第21話 ロニ、帰りを待つ。

(ロニ視点です)


「バール、遅いな……」


 心配してくれるのはうれしいんだけど、『バールに何かあったら』ってわたしが心配するのも、もう少しわかってくれたらいいのに。

 そもそも、『神勇教団』がわたし達に会いに来たなら、ナブリス大司教が来ていたっておかしくない。

 こう見えて、わたし〝聖女〟なんだし。

 知らない仲でもないのだから、交渉事はわたしも出向いた方がよかったんじゃ……?


「ん……? バール?」


 玄関扉がノックもなく開かれた。

 この家にノックなく入るのは、わたしとバールだけ。

 だって、二人の家なんだし。


 でも、姿を見せたのはバールじゃなかった。

 痩せぎすで背ばかりがひょろりと長い病弱そうな男。

 教会本部では、性格の不一致甚だしくて避けていた。


「安っぽい住まいだ」

「ナブリス大司教……!」


 勧めてもいないのに勝手に椅子に座ったナブリスが、偉そうに足を組む。


「今は『神勇教団』の教皇だよ。旧教会とは袂を分かったのでね」

「その教皇様が何の用なの? それに一体何をしようとしているの? サルヴァン様に迷惑をかけないで!」

「あの軽薄な男の話をするな」


 むっとした表情になったナブリスが、苛ついた様子でわたしを見る。

 相変わらず、子供っぽい。偉そうにしている割に、思い通りに行かないと癇癪を起こすあたり、まだそこらの子供の方が聞き分けがいい。


 だいたい、その表情をしたいのはわたしの方だ。

 大変な時に王国をひっかきまわして、サルヴァンに心労をかけるなんて。


「まあいい。君を迎えに来たのだよ、ロニ。真の〝聖女〟たる君をね」

「……何言ってるの?」


 ザガンから身柄を渡すよう要請があったとは聞いていたが、まさか家まで直接乗り込んでくるなんて非常識もいい所だ。

 そもそも、わたしはこれで教会所属の【聖女】なのだから、力を借りたいというなら教会を通すのが筋だろう。


「行くわけない。あなたは信用できないもの」

「随分嫌われたものだ。君を最も正当に評価しているのは私だと思うがね」

「誰も評価をしてなんて頼んでない」


 またもや顔を険しくするナブリス。

 幼稚なのだから大人ぶって余裕を出すのなんかやめればいいのに。

 向いてないよ、そういうの。


「ロニ・マーニー。君には大いなる価値がある」

「わたしの価値はわたしとバールが決めるわ。関係ないあなたが口を出さないで」

「そうもいかないさ。世界の平和のためには君という人が必要だ。それに、拒否権はないのだよ……」


 ナブリスの瞳が怪しく光る。

 咄嗟に心を固く閉じて、抵抗レジストする。

 おそらく、精神に作用するだ。


 ……そして、この感覚には覚えがある。


「やはり、一筋縄ではいかないか。まあいい、恭順を刻むのはおいおいやればいいだけの話だ」

「あなた……ッ! 『コア・ズヴェン』の力を……!」


 わたしの言葉に、ナブリスが口角を釣り上げる。


「気付くか? ああ、リードリオンに同じ手を使われたのかな?」

「そんな危ないものを使って! 一体何を企んでいるの?」

「私はね……この世界の事を憂いているんだよ」


 ナブリスの言葉に唖然とする。

 今まさに、〝淘汰〟の力を操っておいて、世界の事を口にするその精神が全く理解できない。


「何を言っているの!?」

「だってそうだろう? 人々は魔物モンスターや飢饉に怯え、『王国』などという狭い土地に押し込められている。これが哀れと言わずして何という?」

「……どういう意味?」


 そう問いながらも、隙を窺う。

 そろそろ小屋敷ここを脱出しよう。

 バールには待っていろと言われたけど、『敵』に踏み込まれた以上は安全地帯じゃないし。

 何より、『神勇教団』が……ナブリスが『コア・ズヴェン』を持っていて、それを操っているという情報を知らせないと。


「知っているかね、ロニ。古代、人間は最も優れた生き物だった。まさに世界の支配者だったのだよ。優れた王の下、何に怯えることもなく、飢えず、安楽に生きていた」


 恍惚の表情で語るナブリス。

 どこかで……聞いた話だ。


「私に従うのだ、ロニ・マーニー。『ガデス』の王ナブリスは、真なる支配者としてこの世界の神となる! その礎となるのだ!」

「狂ってる……!」

「狂っているのはこの世界だ! 原始的で野蛮。私が『ガデス』を呼び起こせば、人間は永遠の繁栄を取り戻す! 幸せになるのだ! そう……私という支配の下にね……!」


 どうやら、完全に狂ってるみたい。

 権力に固執するきらいはあったけど、ここまでおかしな人間じゃなかった。

 それに、『ガデス』の情報を知っているなんて……!


「わたしはそんなの手伝わない。バールと一緒にいるのがわたしの幸せだから」

「アレは死んだよ」


 ナブリスがテーブルの上に、ばさりと何かを放り投げる。


「これ……ッ!」


 わたしが編んだ、マフラー……!

 バールがいつもつけてくれていた、プレゼントしたあのマフラーだ。

 血がべっとりとし染み込んでいて、模様がわからないくらいに汚れている。


「バールに、何をしたの……?」

「さっきも言っただろう? 殺したんだよ。私の計画には、必要なかったからね」

「バールが死ぬわけない!」

「そうかね? 首でも持ってこさせようか? とても乙女に見せられるようなものじゃなかったからそれにしたんだが」


 足が震えて、冷たい感覚が背筋を通っていく。


「おや、ようやく揺れたね? 最初からこうすればよかったか。くくく」


 恐怖と悲しさが作った心の隙間におぞましい感覚が流れ込んでくる。

 ダメだとわかっていても、不安と焦燥感にそれが入り込んで、心をねじり、歪めようと蠢く。

 心の奥底に張り付こうとするその『紅い何か』を、何とか押し留める。


「受け入れたまえよ、ロニ・マーニー。君は聖女だ。丁重に扱うとも。君には役目がある」

「絶対に、許さないんだから……!」


 膝をついて必死の抵抗をする私を、ナブリスが嗤う。


「好きなだけ抵抗するといい。どれだけ耐えられるものか、ゆっくりと愉しませてもらうよ。くくく……ははははッ!」

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