第61話 バール、陥る

 マーガナスを叩き潰した俺は、フィニスに向かってひた走る。

 あの野郎、ロニのところに行くといっていた。

 急がねばならない。


「ロニ、無事でいろ」


 そう独り言ちながら、立ちふさがる邪魔な『白い者アルビノ』どもを轢き潰し、フィニスの城壁を目指す。

 周囲はかなり混乱した様子だが、援軍はよく押し留めてくれているようだ。

 クライスの指示と統制が上手くいってる証拠だろう。


「どけッ!」


 数体の『白い者アルビノ』を金梃で吹き飛ばしたところで、脳裏に何かが響く。


(──たすけて!)


「ロニ……?」


 一瞬、ロニの声が聞こえたような気がした。

 気のせいと言うには、あまりにもはっきりしすぎている。

 リードの事もある、ロニに何かあったと考える方が自然だ。


「くそッ!」


 さらに加速して城壁前に到達した俺は、通用門を使わずに、目の前のフィニス城壁を一息に駆け上る。

 その勢いのまま、一瞬で確認した救護所前の白い集団の只中に向かって跳んだ。


「どらぁッ!!」


 着地の衝撃で吹き飛び砕け散る『白い者アルビノ』。

 さらに、金梃を振り抜いて、周囲の『白い者アルビノ』どもを蹴散らす。


「バール殿……!」


 無人となって荒れ果てた救護所では、槍が数本刺さったマルファナが力なく倒れていた。


「大丈夫か!? ……ロニは!?」

「守り切れず申し訳ありませぬ。連れ去られ申した……!」

「すぐに助けに行く。慈悲がいるか?」


 見たところ、槍は臓腑を貫き血が流れ過ぎている。

 このまま俺が行けば助からないだろう。


「待ってください、私が何とか。バールさんは、行ってください。去ったのは、『パルチザン』の拠点方向です」


 瓦礫の下から傷だらけで出てきたモルクが、マルファナを支える。


「モルク。無事だったか」

「危なかったですが。バールさん、今までのリードとはまるで違いました、お気をつけて」

「同じことを言ってたやつを叩き潰してきた後だ……問題ない。ここを任せた」


 マルファナをモルクに預け、かつて俺もよく歩いた『パルチザン』拠点への道を、駆ける。

 足止めのつもりだろうか、『白い者アルビノ』が所々から襲い掛かってくるが、蹴散らして進む。

 こんなもので足止めになるものか……ちりちりとした『狂化』の火が、今にも炎となって俺を焦がす手前まで来ている。


 『白い者アルビノ』と建物を破壊しながら、最短距離を走る。


「リィードォッ!」


 そして、『パルチザン』の拠点前でリードを捉えた。

 気を失い、脱力したロニ抱えたままのリードがこちらを向く。


「……マーガナスめ、役に立たないことだな。まぁいい」

「ロニを返せ……ッ」


 服を引き裂かれ、褐色の肌が露になったロニを抱きかかえたまま、リードが嗤う。


「返せとは心外だな。ロニは初めから僕のモノで、これから先もずっと僕のモノさ」


 リードが軽く手を振ると、周囲の物陰から、『白い者アルビノ』が数体姿を現す。

 誘いこまれたってわけか?

 だがこの程度の数で俺が止まると思うなよ……!


「おっと、動かないでもらえるかな。なんなら、このままロニを僕の眷属にしたっていいんだ。白い肌のロニも……きっと美しいのだろうしね」

「何……ッ?」


 他の『白い者アルビノ』が無表情な分、喜びに歪むリードの顔がなお異質に映る。

 俺の前後左右を『白い者アルビノ』どもが取り囲む。


「お前は僕の世界の汚点だ。無能なくせに、僕よりも前を行く。僕の欲しいものを掠め盗る。本当に、昔から気に入らなかったよ」


 ロニに頬ずりしながら俺を見る。

 くそが、今すぐ臓腑を引きずり出してやりたい。


「だから……君には思い知ってもらわないといけないと思ったんだ。おっと、じっとしてろよ? 指先一つ動かすことは許さない」


 周囲の『白い者アルビノ』が組み付いてくる。


「本当は殺してしまおうと思ったけど……それだと君が反省する機会を得られないだろ? 王は寛容でなくちゃね」

「言ってろ、すぐに殺してやる」


 じわじわと寒気に似たものが、腕と足に広がっていく。

 俺を『白い者アルビノ』にするつもりか……!


「僕に傅くお前を見て、きっとロニは考え直すに違いない。僕こそが伴侶に相応しいとね」

「ありえねぇな」

「そうかな?」


 体が重くなっていく……自由を奪われる恐怖と怒りが綯交ないまぜになって体の奥底で渦巻いていく。


「本当に愛おしい……ボクの、ロニ」


 ロニの肌に指を這わせるリード。

 その間も、俺の身体が徐々に『白い者アルビノ』に侵されていくのを感じる。


 このままでは……俺は……!


「そうだ、良いことを考えた。マーガナスと同じに意識と記憶は残しておこうか? そうしよう、それがいい」


 何かに納得した様子で、俺をにやにやとみるリード。


「今、この場所で僕とロニが愛し合う姿を見せつけてやろう。ねぇ、いいだろう? ロニ」

「……」


 その声に反応したのか、うっすらと目を開けるロニ。


「……! リードッ 離して!」

「見てごらん、ロニ。あそこだ」


 ロニがゆっくりと俺を見る。


「バール……!」


 徐々に、ロニの顔が恐怖に染まる。


「さぁ、ロニ……バールに見せてやろう。僕等が、どんなに愛し合っているかを……」

……ッ! 触らないで……!」


 リードの手が、ロニに伸びた。

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