最終話 バール、幸せになる(エピローグ)

「バール、帰ってきたよ」

「ようやっとか……」


 『モルガン冒険社』の馬車に揺られて、俺とロニはようやく拠点ホームにあるトロアナへと帰ってきた。

 小屋敷の前で降ろしてもらった俺達は、業者に軽く手を振って別れ、久方ぶりとなる我が家に落ち着く。


「先に戻ってきちゃったけど、良かったのかな?」

「俺がこれじゃあな……」


 すっかりボロボロになった体は、杖なしでは歩くこともままならない。


「回復魔法、する?」

「いいや、<痛み止めアブソーブ・ペイン>だけ頼む」


 ふわりとした光が俺を包んで、全身の痛みを緩和する。


「くそ、『魔神バアル金梃バール』め……」

「命が助かっただけましだよ。無茶しすぎ」

「すまん」


 ロニが心配そうな目で俺を見るので、軽く笑って見せる。


「クライス達はうまくやってるかな」

「大丈夫じゃないかな? 援軍も来てくれてたし」

「そうだな……」


 あの後、大変だったのだ。


 目を覚ますと、俺の周りにはロニやモルクをはじめとした治癒役が輪になって集まっており、俺に絶え間なく回復魔法を注ぎ込んでいて、俺はどこかから拾って来たらしいでかいバスタブの中に押し込められて魔法薬ポーション漬けにされていた。


 ロニが後で『魔神化』と命名した『魔神バアル金梃バール』の隠された能力は、俺という存在を随分と痛めつけたようで、目を覚ました時点で俺は三日間意識不明だったらしい。


 しかも、『魔神化』が解けるにしたがって全身が崩壊をはじめ、一時期は呼吸も止まったとのこと。

 キャルが『パルチザン』のギルド倉庫から特例で接収した『生命の秘薬エリキシルオブライフ』を使ってくれなければ、危ないところだった。

 この『生命の秘薬エリキシルオブライフ』は、数年前に旅の魔法使いを助けた礼に譲ってもらったもので、パーティに黙ってこっそりと取っておいたものだが……こんなところで役に立つとは。

 人助けはしておくものだ。


 とにかく、俺の傷は治癒魔法では一時的にしか塞がらず、俺の生命維持のために立ち代わり入れ替わり治癒魔法使いが魔力切れギリギリまで治癒魔法を使うという日々が一週間以上も続き……その甲斐あって、ようやく俺はここまで回復した。


 俺が倒れている間も、『白い者アルビノ』との戦闘は続き、現在も続いているはずだ。

 だが、朗報もある。

 原因と目されるリードリオンが消滅したことで、『白い者アルビノ』は増殖機能を失い、通常の魔物モンスターと変わらず接近戦で駆逐できるようになった。

 

 ただ、残った『白い者アルビノ』が変異させられた騎士や冒険者の個体が多いというのは、相当な心的被害をもたらすだろう。


「バール、お説教だからね」

「まだやるのかよ……!」

「調子が良くなるまで、ずっとするから」

「仕方ないだろ、お前ロニにああまで触れられて怒るなという方がムリだ」


 ぐっ、とロニが詰まる。

 自分が拐われたことを、いまだに自責しているらしい。


「ごめんね……」

「ロニが謝ることじゃないし、誰に責任があることでもない。正直言って、ロニが生きてるだけで充分だと思ってる」


 救護所まで敵大将の侵入を許し、あまつさえ周囲の教会守護兵団テンプルガードまで『白い者アルビノ』に変えられた囲まれた状態では、ロニにはどうしようもなかっただろう。

 それを責めることは誰にだってできない。

 無理から責めようったって、門扉を守る者達は全員『白い者アルビノ』になってしまっていたし、まさか魔物モンスターがリードの奴で、侵入の為にピンポイントに通用口を狙ってくるなんて、誰にもわからないだろう。


「だから、気にするな。俺の今は……俺の失敗だ」


 『狂化』を通り越して『魔神化』まで使ったしまったのだから、俺の制御不足というやつだ。

 まったくもって【狂戦士】というのは厄介な生き方ジョブだと自嘲する。

 リードは、ああまでせねばならない相手だった。


 『白い者アルビノ』の祖となったあいつは、『魔神バアル金梃バール』同様に命を吸い、不老不死になろうとしていたらしい。

 強力な再生治癒能力に【パラディン】の『神聖変異』、『白い者アルビノ』の侵蝕能力。

 『魔神化』した俺でなくては、大きな犠牲なくしてできなかっただろうという実感はある。


 だが、それはそれ。

 俺はあの時そんなこと考えておらず、ただただ怒りにまかせて『魔神バアル金梃バール』を振り回し、こうなった。


 どう考えても俺が悪い。


「うん。バールが悪い。わたしを心配させたバールが悪い」

「へいへい。でも説教は止してくれよ」


 痛む腕でロニを引き寄せる。


「説教されてる間はこうできないからな。やっと二人きりになれたんだ」


 膝の上にロニを乗せて壊れるように抱擁する。

 体を預けてくるロニの温もりを確かめて、ようやく俺は実感した。


 今回も生き残った、と。


 以前はこうではなかった。

 どんな高難易度クエストも、街に帰って一杯やればそれで自身の『生』を実感できていたが、今は違う。

 こうして、ロニと二人、確かめ合わねば、もう生きているという実感が保てないのだ。

 あの時……救護所に到着した俺を支配していたのは『恐怖』という感情でもあった。


 もうロニに会えないかもしれない。

 失われてしまうかもしれない。

 そんな焦燥感がずっとあった。


 だからだろう、俺はこらえられなかった。

 俺にそんな感情を抱かせた、あのリードという男を絶対に生かしておけないと、スイッチが入ってしまったのだろう。


 しかし、俺は単純なのでこの幸せがあるのなら良しとする。

 戦いはきれいごとじゃない。

 俺の全てと言えるものを守るのに、出し惜しみするなんてバカげたことだ。

 それをスマートじゃないと笑い罵った奴は、この世にもういない。

 俺が金梃で叩き潰してしまった。


 ……つまり、これでよかったのだ。


「ロニ……愛してる」


 こぼれた本音に、ロニが少し驚いた顔をした後、柔らかに微笑む。

 そして、ご機嫌そうな様子で俺に口づけをした。


「んふふ……」

「なんだ?」

「気付いてないなら教えなーい。お茶、入れてくるね」


 尚もご機嫌そうにするロニが、満面の笑みでキッチンに消える。

 さて……?


 まあ……夜は長いし、確かめる時間もある。

 それに、この先もずっとロニと一緒にいるのだから、いつかきっとわかるに違いない。

 今は、このふわふわと温かな世界をただ楽しもう。


 ロニがいる。


 ──そのシンプルな幸せを。



 ~Fin~

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