第7話 バール、森の主を知る

「人間だって?」

「そうとも。かつて、人がこの世界を滅ぼさんとしたのだよ」


 デクスローが髭を撫でりながら俺を見る。


「世界はの、バランスが保たれてこそなのだ。そのバランスの上で人の存在が許されてるからこそ、儂らはこの地で生きることができる。逆に、人が世界のバランスを崩す存在となれば、それを排除する者もまた生ずる」


 言わんとするところはわかる。

 森の開墾でエルフと揉めることもあれば、生活のために魔物の縄張りを侵すこともある。

 生物が生きていくうえで、そう言った勢力図の拡大縮小はままあることだ。

 さりとて、長期的広義的に見ればバランスは保たれている。

 まるで振り子のように、振れては戻りを繰り返しているのだ。


 それを大きく傾けすぎてしまう要素が『淘汰』なのだろう。


「んで? 過去の人間は何をやらかしたんだ?」

「世界の全てをコントロールしようとしたのじゃよ」

「そりゃ……壮大な話だな」

「それができてしまう人間を『淘汰』と呼ぶのじゃよ……」


 どこか寂しげな目でデクスローが頷く。


「ねぇ、デクスローさん。じゃあ、どうしてわたし達は滅んでいないの?」

「確かに……『淘汰』として人間は滅ぼされなかったのか?」

「それについては、禁則事項じゃ。お主らに話すことはできん」

「デクスロー。あなた、充分に話しすぎているわ」


 ミスメラが恨みがましい目でデクスローを見ている。

 まぁ、こんな事は一冒険者に話すべき話ではないのだろう。


「んで、『ガデス』とやらに『淘汰』を確認しに行くのか?」

「そうさな。じゃが、まずは『ヘグミナの谷』まで様子を見に行くだけじゃ。後は、当代の聖女と勇者に判断を任せる」

「そんなんでいいのかよ……」


 ロニはともかく、俺はこういうのに疎い。

 『魔神バアル金梃バール』を携えていた時は、少しばかりわかる感じではあったが、おそらく今の俺では何も感じられないだろう。


「ロニは何か感じるかしら」

「……うん。でも、まだよくわからないの。何かが、在るのはわかるんだけど」


 ロニが目を閉じて、首を振る。


「漠然とした不安感があるだけ。前の『淘汰』が迫ったときの感じとは違う。でも、何か変なのはわかる」

「なら、それを確かめに行こう」


 不安げなロニの肩を軽く叩く。

 それが『淘汰』であれ何であれ、ロニが気になるのであれば解決しておくべきだ。


「ところで、誰が『淘汰』を止めたんだ?」

「その時代にも、〝聖女〟と〝勇者〟が現れたのよ」

「そりゃそうか……。でも人間じゃないんだろ?」

「いいや、〝勇者〟は人間じゃったよ」


 デクスローが曖昧に笑う。

 さて、この言い方では〝聖女〟は人間ではなかったらしい。

 エルフだったのだろうか。


「さて、話はこの辺にして行くとしよう。ミスメラ、先行警戒を頼めるかの」

「ええ、問題ないわ。黒枝氏族の名にかけて、安全な道行きを保証するわ」

「こりゃ頼もしいな」


 頷いたミスメラが跳躍し、木々の間に姿を隠す。

 失礼な話だが「森で一番怖い魔物は?」と聞かれたらエルフと答える冒険者は多い。

 それほどに、エルフは森の中での隠形にたけているのだ。


 特に未踏破地域と呼ばれ、イレギュラーが起こりやすいこのトラヴィの森を拠点にするエルフであれば、この森で最も手強いと言っても過言ではあるまい。


「では、儂らも参ろうか。ミスメラがおるとはいえ、森が騒いでおる。気を付けていくとしよう」

「ああ。先頭は俺が立つ。ロニ、周辺警戒の魔法を頼む」

「うん。もう使ってるよ。大丈夫」


 相変わらず詠唱なしで手早いことだ。

 さすが【聖女】といったところか。


「じゃ、いくか」


 周囲に注意しながら森の道を進む。

場所としてはまだ浅層。そう大きな警戒が必要ではないが……森の様子がおかしいという話はよく聞く。

 実際、俺とロニも硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームなんてものに遭遇しているのだから、注意はしておいた方がいいだろう。


「ねぇ、バール」

「ん?」

「無理しないでね? 今は、『聖剣』がないんだから」


 アレを『聖剣』と呼んでいいものか、迷うところだが……確かに、一番馴染んだ得物がないというのは些か不安が残る。

 過去の『淘汰』などという危険なものを追うなら、あれがあったほうがよかったのだが……今それを言ったところでせんないことか。


「『魔神バアル金梃バール』がなくても、何とかするさ。ボッグさんが作ってくれた、新しい金梃バールだってあるしな」

「なんでそこで金梃バールにしちゃうのかな? 大槌モールとかメイスとか、昔みたいに斧でも良かったじゃない?」

「せっかくボッグさんが作ってくれたしな。一流のドワーフ職人が作った金梃バールだし、きっとそこらの斧よりも強いぞ」


 ロニが小さく頭を抱える。


「ちがうの、バール。ちがうの。その一流のドワーフ職人にどうして普通の武器の発注をしなかったのってことなんだよ?」

「ドワーフ職人に口出しなんてできるもんか」


 そう言って俺は苦笑する。

 基本的にドワーフ職人に仕事を依頼するときは「おまかせ」が主流だ。

 用途と素材、金と時間。それを加味して、もっともいいものを創り出すのが彼等であれば、依頼者の俺が口出しできる部分は少ない。


「まあ、よいではないかロニ殿。儂はいいとおもうぞ? やはり『“金梃の”バール』は金梃を振ってこそじゃろうて」

「もう、デクスローさんまでそんな風に言うからバールが変な武器を振り回すのよ……」


 むくれるロニにほんわかしていると、ミスメラが戻って来た。


「どうした?」

「この先で、戦闘よ。救援要請が出てる」


 ミスメラの少し焦った様子に、俺は件の金梃を抜いて駆け出した。

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