第63話 『バール』

 筋肉がきしみ、腱が張り詰める。

 『狂化』が引き起こす身体能力増強に、体がついて行っていないのだろう。

 だが、それすらも『魔神バアル金梃バール』の力で無理やりに治癒しながら俺は跳ぶ。


 ヴィジルの放つ矢よりも速く突進した俺は、体ごとぶつかるようにして神聖変異したリードを打ち据える。

 数度の打ち合いの後、剣ごと体をへし折り、踏みつぶし……破壊衝動の赴くまま金梃を振るう。


『壊したい』『殺したい』『奪いたい』

『壊したい』『殺したい』『奪いたい』

『全部全部全部全部……壊したい』

『全部全部全部全部……殺したい』

『全部全部全部全部……奪いたい』


 『魔神バアル金梃バール』の囁く衝動に身を任せて、無心で金梃を振るう。


「オオオォォオッ!!」


 咆哮が衝撃波となって周囲の建物を倒壊させる。

 その間も、俺は金梃を力にまかせて振り続けた。

 振り回す勢いに、腕の筋肉がちぎれ、骨が砕けても、激痛に耐えさえすれば『魔神バアル金梃バール』が修復する。


 そして、痛みはもはや俺が止まる理由にはならない。


「アブッ……アガァ……ゴゥ……」


 連撃を受けたリード何かしゃべろうとしているが、再生次第叩き壊す。

 リード、お前に人間の形は贅沢すぎる。

 五体満足なんて言葉は今すぐドブに捨てろ。


 速度と威力を乗せて、ありとあらゆる方向から金梃を振り下ろす。

 リードが吹き飛べば先回りして撃ち落とし、リードが打ち上がれば空中でつかみ上げて地面に叩き落した。

 一撃一撃に殺意を込めて金梃を振るう。

 

「オラオラァッ!」


 気合と共に、『白い者アルビノ』のリードを滅多打ちにする。


 千の命がどうとか言ってたな?


 バカめ。

 極めて『シンプル』な話だ。


 命が千あるなら、一撃必殺を2 0 0 0 発ほどもぶちこんでやるよ!


 さらに速度と力を増して、『白い者アルビノ』のリードを連続で殴打する。

 徐々に金梃から得られる感覚が徐々に鮮明になっていく。

 それは波のように広がって……かつてリードであった魔物モンスターの命を捉えた。


 どれほど『魔神バアル金梃バール』の力を開放してもぼんやりとしていたリードの『楔』がはっきりとわかる。


「オラァッ!!」


 フルスイングで、『白い者アルビノ』を大通りへと吹き飛ばす。

 建物を巻き込んで、倒壊させながら吹き飛んだリードの『白い者アルビノ』は、二度、三度と石畳をバウンドしてへこみを作る。


 ぐずぐずと再生しながら、『神聖変異』の光を纏うリード。

 再生速度が随分と落ちている。


「僕ハ……王で、カミだゾ……ッ! こんな、こンナ」


 光を増し、剣に集約させていくリード。


「僕ガぁ……! 負けルはずなンて、ない!」


 神々しい光の刃が、俺に放たれる。

 しかし、それは一振りした金梃に弾かれて、石畳を抉るのみにとどまる。

 破れかぶれに放たれる光の刃を、弾きながらリードへと近寄っていく。


「なんで、なんでだよォ! 僕が一番だろ? なぁ、ズヴェン! おい、ズヴェン! 僕を助けろ!」


 誰を呼んでいるんだ。

 まぁ、どうでもいいか。


 しかし……王だの神だのと嘯いて、情けないザマだ。


「ば、バール。僕ら、友達だろ?」

「……」


 黙って、『魔神バアル金梃バール』を構える。

 紅く、暗い波動が周囲を満たしていく。


 俺の腕の先から黒く染まり、それが全身に広がっていくのを感じながら、『命』を見据える。


「な、なんだ? これは、嫌だ……嫌だ! 助けて! 助けて、ロニ! 助けて、バール! 誰でもいい! 誰か、誰か……」


 近寄り、見下ろし……リードの『楔』に金梃を据える。

 そして、力を込めてそれを引き抜いていく。


「あああああああッ」


 掴んだリードの『くさび』からは赤い光が漏れて、引き抜かれるのを抵抗しようとする。

 この赤い光が、リードを魔物モンスターにした元凶だろうか。

 いまさら、知ったことではないが。


「……?」


 見開かれたリードの瞳に移る何者かを見て、ようやく俺は俺の姿を理解する。

 赤く爛々と輝く目。黒く染まった肌。『魔神バアル金梃バール』にも刻まれた紋様が全身で紅く明滅し、まるで伝説の『鬼』のような姿となっていた。


 ……ああ、俺も魔物になってしまったのか。

 『魔神バアル金梃バール』にようだ。

 だが、それも今の俺に相応しいだろう。


「バ……魔神バアル……ッ」


 恐怖と共に、リードが俺を見上げる。

 その瞬間、俺はリードの『くさび』を引き抜いた。


「あばよ、リード」


 魂なく抜け殻となった体を、金梃を振って吹き飛ばす。

 それは、灰のように散らばりながら、風に乗って消えた。


「〝魔神バアル〟のバールか……〝勇者〟よりゃマシだな」


 そう自嘲した途端、俺の身体からは力が抜けて……視界が暗転した。

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