特別閑話 バール、驚愕する

「ごちそうさま」

「はい、おそまつさま。だいぶ食べられるようになったね」


 昼食をきれいに平らげた俺に、ロニが茶を差し出しながら微笑む。

 茶の色は相変わらずの濃い緑色……薬湯だ。

 嫌がらせかと思うほどに苦く口当たりの悪い飲み物だが、これを飲み始めてから体の調子はいい。


「ああ、ロニのおかげだ」

「おだてても何も出ないよ?」


 そう笑いながらいったん引っ込んだロニが、すすす……と俺の前に立つ。

 両手を後ろに、何かを隠しているようだ。


「どうした?」


 何か、プレゼントだろうか?

 ようやく身体の調子も戻ってきて、スープ生活から脱却した俺に渡すもの……。

 もしかして、酒か?


 あの日の祝杯を上げるために、禁酒しているロニの事だ。

 そろそろ酒精アルコールが恋しくなってきたのかもしれない。


「ふふふ、何だと思う?」

「うーん……蜂蜜酒ミードか?」

「はずれ」


 いきなり謎かけが始まったぞ。

 とはいえ、こうもご機嫌な様子なのだ、きっと『俺達』にとって嬉しいものには違いあるまい。

 祝いの酒と言えば蜂蜜酒ミードが定番だが……うーむ。


「さては葡萄酒ワインだな?」


 庶民の口に入らないワインもサルヴァン師ならば手に入れるだろう。

 そして、ロニならそれを強奪することくらいしてのけそうだ。

 味には俺も興味がある。


「それもハズレ」

「おっと、これは難問だな」


 悪戯っぽく笑うロニ。

 さて、何だろうか。


 もしかすると酒ではないのかもしれない。

 食い物か。魔法道具アーティファクトかもしれない。


 婚約指輪は男が準備するのが定番だし……まいったな、本当に難問だぞ。


「降参だ」

「ふふふ、じゃあこれ。はい」


 そう渡されたのは、一冊の本だ。

 なかなかきれいな装丁がしてあり、それなりに厚い。

 この世界で本というのは高価なものだ。葡萄酒ワイン同様、貴族くらいしかそれを持たない。

 そもそもにして紙が高いし、次を読める人間だって限られている。

 まさに、上流階級のための娯楽だ。


「本、だな」

「本だよ?」


 高価な贈り物を嬉しくは思うが、俺は字を書くのも読むのもそこまで得意ではない。

 何故俺にこれを……?


「びっくりした?」

「? ああ、まさか本を贈られるとは思わなかった」

「ちがう、ちがうよ! バール」


 ロニが本をつまみ上げて、俺の顔の前にずいっと突き出す。


「これ、よく見て」

「ん……?」


 豪華な革張りの表紙だ。

 銀色の箔押しでタイトルが綴られたいい表紙ではある。


「読んでみて」

「ええと……」


 貴族特有の筆記体で綴られているので、なかなか読解が難しい。


「『追放戦士のバール無双〝SIMPLE殴打2000〟~狂化スキルで成り上がるバールのバールによるバールのための英雄譚~』……と書いてあるようだが」

「書いてあるね」


 三拍ほど置いてから、薬湯を一気に煽る。

 気つけが必要だ。


「……どうしてこうなった……!」

「ロニちゃん、がんばりました。サルヴァン様に頼んじゃいました!」


 得意げな顔を満面に貼り付けて、夏場の太陽の様にロニが溌剌はつらつと笑う。


「ふふふ。これでバールの活躍がみんなに知ってもらえるね!」

「しかし、このタイトルはどうなんだ……」

「サルヴァン様は『神託』だって言ってたけど?」


 ええい、本当に神ってのは何を考えているんだ!

 この神にしてこの生臭あり、とでも言いたいのだろうか。


「ロニちゃん、完全監修! バールとの初めてだって赤裸々に書き綴りました!」

「待て、ロニ。待てステイ。初めってなんだ……?」

「わたしが回復魔法使ってぎりぎりだった、“あの話”だけど?」


 なんだってそんなことになるんだ!


 天を仰いで神に祈る。

 しまった、祈ってはいけない神だった。

 

 そんな俺を見て、ロニが再び悪戯っぽく笑う。


「言ったでしょ? 『きっともっと恥ずかしいことになるんじゃないかな』……ってね」


 ああ、もう!

相変わらずの可愛いロニだ。

 用意周到で、いつもこうやって俺を驚かせる。


 あの旅立ちの日のように。










書籍化します('ω')b

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