第10話 バール、エルフの長老に会う

「やあ、お帰りなさい。ミスメラ」

「ただいま、おじい様」


 屋敷の前にいた老エルフが、ミスメラを見つけて柔和な笑みを浮かべる。


「当代の〝勇者〟と〝聖女〟を連れてきたわ。ついでにデクスローも」

「儂はついでか。久しいの、エウロン」


 デクスローのあいさつに、老エルフが笑って答える。


「随分と老いたな、デクスロー」

「お主は昔から爺ではないか、エウロン」


 やり取りを見るに、二人は気安い関係のようだ。

 ただの魔法使いではないと思っていたが、まさかエルフの長とすら面識があるとは。

 一体何者なのだろう、本当に。


「おっと、お客様を放り出してしまいましたな。私はエウロン。この黒枝氏族を取り仕切る者です」

「わたし、ロニ。ロニ・マーニー」

「俺はバール。よろしく頼む」

「ええ、よろしく。立ち話もなんですし、どうぞ中へ」


 俺達それぞれに握手をして、エウロンは屋敷に俺達を招き入れた。

 屋敷に入ると、そこには玄関ホールらしきものがあり……エルフ二人とデクスローが靴を脱いだ。


「靴を脱ぐの?」

「ええ、屋敷の中で靴は履かないわ。このマットの上に置いてちょうだい」


 ミスメラが示す先には、細い麻縄で編まれたらしいマットが置いてある。

 ロニと顔を見合わせて、言われた通りにブーツを脱ぐ。

 家にはいるのにわざわざ靴を脱ぐなんて、エルフは変わっているな。


「バールすごいよ!」


 足鎧のベルトを外していると、先に屋敷にあがったロニが興奮した様子で声を上げた。

 見ると、座り込んで何やら床を触っている。


「見て、床がぜ~んぶ、芝生なの」


 ようやっと足鎧を外して、屋敷へ足を踏み入れるとロニの言う通りだった。

 細く短い葉がさわさわと足裏に触れて気持ちがいい。

 なるほど、これは裸足で居ても大丈夫そうだ。


「気に入ったかな? さ、こちらにどうぞ。久しぶりのお客人だ。妻と娘に腕を振るってもらいましょう」


 エウロンの案内で屋敷の中を進む。

 どこもかしこも自然と調和したようになっていて、屋敷の中だというのを忘れてしまいそうになるほど開放的だった。

 通された広間も全体が芝生に覆われていて、寝転がったら気持ちがよさそうだ。


 そう思っていたら、デクスローがすとんとその場に座った。

 ミスメラやエウロンも同じく、床に座る。

 ……エルフの文化は謎だ。


「バール、ロニ。こっちにきて。慣れないかもしれないけど、エルフの生活では床に座るのが普通なの。クッションもあるけど……いるかしら」

「ううん。家の中で芝生に座れるなんて素敵ね、ミスメラ」


 ロニに引っ張られて、ミスメラの隣に並んで座る。

 芝生の上に座るなんて、何年ぶりだろうか。

 故郷の田舎ではよく川辺の芝生に寝転がったりもしていたものだが。


 しばらくすると、幼い容姿のエルフが数人、木皿を運んでやってきた。

 木の実や焼いた魚、ハム、それにパンまである。

 素朴ではあるが、豪華な食卓だ。


「とっても美味しそう!」


 並んだ料理に目を輝かせるロニ。

 その視線は蜂蜜酒ミードに集中しているが。


「エルフは果物しか食べないんだと思ってた……」

「バール。あなた、エルフに夢を見過ぎよ」


 ミスメラがそう笑うもんだから、小さなエルフたちも巻き込んで俺はいっぺんに笑われる羽目になってしまった。


「久方ぶりの人間の客人が、ユニークな人で良かった。こんな風に楽しいのは久しぶりの事です」


 笑ったエウロンが酒の注がれた杯を持ち上げた。

 倣って、俺も盃を上げる。


「新たな友人に」

「新たな友人に」


 杯を各々小さく触れさせ、酒を口にする。

 酸味のあるさわやかで滑らかな酒が、喉を滑り落ちていく。

 これは……うまい。


 ロニは早速おかわりをしている。

 頼むからエルフの長老の前で酔いつぶれたりしないでくれよ?


「エウロン。『ガデス』の様子はどうかの?」

「ミスメラに文を持たせたとおりです。少しずつですが、活性化の兆候が見られる」


 デクスローの切り出した話題に、エウロンが顔を曇らせる。


「原因については不明です。でも、あなたが来たという事は何かを感じたのでしょう?」

「うむ。故にロニ殿に出張ってもらったのよ。明日、『ガデス』に入るが……構わぬかの?」

「ええ、もちろん」


 デクスローとエウロンの間で何かしらの話がついたようだ。


「谷は超えられないんじゃなかったのか?」

「ちょっとした方法があってな。明日説明する……っと、勝手に話を進めてしまったがよかったかの?」

「俺はいいさ。『ガデス』とやらに興味がある。ロニは?」

「……?」


 エルフの蜂蜜酒ミードをリンゴ果汁で割っていたロニが、いかにも「聞いていませんでした」って顔を俺に向ける。いくら何でもくつろぎ過ぎだろ。


「明日、『ガデス』に行くらしいが、いいか?」

「うん」


 返事は短く、気はそぞろ。

 もう頭の中までアルコールに漬かっているらしい。


「しかし、『ガデス』に入って大丈夫なのか? 危険な場所だと聞いたが」

「なに、儂がおれば大丈夫よ。それに、お主らに会わせたい者もおるのでな」

「会わせたい者……?」


 そんな危険な場所に人が住んでいるってのか?


「明日になればわかる」


 質問を口にしようとした俺を阻止するように、デクスローが茶目っ気たっぷりの笑顔で酒を差し出す。

 注がれた酒を喉に流し込み、浮き上がった疑問を腹に収める。

 デクスローの言う通り、明日になればわかるのだろう。

 ならば、今はこの特別なエルフの都の歓待を楽しむべきだ。

 そう思い直して、俺はさっきから気になっていた蜂蜜酒ミードのリンゴ果汁割を自分の杯に注いだのだった。

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