第8話 バール、久しぶりに戦う。
森の道なき道を駆けると、徐々に戦闘音が近づいてきた。
「戦闘情報!」
「目標、トラヴィ。戦闘状況は赤、五分の三」
俺の声に、並走するミスメラが情報を端的に告げる。
どうやら黒枝氏族の【精霊剣士】は冒険者としても一流のようだ。
情報把握が早い。
戦闘状況が赤というのは全滅の危険性がある劣勢であるという事。
五分の三は総メンバーに対して、現在戦闘可能な人数を表わす。
「防御魔法、行くよ!」
ロニが強化魔法を各々に飛ばす。
「前面に出る! まずはこちらに注意を引き付けて引きはがすぞ!」
金梃に力を込めて地を蹴る。
『
「ロニとデクスローは援護待機。判断は任せる」
「うん」
「承った」
さて、困ったぞ。
ミスメラは【精霊剣士】らしいが、俺は【精霊剣士】に知り合いがいない。
何ができるのか、さっぱりだ。
「あら、お困りね?」
「ああ。なので、任せる」
「それが一番ありがたいわ」
目を細めて笑ったミスメラが跳躍して木々の間に消える。
さすがエルフ。よくよく考えたら〝森渡り〟なんて形容されるエルフに森での戦闘を指示するなんて、神様に説法をたれるようなものだ。
「救援に来た!」
獲物の姿が見えたところで、気当たりを発しながら声を張り上げる。
突然現れた俺に襲われていたパーティも驚いてはいたが、
やや跳び退るようにして、俺に向き直る。
それは、鮮やかな黄色と赤が入り混じった鱗に、獅子のようなたてがみを持った大蜥蜴だ。
大きさは、胴体だけで15フィートほどもある。
「こいつがトラヴィか……!」
この未踏破地域の浅層域──トラヴィの森──の名の由来にもなった、変異種のバジリスク。
なるほど、森の主というにふさわしい強かな佇まいだ。
「あ、あなたは……」
「救援要請を受けて駆け付けた。立て直し、いけそうか?」
「は、はい」
素直にうなずいた
その間、俺とトラヴィは向き合い、睨み合った。
「バール、見つめ合ったら石化しちゃうよ!」
「そりゃ、普通のバジリスクだろ。トラヴィには、石化毒はない」
まったく、勉強不足だぞロニ。
普通のバジリスクは身体の各所に毒腺があり、特に危険なのは視線を媒介とする石化毒だ。
見られただけなら大丈夫だが、直接視線が合うと体を石に変える。
なので、本来は鏡に映したり水晶の眼鏡をかけて戦わなければならない。
ちなみにこれが魔法や呪いの類でなく毒だと立証したのは、ある魔物博士らしい。
なんでも、強力な抗毒薬を飲んでバジリスクと見つめ合ったとか。
正気の沙汰とは思えない。
ともあれ、目の前のトラヴィという変異種のバジリスクは視線毒を持っていない。
以前やりあったバジリスクとは姿も違うし、もしかするとまったく別の生き物って可能性があるな。
「ググググ」
低いうなり声をあげながら尻尾を左右に振るトラヴィ。
俺にしても、図鑑で見ただけの初見の魔物だ。
さぁ、どう来る……?
そう考えた瞬間、体のバネを活かしていきなりとびかかってきた。
この巨体でこの俊敏さ……!
不意打ちでもされたら溜まったものじゃあないが……生憎、パワー自慢だったら俺だって負けられない。
「グァ……ッ!?」
あえて踏み込んでトラヴィのでかい顎を金梃でカチ上げてやる。
……いいね。さすが、ドワーフの名工が自信あり替えにするだけのことはある。
『
「オラァ!」
もう一撃くわえて、トドメを……と思ったが、次の瞬間にトラヴィが静かに崩れ落ちた。
「あら、もしかしてやってしまってはいけなかったかしら?」
「いや、安全第一だ。お見事」
靄のように姿を現すミスメラが手にした細剣がトラヴィの頭を深々と貫いていた。
「あなたが注意を引いてくれたおかげで容易かったわ」
「そりゃ何よりだ。消耗は少ない方がいい」
新しい金梃のデビュー戦を華々しく飾ってやろうと思ったが、安全に事が運ぶのにこしたことはない。
後方を見やると、ロニが脱出したパーティの怪我人を診ていた。
「おう、大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
駆け出しらしい若い冒険者が勢い良く頭を下げる。
好感は持てるが、あんまり見知らぬ人間に頭を軽々しく下げるべきじゃないぞ……。
冒険者だって、いいやつばかりじゃないからな。
「まさか、〝金梃〟に助けてもらえるなんて……!」
「ん?」
他のメンバーも一様に、俺達に頭を下げて礼を言う。
「あら、バール。あなた有名人なのね」
「そんなハズないんだがな」
「いいや? バール、お主の噂はほうぼうで聞くぞ?」」
「は?」
怪我人の救護と休憩を兼ねて、よくよく話を聞いてみると……どうやら、『〝金梃の〟バール』は妙な方向に噂が独り歩きしてるらしかった。
「キレたらホテルを更地にしちゃうんですよね」
「
「実は身分を隠した元超A級って話ですよ」
次々語られる情報に、思わず頭が痛くなった。
「あははははは!」
ロニ、笑い過ぎだ。
魔物が寄ってきたらどうする。
「俺はそんな大それた人間じゃあない。使ってる得物がこれだから面白おかしく脚色されてるだけだ」
真新しい金梃を示して、ため息をつく。
「でも、バールさん」
冒険者の一人が、俺を見て笑う。
「飛び込んできてくれたバールさんは、本当に噂通りの……〝勇者〟に見えました」
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