第14話 バール、帰路に就く


「落ち着いたか? デクスロー」

「ああ、取り乱してすまなんだの」

「いや、いいんだ。俺だってぶっ殺してやったリードが生きてたなんてことになれば、心を乱すかもしれないしな」


 瓦礫に座って年相応に萎びた様子のデクスローの肩を叩く。


「ね、エマ=ス。聞きたいことがあるの」

「何かしら、ロニ」

「わたしが感じてるこのざらついた不快感は……『ガデス』なのかな? それとも『コア・ズヴェン』に対するもの?」

「両方だと思うわ。でも……『コア・ズヴェン』そのものを〝淘汰〟と感じるのは難しいかもしれないわね」

「どういうこと?」


 エマ=スが廃墟の地面を見る。


「『コア・ズヴェン』の本体はこの下に在るわ。今は不活性だけど、存在自体は感じられるはず」

「うん……大きな、気持ちの悪いものがある」

「でも、それはあなたを逆なでしないでしょう? だから、きっと過去と同じなのよ。誰かが、『コア・ズヴェン』を使った時に、〝淘汰〟の気配が漏れる。欠片か何かを使っているのだと思うけれど……それでも地脈レイラインかに接続して、純魔力トゥルーマナを汲み上げていることに違いはないもの」


 難しい話はよくわからないが、早い話が過去の遺物を使って、同じ過ちを繰り返そうとしている馬鹿がいる。

 その内の一人は、元身内で俺がすでに殺した。

 だが、ズヴェンそのものを俺は取り逃していたらしい。


 ……何が〝勇者〟だ。情けない。

 そんなものを残しておくから、ロニの心をざわつかせる羽目になったのだ。


「何にせよ、一回目の使用は防げなかったが叩き潰した。だが……」

「いま、使ってる人がいるってことだよね」


 俺とロニの言葉にエマ=スが頷く。


「私はこのガデスを抑えなくちゃいけないから、人界をお手伝いできないわ。そっちは、デクスローとあなた達に任せるわね。ほら、デクスロー。しゃんとしなさいな」

「う、うむ……」


 促されてデクスローが立ち上がる。

 老人に手厳しいことだが、その裏にある信頼や愛情は痛いほどに伝わった。

 この強大な力を持つ白竜が、こうまで信用するのだ。

 この老魔術師はそれに値する結果と力をこれまで見せてきたのだろう。


 そして、きっとそれは俺達の大きな助けになる。


「このまま力を使われ続けたら、『ガデス』の『コア・ズヴェン』本体が目を覚ますかもしれない。そうすると、もっと怖いことになるわ。よろしくね、三人とも」

「ああ、そもそも俺達人間が蒔いた種のようだしな、何とか手を打ってみせる」

「うん。ありがとう、エマ=ス。いろいろ教えてくれて」


 ロニがぺこりと頭を下げると、エマ=スが目を細めて笑った。


「いいのよ、ロニ。がんばって! でも無理をしないでね? バール、あなたロニをしっかり守るのよ?」

「わかってるさ」


 苦笑しながら返事をする。

 どこか母親のような口調に、少し故郷が懐かしくなってしまった。

 貧しくて、泥臭い場所。

 だが、よくよく思い出してみれば緑が深く、山には恵みが溢れ、飢える事はなかったし、穏やかで温かな場所だったように思う。

 もし、このまま『ズヴェン』が使われ続け、『ガデス』が起動してしまえばそれも失われてしまうのだ。


「さぁ、デクスロー。二人を送ってあげて。黒枝氏族のエルフたちにもよろしくね」

「うむ。急に押しかけてすまなんだな」

「何言ってるのよ、デクスロー。また、会いに来てほしいわ」

「約束するとも」

「きっとよ?」


 エマ=スの鼻先に抱擁するデクスロー。

 妙な話だが、デクスローの身体に頬ずりするエマ=スはまるで可憐な少女のように思えた。

 それほどに、二人は信頼し合っていて……きっと、想い合っているのだろう。

 何もかも解決したら、デクスローと一緒にまたここにこよう。


 白竜が何を喰らうのかはわからないが、きっと食事を持ってきてお祝いをしたらいい。

 エルフたちも誘って。


「待たせたの」


 別れを済ませたらしいデクスローが、こちらに向き直る。


「帰りは一瞬じゃ。入るのは難しくとも、出るのは容易い……儂ならばの。<転移テレポート>の魔法を使う故、注意せよ」


 呪文を唱えながら、デクスローが杖を振る。


「ロニ、バール。しっかりね。気を付けて。〝あなたの歩く道に幸福がありますように〟」


 ふわりと身体に魔法の光が触れる。

 <祝福ブレス>の魔法だ。


「いずれ、また会いに来る」

「またね、エマ=ス」


 二人で手を振ると、エマ=スは器用に片方の翼だけを広げてふわりふわりと振った。


「では、しばしの別れじゃ。エマ」

「ええ、デクスロー。次に会えるのを楽しみにしているわ」


 二人の言葉がかすれて消えて……俺達は気が付くとエルフェリアの遺跡の前に立っていた。

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