第22話 バール、慟哭する。

「……ッ」


 目を覚ました瞬間、全身に激痛が走る。

 見ると、俺の身体は包帯だらけで、そこかしこに血が滲んでいた。


「ここは……?」


 確か、【勇者】どもに襲われて、それで俺は……。

 ぞっとする感触が広がり、思わず胸を確認する。


「大丈夫、生きておるよ」


 声の方向に顔を向けると、そこにはくたびれた三角帽子にダボついたローブの老魔術師が静かに佇んでいた。


「デクスロー……。俺は、どうなった?」

「一度、命を失った。今はなんともないがの」


 デクスローの答えに、俺は混乱する。

 それを見越してか、デクスローが説明を始めた。


「あの日、儂は間に合わなんだ。到着したのは、お主の首が刎ねられる直前じゃった。咄嗟に、禁忌の魔法を使い、お主の命を手繰り寄せた」

「禁忌の魔法?」

「この世にあってはならぬ魔法じゃ。お主が『白き者の行進』で死の淵に立った際でも使わなかったのじゃがな」


 もったいぶるデクスローに多少の苛つきを覚えたが、先に確認するべきことがある。


「何日たった。ロニは無事か?」

「……すまぬ」


 デクスローの声に、ベッドから跳び起きる。

 身体がきしみ、痛み、目の前がぐるりと回転した。


「少し落ち着くのじゃ、バール。まだ、棺桶から完全に出たわけではないのだぞ」


 デクスローが俺をベッドの上に戻す。


「死んだわけではない。ザガンの要請にあった通り、何かしらの目的があって〝聖女〟である彼女を連れて行ったようじゃ。今は、ダッカスが追っておる」

「【勇者】どもまで使って、何をしようってんだ……!」

「わからぬ」


 わからないことだらけだ。

 ただ、事実としてロニは攫われた。

 俺が敗北を喫したばかりに、奪い去られたのだ。


 ……絶対に守ると約束したのに。

 俺は、無能で無力だったのだ。


 後悔と怒りが、頭の中でぐるぐると回る。


「……今は休むのじゃ。動くべきときに動けぬでは、お主も悔いが残ろう。これを」


 手渡された小瓶は見覚えのあるものだ。


「これは……」

「『生命の秘薬エリキシルオブライフ』じゃ。ただ、お主は一度それを使っておるのでな。副作用で回復痛は相当なものになる。少しずつ含むように飲むんじゃぞ? 出ないと、痛みで気が狂ってしまいかねんからの」


 促され、ほんの少し口に含んで嚥下する。

 同時に全身が骨折したかのような痛みに襲われた。


「ぐあっ……」

「言わんことではない。今の半分でよい。痛みが引いたら、少しずつじゃぞ」

「ああ、わかった」


 デクスローが部屋から出ていき、俺は窓の外を見る。

 暗いと思ったら、今は夜か。


「待ってろ……ロニ」


 独り言ちて、ベッドから起き上がる。

 さすがは『生命の秘薬エリキシルオブライフ』だ。

 瞬間的な痛みは地獄のような苦痛だが、立てるくらいには回復した。


 ……歩くのも大丈夫そうだ。


 休めと言われたが、準備はしておかなくては。

 小屋敷に戻れば鎧がある。

 ロニが護身にと買ってくれた割と業物の戦斧も。

 ボッグさんが打ってくれた金梃バールは折れてしまったが、得物と鎧は最低でも必要だ。


 身体を引きずるようにして、部屋を出る。

 デクスローはいない。俺が目覚めたことを知らせに行ったのかもしれない。

 外に出ると、場所がわかった。


 トロアナの防壁そばにある衛兵の詰め所だった小屋だ。

 クライスが「何かに使うかもしれない」と購入したもの。

 俺を隠すにはいい場所ってわけか。


 防壁に沿って、小屋敷に向かって歩く。

 トロアナの中央部は人の目があるし、もしかしたらまだ『神勇教団』の奴らがいるかもしれないからな。


 満月の光が降り注ぐ星空の下、休み休み俺は歩いていく。

 時々、『生命の秘薬エリキシルオブライフ』を一舐めして激痛にのたうちながら、ようやく俺はたどり着いた。


 ……たどり着いたはずだ。


 見慣れた景色がある。

 井戸と、小さな池、それに家庭菜園。

 踏み固められた土の道。


 だが、そこにはなかった。


 俺の帰るべき場所が、見当たらない。


「なんだ……なんだってんだ……」


 月光に照らされているのは、かつてそこに在ったモノの残渣だけ。

 だが、焼けて黒くなった柱、崩れた屋根、わずかに残るカタチは、俺の帰るべき場所の面影を残していた。


「あ……ああ……ああああッ!」


 膝をついて頭を抱える。


 何もかもを壊された。

 何もかもを失った。

 何もかもを奪われた。


 ロニも!

 帰るべき場所も!


「何が〝ロニの勇者〟だ! これじゃあ、何もならないじゃないかッ! 何も守れちゃいない!」


 膝をついて、空を見やると涙で滲んだ月がぐにゃりと揺れた。


「どうしてこうなった? 俺が【勇者】でなく【狂戦士】だからか!? それとも、奴らが『正義』だからか!?」


 俺からロニを奪うような者達が、奴らが『正義』?

 そんなものが正しさか?


 幸せだった。

 温かだった。

 穏やかだった。


 それを、俺から奪い去る者が『正義』だというなら……俺はいまから『悪』になろう。

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