第13話 バール、金色姫と出会う。

 美しい生き物が、広場に鎮座していた。

 見上げるような巨体だが、威圧感は感じない。


 全身が真っ白でふわふわした毛におおわれた……竜。


「わたし、ロニ。あなたは?」


 物怖じしない様子で、ロニが会釈する。


「私はエマ=ス。『金色姫』といったほうが通りがいいかしら?」

「エマ=ス? ……金色の聖女エマ=シュ!?」

「あら、そんな風に伝わっているのね。こんにちは、かつての私と同じ太陽の髪を持つ子」


 少し言葉を発するだけで風が起こるほどでありながら、まったく恐ろしさを感じない。

 この巨大な魔物モンスターに対して、まったく警戒心を抱けずにいるのは何かおかしい。特殊な能力だろうか?


「久しぶりじゃの、エマ」

「まあ、デクスロー。あなたったら全然来てくれないんですもの」

「すまぬの」


 白竜の足に腰かけ、背中を預けるデクスロー。

 気持ちよさそうだ。


「黒い髪がツンツンした子は?」

「……バールだ。すまない、少し驚いている」

「もう世界に竜は少なくなってしまったのかしら? 竜を見るのは初めて?」


 首をかしげる白竜は、どこかコミカルで可愛らしさすら感じる。


「いいや、何度かやり合ったことはあるが……。こんな風に話すのは初めてだ」

「そう。あんまり驚かないでくれると助かるわ」


 竜の表情などわかるはずもないのに、確かに微笑んだように思える。


「ね、エマ=ス。あなたは、〝聖女〟なの?」

「ずっと昔ね。まだ、あなた達『人間』と私たちが敵同士だったころだけど」


 遠くを見やるエマ=ス。


「さて、積もる話もあるが……まずは確認をせねばならぬ。この『ガデス』について」

「わかっているわ。確かに、活性化をしている。まだ抑えが効くけれども……末端では影響が出ているかもしれないわね」

「やはりか……」


 エマ=スの言葉に、デクスローが頷く。


「トラヴィの森とその周辺で、魔物モンスターの増殖と凶暴化が確認されておる。どこぞの施設が稼働しておるのやもしれぬ」

「地面に埋まってる部分までカバーできないわよ。そっちはあなたで何とかしてくださいな」

「むぅ……」


 まるで諭すようなエマ=スにデクスローがうなる。


「ねぇ、原因はなんなの? どうして、古代の〝淘汰〟が今も在るの?」

「デクスロー。どこまで説明したのかしら?」

「成り立ちと、過ちを少々」


 眉尻を下げるデクスロー。


「そうね、じゃあこの都市が地脈レイラインで機能していたっていうのは、もう知っているのね?」

「うん。純魔力トゥルーマナを汲み上げて空中に浮かせてたんだよね?」

「ええ。それを制御する『コア』が、この都市の中心にある。それはね、破壊できないのよ」

「破壊できない? どうしてだ? 〝淘汰〟なんだろう?」


 俺の質問にエマ=スは首を振る。


「〝淘汰〟はそれを作ったガデスの民。それに、『コア』は地脈レイラインと強く結びついていて、破壊すればどんな影響があるか……」


 まったくもって迷惑な話だが、俺達人間がやらかしたことであれば文句も言えない。


「ねえ、『コア』って何なの?」

「わからないわ。でも……」


 そう言い澱んで、エマ=スはデクスローを見やる。


「あれは、外世界から漂着した忌むべき存在じゃよ。あのようなものがあったこそ、人の欲望は肥大してしまった」

「外世界から……? すまんが、よくわからん言葉だ」

「バール、世界というのはの……ここだけではないのだ」


 その『ここ』の意味が理解できない。


「えっと、わかりやすく言うと王国の外の、さらに外側だよ」


 ロニがそう解説してくれたので、なんとなくイメージはついた。

 つまり、ものすごく遠くてことでいいんだろ?


 王国の外側は未踏破地域だ。

 人の侵入を拒み、時に王国に牙を剥いて人の生活圏を脅かす魔物の住処。

 そのさらに外側から訪れたモノであれば、人知の及ばぬ何かではあるのだろう。


「紅い光を放つ巨大な水晶。それは、人の願いに反応してそれを叶える力があった」

「願いを叶える……?」

「そうとも。かつての『人間』は脆弱じゃった。力も弱く、魔力も低く、知恵は足らず……他種族に虐げられ、魔獣の餌になるだけ。日々怯え暮らすような者が、そのすべてを逆転させる力を得たのよ。……どうなるかなど、わかるじゃろう?」


 力持たざる者が、急に力をつければどうなるか。

 復讐、増長、そして思考の飛躍。自己承認欲求の果て、それに支配されて無茶をする。

 今は亡きリードリオンがたどった道に似たことが起きるだろう。


 そこに思い至って、記憶が呼び覚まされる。


「紅い光……?」


 リードリオンを滅ぼしたときに見た、異様な命の赤い輝き。

 あれはどの命とも違う、異質なものだった。


(なんで、なんでだよォ! 僕が一番だろ? なぁ、ズヴェン! おい、ズヴェン! 僕を助けろ!)


 あの時、リードの奴はズヴェンという何者かに助けを求めていた。

 てっきり、新しい部下か何かだと思っていたが……そいつの話は、終わった後も聞いたことがない。


「ズヴェン……?」


 俺が漏らした言葉に、強い困惑と殺気が向けられた。

 白竜と塔魔術師、両方からだ。


「バール、お主……どこでその名を!?」


 普段の好々爺とした様子からは想像もつかない強い剣幕で、デクスローが俺に詰め寄る。


「リードの奴がよ、今際いまわきわに呼んでた奴の名だ。僕を助けろっ……てな」

「なんたる……なんたることか……」

「お、おい、大丈夫か? デクスロー」


 俺の胸倉をゆるくつかんだまま、デクスローが膝をつく。

 一体、どうしたっていうんだ。あんたらしくもない。


「バール、それこそが……人が手にした〝淘汰〟の名です」

「な……!」

「アレが、再び世界に在るのだとすれば……ガデスの活性化も説明がつきます。欠片か複製か、あるいはまた別のコアかはわかりませんが。おそらく、それはこの世界を再び大きな混乱と破滅に導くでしょう」


 エマ=スの口から語られる言葉は、ひどく重く俺達に圧しかかった。

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