第62話 バール、狂戦士となる

 ロニの悲鳴が響いた直後、風切り音が短く響いた。

 そして、はぜる赤い血。


 リードの頭には、緑の鮮やかな矢羽の大型矢が深々と突き刺さっている。


「おぴゅゥ……?」


 そして、それに気を取られたリードの前に、フードを目深にかぶった何者が突然姿を現して、ロニを抱えて離脱した。

 俺の周囲の『白い者アルビノ』にも同じ矢が降り注ぎ、狙い違わず頭部を撃ち抜く。


「な、何ら……! 不敬らぞ!」


 頭部を再生しながら喚き散らすリードに、屋根の上から逆光で姿を現したのは……ヴィジルだった。


「バール、なんてザマだ」

「ヴィジル!」


 するすると屋根から降りてきたヴィジルが、俺の隣に立つ。


「様子がおかしかったんでな、追いかけてきたぜ」

「ロニさんは無事ッス」


 するりと姿を現したフードの男からは、ダッカスの声がする。

 さすが希少ジョブ【隠密】。その名は伊達ではないか。


「貴様ら、この王たる僕に向かって……!」

「このヴィジル・バーグナーの仕える王はお前ではない」


 ぴしゃりと言い放って、矢を三連射するヴィジル。

 腕、肩、頭と命中し、リードを壁に縫い留める。


「バール、大丈夫?」

「ああ。ロニは、無事か」


 動かぬ手足でロニに触れられないのをもどかしく思いながら、ロニを見る。


「大丈夫、ちょっと気持ち悪いけど……」


 クソ野郎にあんな風に触れられれば、気分も悪くなるだろう。


「なに、帰ったら俺が気分良くしてやるよ」

「約束だよ?」

「ああ、だから……ちょっと離れたところで待っててくれ」


 よくも俺のロニに気安く触れてくれたものだ。

 心の奥底の湧き上がる怒りが、俺を焦がす。

 ちりちりと、ひりつくようなものがこみ上げて、抑えきれない破壊衝動へと変化していく。


「僕を無視するなよ、愚民ども……ロニを返せ」

「あなたのものじゃない。わたしは、バールのもの」


 ロニの言葉に動じた風もなく、リードが続ける。


「僕の方が優れていると、愛していると何故わからないんだい? ロニ。わかった……その情けない男の首を刎ねて、君に捧げよう。それできっと君も理解してくれるはずさ。僕こそが真なる王だと……!」

「あなたがバールに勝てるわけない」


 ロニが、動かぬ俺の身体に添う。


「バールは……バールはわたしの〝勇者〟なんだから!!」


 胸の奥から何かが湧き上がって、俺の怒りと混ざり合う。

 ああ、これは……ロニの怒りか。

 お前も、怒ってるんだな……。


「僕の方がァ! 強ォい!」


 剣を手に飛びかかってくるリードの顔を、カウンター気味に殴りつける。

 血反吐を撒きながら、『パルチザン』拠点の壁にめり込むリード。


「馬鹿な……もう体は……眷属になって……る、はずだぞ」

「頑丈にできてるんだよ、俺は……ッ!」


 取り落とした『魔神バアル金梃バール』が、ふわりと俺の手に収まり、紅く、暗い輝きを放つ。

 『白い者アルビノ』となった部分を力任せに壊して動く。

 肉が裂け、骨が捻じれ折れ、血管がそこらかしこで切るが、気にはしない。


魔神バアル金梃バール』が輝きを増し、何かを俺に流し込んできた。

 嬉々として流し込まれるそれの感触を、俺は知っている。

 

 これまで俺が、コイツで奪った『命』だ。

 流れた血が、奪い去った生命が……俺にへと流れ込んで、欠損した肉体を見る見るうちに修復していく。

 それにまかせて、体中を壊しながら俺は一歩前に踏み出した。


「があああぁぁッ……!」


 俺のあげた声は悲鳴だろうか、咆哮だろうか。

 いずれにせよ、引き裂かれた肉体はひどい痛みを伴いながら再生修復していく。

 せっかくボッグに作ってもらった鎧がダメになったが……あの鎧が、俺の『白い者アルビノ』化をある程度防いでくれた。

 本当にドワーフ鍛冶というのはいい仕事をする。


「フウゥッ……。ヴィジル、ダッカス。ロニを頼む。出来るだけ遠くへ離れろ。……もう加減が利きそうにない」

「はいよ。……てめぇは生きて戻れよ?」


 ヴィジルの言葉に返事はせず、俺は金梃を手に一歩踏み出す。

 背後で三人が退避するのが気配でわかった。


「バァァールゥゥッ!!」


 再生し、起き上がったリードが吼える。


「うるせぇ! 今度こそ……ぶっ殺す」


 『魔神バアル金梃バール』を肩に担ぎ上げて、体のバネに力を込めていく。

 そして、投石機カタパルトから発射された攻城岩の如く、俺は飛び出した。


「オオオオォォッッ!!」


 まず一撃、リードを横薙ぎに殴りつける。

 九の字にひしゃげたリードの身体が、壁を壊しながら吹き飛ぶ。


 だが、どうせ再生するだろう。

 ……ほら、した。


「おらぁッ!」


 再生途中のリードをなおも金梃で殴りつける。

 何度も、何度も、何度も、再生するたびに殴りつけていく。


「ぐぶぶ……む、無駄、だ、僕には……千の命があるンダ。王は……ふめツだ」

「ああ、そうかよ」


 再生中にも剣を振ってくるリードを掴み上げ、全力で投げる。

 地面にぐしゃりと激突しながらも、すぐさま人型に再生し……剣を構えるリード。


「無駄と言っているのがわからないのか? この蛮族め」

「……オオオオオオ……ッ!!!!」


 『魔神バアル金梃バール』に、さらに【狂化】を流し込む。

 ここでこいつを殺す。

 絶対に殺す。

 もう後がどうなろうと知ったことか。


 炎の中に薪を投げ込むように、怒りに俺を注ぎ込んでいく。

 全部燃やして、全部殺す。

 このリードというモノが一片もこの世に残らぬように……すり潰す。


「千の命だ? ナメてんのか……?」

「はぁ?」


「たかだか千回で済むと思ってんのか? ……死ぬまで殺してやるよッ!!」

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