第15話 フルニトラ、【勇者】となる

【フルニトラ視点】


「フルニトラ。今日限りでお前にはパーティを抜けてもらう」

「なんだって!?」


 パーティリーダーであるファルブの言葉に、思わずテーブルを叩く。

 端に置いてあった空の樽ジョッキが床に落ちて、乾いた音を立てる。


「どうしてだよ!?」

「どうして? そんなこともわかんねぇのか? 申告していただけの実力も『冒険者信用度スコア』もない上に、ラーナに言い寄って雰囲気を悪くしたのはお前だろう!」

「ラーナの事は、関係ないだろ!」


 確かに少しばかり『冒険者信用度スコア』を多めに申告はしたが、おれの実力ならその程度はあってしかるべき値だ。

 冒険者ギルドの連中が正確に査定しないのが悪い。


 ラーナの事だって、とやかく言われる筋合いはない。

 そもそも、気のあるそぶりをしたのはあいつだし、おれは気持ちに応えてやろうと思っただけだ。

 少しばかりサプライズを添えてやろうと部屋に忍び込んだことだって、想い合っていれば問題ないだろう。

 それなのに、あの女……ファルブと二股をかけてやがった。


「とにかく、お前は今ここでパーティから抜けてもらう。拒否するなら、リーダーとして放逐キックさせてもらうだけだ」

「何でだよ!」


 まったくどうしてだ。

 どうして上手くいかない?

 おれは努力してるし、結果も出してる。

 それこそ、〝勇者〟候補に名前が挙がったっていいくらいだ。

 ……なのに、こんな風にしてパーティを追い出されるなんて間違っている。


「さぁ、返事を」

「……チッ。抜けりゃいいんだろ。くそが」


 渡されたパーティの申告用紙にサインをする。

 わざわざ正式な用紙まで準備するなんて準備周到なことだ。


「じゃあな。お前、相当評判悪いぜ」

「うるさい。おれにこんなことをして後悔しても知らんぞ!」

「今後はラーナに近づくなよ、クズ野郎」


 去っていくファルブの背中にジョッキをぶつけてやろうとして……それが床に落ちていることに落胆した。

 くそったれ。何もかもうまくいかない。

 クズ野郎だって? てめぇにおれの何がわかるってんだよ。


「おれは〝勇者〟にだってなれる男なのに……!」

「あなたは、〝勇者〟になりたいのですか?」


 酔った勢いと苛立ちでこぼれた独り言に、誰かが反応を返した。


「おう、なりたいね。〝勇者〟になっておれは世界を救うんだ。金と女と名誉に囲まれて、おれらしく生きるんだ」

「すばらしい。あなたのような人こそ、〝勇者〟に相応しい」

「だろ? で、あんた誰だ」


 背後の声の主を振り返ると……豪奢な司祭服を着た安い酒場には似合わない男が、にこにことした笑みを浮かべて立っていた。


「失礼。私はナブリス。神の教えを説く者です」

「【僧侶】か? それとも【司祭】か? どっちにしろ、パーティの誘いなら大歓迎だぜ」

「いいえ、フルニトラ君。あなたは〝勇者〟となるのです」


 酒が回ったのか? ぼんやりしてきた。

 紅い光が入り込んできて……ああ、きれいだ。

 望み? 願い?

 ──ああ、そうだ。そうとも。

 おれは〝勇者〟になりたい。


 そうすれば誰もおれをバカにしない。笑わない。虐げない。拒まない。苦しめない。悲しませない。辱めない。踏みにじらない。

 そして……おれが受けてきたこの屈辱を……全部、何もかもを突っ返してやる。


「素晴らしい。君こそ、〝勇者〟だ。フルニトラ君」


 その言葉を聞いた後、おれは紅い光に意識を沈み込ませていった。



 * * *



 あれから、一ヵ月がたった。

 そう、あの屈辱的な追放劇からまだたったの二週間だ。

 おれは『冒険者信用度スコア』を何倍にも伸ばし、いまやBランク冒険者……貴族からの依頼も舞い込む、いわば上級冒険者となった。


 だが、それ以上におれは確固たる地位を確立している。

 なにせおれは、【勇者】なのだから。


 王国や教会が定義する称号としての〝勇者〟ではない。ジョブそのものが【勇者】に適性変異したのだ。

 それに伴い、おれの実力は以前とは比べ物にならないほどに高くなっていた。

 これがおれの真の実力なのだから、当たり前なのだが。


 ソロで依頼クエストをガンガン攻略して回るのは、実に爽快だった。

 おれの事を面倒そうに見ていた冒険者ギルドの受付嬢が目の色を変えておれを誉めたてるのは滑稽で……腹が立った。

 まあいい。こいつも抱き心地はいいしな。


 それで、今はバカの相手をしている。

 【勇者】として忙しいおれだが、昔のよしみで酒に付き合ってやれば……まったく、話にならない。


「なぁ、フルニトラ。パーティに戻ってこないか? 今のお前なら、うまくやれるだろ?」

「は? 何言ってんだ。追い出したのはお前だろ、ファルブ」


 何を意外そうな顔をしているんだ。

 放逐キックまでちらつかせたのはお前じゃないか。


「お前が【勇者】だなんて知らなかったからさ。ラーナも過去の事は忘れるって……」

「お前さ……なんで上から目線なんだ?」

「え?」

「おれは【勇者】でB級冒険者だぞ? C級のお前らが『パーティリーダーをしてください、フルニトラさん』って頭を下げてしかるべきじゃないのか?」


 悔し気に顔をしかめるファルブに心が躍る。

 ああ、心底愉快だ。これが見たかった。


「おれはパーティの誘いに困っちゃいない。それにお前らは一回おれを追い出してるんだ。戻るならそれ相応の礼儀ってものを見せてもらわなくっちゃな」


 ま、こいつらのパーティが落ち目なのも、おれが受付嬢から手を回して『冒険者信用度スコア』を稼ぎにくくしたからなんだが。

 当然だ。このおれにあんな仕打ちをしてやっていけると思う方がおかしい。


「フルニトラ、さん。俺達のパーティのリーダーを……してくれませんか……!」

「それだけか?」

「お願い、します」


 床に這いつくばる元パーティリーダーファルブを見て、ようやく俺は許す気になった。


「いいだろう。だが、おれの言うことは絶対だぜ? 二回目はないと思えよ?」

「……」

「でも、よかったじゃないか。今日からお前たちは【勇者】パーティの一員だ。おれに任せとけば、冒険者生活、安泰だぜ?」


 ファルブの頭をつま先でつつきながら、こいつらにどう罰を与えてやろうかと心の中でおれは笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る