第20話 バール、【勇者】と戦闘する。

 くそったれが、こいつもリードと同じタイプか。

 なんだかだと口上を並べ立てていたが、つまるところ根っこは一緒だ。


「テメェはいらないとさ! さっさと……死んでくれないかッ!」


 迫る斬撃を、背中から引き抜いた金梃でいなす。

 練度自体は低いが……なんてパワーとスピードだ。

 尋常じゃないぞ、これは。


 しかも、あのよく切れる青い刀身の剣。

 もらったらただじゃ済まなさそうだ。なにせ、今日の俺は鎧をつけてきていない。

 こんな事になるならフル装備で出かけるんだった。


「やるじゃないか? さすが偽でも勇者を名乗るだけのことはある」

「お前みたいに喧伝してるわけじゃねぇよ、俺は。ロニが〝聖女〟だから俺が〝勇者〟をやるだけだ」

「それも今日でおしまいだ。ロニ・マーニーはおれのモノになる」

「クソ野郎がぁ!」


 怒りに任せて『狂化』のギアを一段上げる。

 俺を斬るために迂闊な踏み込みをしたフルニトラの懐に逆に踏み込んで、がら空きのどてっぱらに、渾身の一撃をお見舞いする。


「ゴフゥ……」


 真銀ミスリル製らしい鎧が砕けて陥没し、くの字に折れたフルニトラが広場を派手に転がっていく。

 くそったれ、頑丈な奴だ。まだ死なないとは。

 それも【勇者】のスキルか?

 まあ、いい……底は知れた。このまま殴ってとどめを刺してやる。


 そう考えて広場を横切ろうとしたその時、頭上に殺気。

 飛び退った直後、俺がさっきまでいた場所に戦斧が叩きつけられた。


「チィ……ッ! 仕留めそこなったか」


 斧を引き抜いて、肩に担ぐ筋肉隆々の大男。

 俺より頭一つはでかい。


「ゴダール!」

「いい様だな、フルニトラ。こいつの首は俺様がいただくぜ!」


 筋肉だるまのくせに、速い……!

 いや、上手いのか。距離の詰め方が、独特で逃げ場が少ない。


「パワー自慢のようだが、この【勇者】ゴダール相手にどこまでやれるかな?」

「パワー自慢はお前だろうにッ!」


 ……またも【勇者】か!


 金梃で戦斧と打ち合う。

 負けちゃいないが、一撃一撃が重すぎる。

 筋肉だるまゴダールの背後では、フルイトラが立ち上がっているし二対一になったら押し負けちまう。


「オラァ!」

「ぐが……!」


 斧をいなして体勢を崩したところに、膝を入れてやる。

 ベキっと、指の骨が折れた感触があった。


「オオオッ!」


 斧を取り落とし、体勢を崩したゴダールの頭部に金梃を叩き込む。

 鉄の塊でも殴ったような鈍い衝撃。いくら額の骨が分厚いと言っても程度があるだろうに。

 しかし、効果はあったようだ。


「がぁ……」


 膝をつくゴダール。

 いいところに頭があるじゃないか……砕けるまでぶっ叩いてやる。


「……ッ」


 金梃を振り上げたところで、右脚に痛みが走る。

 ちらりと視線をやると、太矢クィレルが深々と突き刺さっていた。

 【勇者】の仲間の仕業か? いったい、どこから狙撃されたんだ?


「お二人とも油断しすぎでは?」


 方向の定まらない声が、広場に届く。


「うるせぇ、根暗野郎が」

「フヒヒ、助けて差し上げたのに何たる言い様」


 ゴダールが、立ち上がって斧を担ぎ上げる。

 頭を吹き飛ばすつもりでぶん殴ったのに、なんて頑強さだ。


「こうなったら、三人で仕留めるぞ! パキーノ、ヤツの足を止めろ!」

「最初から仕留めるつもりですよ、ボクはね……」


 どこからともなく、そして四方八方から矢が飛来する。

 弦を弾く音すら聞こえないのに、まるで至近距離で放たれたような速度と鋭さ。

 パキールと呼ばれた奴も、【勇者】ってわけかよ。

 俺を仕留めるのに【勇者】を三人とも投入してくるなんて……油断したのは俺の方だったか。


「くっ」


 何とか矢の雨を避けようとするが、数本が脚に命中する。

 いや、この腕からして致命傷を避ければそう命中するように計算されたものかもしれない。

 ヴィジルみたいな真似をしやがる。


「もらったァー!」


 矢の雨をしのいだところで、タイミングを見計らったように筋肉だるまゴダールが突っ込んでくる。

 足回りがやられたせいで、踏ん張りがきかない。


「くぅ……!」


 何とか金梃で戦斧を防ぐが、じりじりと刃が迫ってくる。


「正直、天晴よ。我ら【勇者】三人を相手取ってここまで戦えるものはおらんだろうな! ……だが、ここで終わりだ!」


 直後、【勇者】の膂力がドワーフの業物を上回った。

 金梃が砕け、戦斧の刃が深々と俺の肩を抉る。


「くそ……がッ!」


 ゴダールに力いっぱいの蹴りを加えて、その反動で後ろに飛ぶ。

 距離を取らなくては、二つに切り裂かれてしまう。


「残念だが、『正義』は勝つ……!」


 着地の直後、背後から衝撃が走る。

 視線を落とすと、俺の胸から青い刀身の先が覗いていた。


 激痛と息苦しさ、喉を上がってくる血の感触で意識が朦朧とする。


「あ……ぐ……」

「そろそろくたばれよ、偽勇者。〝聖女〟はおれ達のモノだ」


 剣を引き抜かれると同時に、俺の身体は石畳に放り出された。

 指一本動かせない。ただ怒りだけが湧き上がり、それも無力感へと変わっていく。


 間もなくして降り出した春雷の雨の中、俺の意識は血と一緒に雨に溶けていった。

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