第9話 バール、妖精郷を訪れる

 駆け出したちを助けてから、三日。

 監視哨を越えて、さらにトラヴィの森奥深くに俺達は足を進めていた。

 踏み入ったことのない森の奥地は、物珍しい動植物がわんさとあって、思わず足を止めたりしてしまった。

 そして太陽が中天を過ぎるころ、俺達は『行き止まり』にたどり着いた。


 それは、巨大な、谷。

 森の先がこんな風になっているなんて、思いもしなかった。


「ここまでくれば後少しよ」


 ここまで先行警戒を欠かさなかったミスメラが、少し緩んだ顔を見せる。


「すごい景色だね、バール」

「ああ。とてもじゃないけどロープや橋を架けようって幅じゃないな」


 谷の幅はバカバカしいほど広く、深さは深淵に飲まれてわかりはしない。

 まるで地獄の入り口のようだ。


「少し急いで移動しましょう。そうすれば、日が落ちる前に目的地に着くわ」

「ん? ここが『ヘグミナの谷』じゃないのか?」

「ええ、そうよ。でも、目的地はここじゃない」


 さて、当初の依頼内容はここのはずだったが……?」


「『ヘグミナの谷』には違いないがの、この谷と森の境界にエルフの里があるんじゃよ」

「そ。アタシたち黒枝氏族の都市、『エルフェリア』がね」

「エルフの都市か……! まさか実在していたなんて」


 それはまさに伝説の存在である。

 おとぎ話の中でしか聞かないような、夢の場所。


「そこに行けば、長老の話が聞けるわ。そうしたら、ロニもバールも何かわかるかもしれないでしょ」


 なるほど。

 勘を頼りに調査するよりも、現地民がいるなら聞き込みをした方が早い。

 それに……エルフの都なんて心が躍る。

 ぜひ行ってみたい。


「む、バールが鼻の下を伸ばしてる……」

「エルフは美女ぞろいだからの。ロニ殿はバールのベルトをしっかりつかんでおくことだ」

「誤解を招くようなことを言うなよ」


 苦笑して返す。

 大体、この絶世の美貌を持つミスメラを前にしたって、俺の愛は揺らがないのだから心配する必要などないだろうに。


「なぁ、デクスロー。この谷の向こうに在るのか? その、『ガデス』ってのは」

「左様。靄がかかって見えぬが、あの先に古代都市ガデスが存在する」

「さ、その位にして行きましょ?」


 歩き出すミスメラの後をついて、谷に添って歩く。

 魔物と遭遇することもなくスムーズに進んだ俺達は、数時間後、驚きの光景を目にすることとなった。


「ようこそ、エルフェリアに」


 森と谷の狭間に溶け込むように、その都市はあった。

 木々の隙間から小舟を突き刺したような奇妙な形の建物が並ぶ。

 一体どんな建材で作られているのか、それらは夕焼けを受けてキラキラと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「すごいね、バール……」

「ああ。これが、エルフの都か」


 ぽかんとしていると、ミスメラもデクスローも歩いていってしまい、うっかり置いてけぼりを喰らってしまった。

 ロニと二人で追いかけると、ミスメラとデクスローが振り向いて悪戯っぽく笑う。


「気に入ってもらえた様で何よりだわ」

「ああ、本当に驚いた。こんな場所がトラヴィの森の奥に在るなんて思いもしなかったな」

「わたしも。こんなきれいな街、見たことない」

「あれらはの、エルブライトという素材で作られておってな、自然のマナを取り込んで、何百年も住むことができるようになっておる」

「まさか……建物すべてが『エルフの真銀』なのか!?」


 思わず声が出てしまう。

 『エルフの真銀』は古代遺跡から出土する道具や武具に、ごくまれに使われている金属だ。

 魔力を帯び、軽く、壊れにくい。


「すごいの?」

「一塊あれば半年は遊んでられるぞ。ああ、この都市は隠されていて正解かもな」


 これだけの『エルフの真銀』だ。

 良からぬことを考えるものもいるかもしれない。

 そしてそれはエルフとの全面戦争を意味することになるだろう。


「ミスメラ様。おかえりなさいませ」


 巨大な門に近づくと、武装したエルフがこちらに駆け寄ってきた。


「ええ、何もなかったかしら?」

「はい。いつも通りです。そちらの方々は……?」

「お客人よ。通っていいかしら?」

「はっ」


 頭を下げるエルフの横をミスメラが通りすぎる。

 それに倣って俺達も門をくぐった。


「なあ、ミスメラ。エルフってのは人間嫌いって聞いたが、大丈夫なのか?」

「あら、デクスローは旧知の仲だし、あなた達は招かれたのよ。問題ないわ」


 ミスメラの言葉を肯定するように、エルフの住民たちはこちらに手を振ったり、興味深げな視線を送ったりしてくる。

 落ち着かないが、敵意は感じない。

 エルフってのはもっとツンケンしたもんだと思い込んでいた。


「バール、見て。あのおうちは木から生えてる。なんだか、変だけど普通……? いい言葉が見つからないや」

「ああ。何ていうか……自然だ」


 王都であったワイン伯爵ではないが、人工物と自然が調和していて違和感がない。

 人の営みの中にいるのに、まるで大自然に囲まれているかのような、そんな感覚だ。


「あら、バール。あなたって荒っぽいのにエルフの美的感覚がわかるのね」

「そりゃ褒めてんのか?」

「バールは獣っぽいから……?」


 ロニ、そりゃないだろ。


「エルフは長命ゆえ、自然との共存を重要視するのじゃよ。特にここのエルフはそうだの」


 エルフというのは人間の十倍以上も長く生きる神秘的な種族だ。

 ドワーフも長生きだが、エルフほどではない。

 人間社会に出てこないことも相まって、その神秘性は高く……危険にさらされやすい。

 ミスメラが俺達の護衛に来たというだけで、今回の案件が重要なのがわかるくらいに。


「バール、深刻そうな顔をしないでよ。長く引きこもってるだけで、あなた達とそう変わらないわ。ただ、人が怖くて距離を取っているだけなのよ」

「怖い? 俺達がか?」

「ええ、特に年を取った達はね」


 苦笑するミスメラ。

 エルフの年齢というのはよくわからないが、ミスメラは意外と若い方なのだろうか?


「バール、女の子の年を考えるなんて失礼だよ」

「……なぜバレた」


 俺達の様子に、ミスメラが噴き出す。


「本当にあなた達って仲がいいのね。通じ合っていて素敵だわ」

「えへへ」


 はにかむようにするロニに、思わず俺も笑ってしまう。


「そろそろ到着よ。ほら、あそこが長老の屋敷なの」


 ミスメラの指さす先……谷と森の境目に、まるで風景に滲むような佇まいの大きな屋敷が見えてきた。

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