第19話 バール、【勇者】と対峙する。
トロアナ中心部……冒険者ギルド前の広場には、大きな人だかりができていた。
俺はその中に紛れて、中心で何やら演説をしている『神勇教団』の様子を窺う。
「おれは『神勇教団』の【勇者】フルニトラ! 真の救世を成す者である!」
中央に立つのは、見るからに高価な装備に身を固めた茶髪の男。
あれが、『神勇教団』の勇者の一人か。
まだ若いが、なかなか精悍な顔立ちをしている。
「このトロアナの地に、〝聖女〟ロニ・マーニーがいると聞きおよび、迎えに参上した! 誰か知る者はいないか?」
やはり俺達に用事か。
しかし、何でこんなところで演説をしているんだ? こいつは。
「──バールという男の所在でもいい! この男は、〝勇者〟を騙って〝聖女〟を拐かした大罪人であり、教団から捕縛命令が出ている」
……おっと。いきなり雲行きが怪しくなったぞ。
俺に捕縛命令? どうやら本当に教会とは系統が違うんだな。
「昨今の魔物の増加、それによる被害はこの男の罪によるものである! 私利私欲によって〝聖女〟を我々から遠ざけ、世界の平和を乱したのだ! 万死に値する!」
ざわつく野次馬に向かって、フルニトラが声を張り上げる。
トロアナの住民にしても、困惑顔だ。
「そりゃ、間違ってるんじゃないかい? あの二人は仲のいい夫婦だぞ? 拐かしに合ったような様子じゃないぜ」
懇意にしてる肉屋の店主が、否定の声をあげると周囲のざわつきもそれに追従する。
「むしろロニちゃんがバールさんにベタ惚れって感じだよねぇ」
「〝聖女〟様はメルビン伯爵家のお嬢様じゃなかったっけ?」
「バールさんは筋の通った男だ。そんな悪どい真似するはずがないよ」
「黙れッ!」
ざわつきに向かって手を払い、怒声に似た声を張り上げる【勇者】フルニトラ。
一般人に殺気をぶつけるなんて、やりすぎだ。
「〝聖女〟は〝勇者〟を助け、支えるもの……個人的な感情で〝聖女〟を拐かした結果が、今の
熱弁を振るうフルニトラに、野次馬たちも黙らざるを得ない。
一見、その理論は正しそうに見えてしまうからだ。
「……そんな理由で、世界が滅んでもいいのか? 諸君らは」
静まり返る野次馬たち。
このフルニトラという男……なかなかの演技派だ。
「否! 故におれは真の救世の為、〝聖女〟ロニ・マーニーを迎えに来た! この中にも
「私は
「オレの故郷は
「フィニスの『白き者の行進』で商売を畳む羽目になった……」
野次馬の中から声が上がると、フルニトラは鷹揚にうなずく。
「聞いたか? 諸君。これがバールという者の罪だ。そして、このままにしておけば、同じ悲しみが諸君を襲い、世界は滅びることになる! 大きな脅威が迫っているのだ! その為に我ら『神勇教団』は立ちあがったのだ!」
所々からぱちぱちと控えめな拍手が上がり、やがてそれは周囲に波及していった。
「なんだってんだ……? 俺が罪人だと? マーガナスみたいなことを抜かしやがる」
いずれにせよ、『神勇教団』が……あるいは、それを裏で操る何者かが、俺とロニを嵌めようとしてるのは確かだ。
いずれにせよ、いかにも強硬手段も辞さなさそうな【勇者】から離れるとしよう。
ロニに報せ、身をひそめるなりの対処を取らなくては。
「いたぞ! 世界の反逆者バールだ!」」
野次馬の中から誰かが飛び出してきて、俺の肩をつかんだ。
反射的に腕をつかみ上げて、ぶん投げてやる。
そいつは、教会の僧衣に似た服を着た見覚えのない男だった。
そして、そいつと同じ服を着た者たちが野次馬を縫って現れ、俺を取り囲んだ。
「お前らと争うつもりはない」
今のところはな。
さしあたっては『ズヴェン』の脅威があるのだ。
本当に世界の平穏を望んでいるなら、くだらないことはやめてほしい。
「世界をこうまで追い詰めておいて抜け抜けと……! 貴様のせいで一体どれだけの人が苦しみを味わったかわかっているのか!」
「知るか。だいたい、『白き者の行進』では姿を見せなかった【勇者】がデカい顔すんなッ」
気当たりを飛ばしてやると、包囲を縮めようとした僧衣の連中が一歩下がる。
「だいたい、どうしていまさらロニに拘る。おたくのナブリス教皇とやらは元は教会の大司教だろう? 世界の危機とやらについて何も聞いていないのか?」
曲がりなりにも教会の上層部にいた人間だ。
それに世界の危機云々と口に出すのなら、『ズヴェン』についての情報が入っていてもおかしくないはず。
「旧教会は〝聖女〟を偽っていた! 真の〝聖女〟であるロニ・マーニーを隠匿し、世界の平穏を脅かしたのだ。故に、ナブリス様が真なる救世を進めるべくお立ちになったのだ!」
言葉が終わると同時に、剣を抜くフルニトラ。
「街中で危ないもん抜くんじゃねぇよ」
「痴れ者の命乞いに耳を貸すつもりはない! これは聖戦であるッ!」
「芝居がかった科白をッ!」
踏み込んでくるフルニトラの斬撃を、紙一重で避ける。
……速く、鋭い。
【勇者】というジョブは伊達ではないようだ。
「ヒェ! 逃げろ!」
「巻き込まれるぞー!」
巻き添えを恐れた野次馬が我先にと、広場から逃げようと動く。
あっという間にパニックになった広場で、フルニトラはお構いなしに青い刀身の剣を振るう。
石畳をバターみたいに切り裂く斬撃は、【勇者】のスキルだろうか。
「やめろ! 【勇者】だろうが!」
「ふん、細かいことを言うなよ」
フルニトラの雰囲気が変わった。
先ほどまでの精悍な顔つきはどこへやら、その表情はあまりにも下衆じみている。
「聖女はおれが頂く。おれが真の勇者になるんだ」
「なんだと……ッ」
「ナブリス様に約束してもらったんだ。〝聖女〟を手に入れれば真の勇者にしてやるってよ。そしたらさ、おれは王になれるんだッ!」
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