしまえば意味が無い。
ああ、そうだ。
もっとシンプルでなくてはならなかった。
──では、どうする?
「殺そう」
まず、【勇者】どもは殺す。
次に、『神勇教団』も壊す。
あとは、それを支援してる貴族どもも、邪魔するならすり潰す。
世界の平和だ?
民衆の平穏だ?
……知ったことか。
どこの誰がどうなろうが、俺とロニが幸せならそれでいい。
そんなもんの責任なんざ、俺達に押し付ける方が間違ってる。
間違ってるなら、別に壊しちまったっていい。
何なら、俺がその『平和』とやらを自ら壊して回ってやる。
あの【勇者】どもが世界の正しい意志だってなら、間違ってるのは世界だ。
「そうだ。全部殺して、壊して……取り戻す」
立ち上がって、『
激痛が全身を駆け抜けるが、逆に頭がすっきりしてきた。
デクスローめ。「気が狂う」だと?
【狂戦士】を舐めるなよ……もう、狂ってんだよ。
湧き上がる怒りが、俺の身体に満ちていく。
ロニを奪った全てが憎い。
「……そうだ、もういい。『人間』なんてくそくらえだ。【狂戦士】だろうが〝魔神〟だろうが関係ない」
焼け落ちた屋敷を前に、俺は嗤う。
人間なんて、ロクでもないものにこだわる必要なんてなかった。
『ガデス』の脅威然り、今回の『神勇教団』然り、どうせ人間同士が争い、奪い合うのだ。
それに負けて失ってしまうくらいなら、人間である必要などない。
だから……この囁きを、受け入れよう。
『壊したい』
『殺したい』
『奪いたい』
『壊したい』
『殺したい』
『奪いたい』
『全部全部全部全部……壊したい』
『全部全部全部全部……殺したい』
『全部全部全部全部……奪いたい』
心の奥から、ぞっとするような暗く激しい何かが押し寄せてくる。
「ああ、そうしよう。それがいい。そうでなくてはならない……だから、来い」
俺の声が空に吸い込まれた直後、満月の光が小さく陰り、何かが夜空を裂いて降ってくる。
それは俺があの戦いで失ったと思っていたモノ。
愚かな思い込みで、遠ざけていたモノ。
この世全ての悪に絶望と死を与えるモノ。
──『
聖剣などと呼ぶことが憚られる、おぞましい死の力を持った、俺の相棒。
そいつが、不機嫌そうに俺の足元に突き刺さった。
稲妻のような紋様を赤く明滅ながら、強く囁く。
壊せ、殺せ、奪え! ……と、俺に催促してくるのだ。
「わかってる。行こう、ロニを取り戻す」
『
修道服を着こみ、
張られていたか。
「やはり生きていたぞ……悪魔め」
「はやく【勇者】様方に連絡を!」
「まずは取り押さえ──……ヴぁ」
適当に飛びかかって金梃を振り下ろし、命をもぎ取る。
「悪魔じゃねぇよ……〝
「何をいって──……」
二人目も、金梃を横に振るって吹き飛ばす。
遠くまで行ったな。軽いヤツだ。
向き直り、嗤って見せてやる。
「ヒッ……」
「で、【勇者】はどこだって?」
「やめっ、やめろォ!」
「俺に命令すんな」
さて、三人目もダメになってしまった。
どこの神を信奉しているのか知らんが、今日は殉教者がたくさんで喜んでいることだろう。
「よお、教えてくれよ。どこに【勇者】がいるかをさ」
「ヤツは手負いだ! 総員でかかれ! もう一度殺してしまえ!」
ああ、何だ? 話の分からん連中だ。まあいい、お望み通り殺してやる。
どうせ、全員生きて返す気もないし……恨み言は拝んだ神と【勇者】どもに言ってくれ。
* * *
「……【勇者】どもはどこだ」
群がる『神勇教団』の信徒の大半が、無残な挽肉に変わるまで五分と待たなかった。
それでもって、わざと残しておいた指揮官っぽい男に俺は質問をしている。
その辺の街で見かけても、すぐに忘れてしまいそうな平凡で無難な顔をした男は、かたかたと震えながら、俺を見ていた。
「ト、トラヴィの森に行くと……話しているのを聞きました」
「それで?」
「エルフの住処で、どうとか……あとは、知りません」
「……」
「ほ、本当です。これ以上は……!」
さっきまであんなに威勢がよかったじゃないか。
もっとハキハキ喋れよ。
「ロニは?」
「〝聖女〟様は……教皇様、【勇者】と一緒に、い、行かれたようです」
ロニを連れて、エルフェリアに? 何が狙いだ?
いや……隠されたエルフェリアに向かっている以上、狙いは一つだろう。
『ガデス』だ。どういう理由かは知らないが、奴らは『ガデス』を狙っている。
「も、もう……いいでしょうか?」
「ああ。死ね」
「ま、待って、待ってください! つ、妻と息子がいるんです! もう、『神勇教団』も抜けますか──……」
「ダメだ」
男に
「クソどもが。思い知らせてやるぞ」
そう独り言ちて、俺は鎧を探すべく燃え尽きた
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