第2部1話 バール、穏やかな日々を過ごす

 トロアナという都市がある。

 近年急速に発展したこの街は『辺境都市』と呼ばれており、開拓と冒険に満ちた冒険者達のフロンティアだ。


 かくいう俺も、諸事情あってここに流れ着いた冒険者の一人である。


 『〝金梃バール〟のバール』と言えば、この界隈ではそこそこに知られているが、ここ半年間は名前だけが独り歩きしている状況だ。

 何せ、半年前に死にかけてからなかなか調子が戻らず、冒険者としての仕事はほとんどできていない。

 金はあるので生活に困っちゃいないが、どうも俺という人間は根っからの冒険者らしく毎日落ち着かない日々を送っている。


「……バール?」


 湯気の立つカップを差し出しながら、褐色の少女が少し伸びた金髪を揺らして俺を覗き込む。


「ああ、ちょっと考え事をな。ありがとう」

「冒険稼業はまだダメだよ。もう少しリハビリしないと」

「わかってるよ、ロニ」


 最愛のひとに軽く返事をするが、金色の瞳は尚も俺を覗き込む。

 どうにも、いまひとつ信用されていないようだ。


「そんなこと言って、昨日も薪拾いに行ったでしょ?」

「薪くらいは問題ないだろう? 少しは動かないとリハビリにならない」


 そうこぼした俺を、ロニは視線を険しくして見る。


「いい、バール? まだ完全に治ったわけじゃないんだからね?」

「ぐっ」


 鼻先に指を突きつけられた俺は、思わず目を逸らす。


 ──半年前。

 王国の東にある『冒険都市フィニス』が大暴走スタンピードの脅威にさらされた。

 事件の裏にはこの世界の危機である『淘汰』があり、〝聖女〟であるロニと……不本意ながら〝勇者〟であるらしい俺はこれの解決に当たった。

 結果、詳細は割愛するが、俺はその戦いで大きなダメージを負い……今も本調子とは言えない状態だ。


 事件はほぼ解決したものの、その傷跡は深く、フィニスは現状も機能を取り戻していないし、事後処理でほうぼうが大騒ぎしている状態だ。

 そんな中、早々に戦線離脱をかました俺は、なんだか落ち着かない気持ちで日々を過ごしている。


「……気持ちはわかるけど、まだダメだよ」

「わかっちゃいるんだがな」


 思わず俯く俺の手を、ロニが引っ張る。


「落ち込まないの。ほら、体を動かしたいなら市場まで散歩に行こ。荷物をいっぱい持たせてあげる」

「……リハビリにはぴったりだな」


 軽く笑って、立ち上がる。

 これでも、この半年でずいぶんよくなった。

 杖がなくとも歩けるし、体の痛みもあまりない。

 逆に、体がよくなってきたからこそ焦りが出ているのだろうとは思うが。


「お昼ご飯は何にしようかな?」

「昨日は鶏だったし、豚か鹿が手に入るといいんだがな」

「そうだね。行ってから考えようか」


 支度を整えて小屋敷を出ると、吐く息が白くなった。

 すっかり冬になってしまったトロアナは、雪こそ降っていないが相当に冷える。

 おかげ薪の値段も少し高くなってしまっていて、なんとなく薪拾いに行ってしまうのは仕方がないことではないだろうか。


「さむいねぇー」

「ああ、こりゃそろそろ雪が降るかな?」


 空はからりとしているが、この寒さだ。

 曇れば雪になりそうな雰囲気ではある。


「トロアナで雪って降るのかな?」


 モコモコとした格好のロニが空を見上げる。

 本人は鏡の前で唸っていたりもしたが、これはこれでかわいいと思ってしまうのは俺のひいき目だろうか。

 いや、ロニは何を着たってかわいい。


「降るらしいが、積もりはしないらしい。もう少し北に行くと、もう積もっているらしいが」


 この時期、北で活動する冒険者たちの多くが仕事と安全を求めて南下してくる。

 雪中というロケーションは直接死につながることが多い。

 それに、仕事自体が減るのだ。

 人も魔物も冬ごもりするのだから、当たり前のではあるが。


「残念。雪だるまとか、作ってみたかったな」

「ああ、そういえばロニは北の出身だったか」

「うん。よく南出身と勘違いされるんだけどね」


 ロニの美しい褐色の肌は南の人間に多いが、ロニ本人は北国出身らしい。

 孤児になった経緯などは詳しく尋ねていないが、北の大地は子供が一人で生きるには辛い環境だろう。


 北の話を聞きながら、いつもの道をゆるゆると歩く。

 市場近くまで来たところで、ふと人だかりが目に入った。


 トロアナは今や、最も冒険者の多い都市だ。

 中心部に人だかりができることは、さして珍しくはないが……あれは冒険者ギルドの前だな。


「何だろう?」

「大型の緊急依頼でも出たのかもしれないな」


 ここのところ、トロアナでの依頼は絶えない。

 多くの冒険者が集まるこの街であれば、それはそれで仕事があるということなので、いいことなのかもしれないが、些か多すぎるのではないだろうか。

 白い者アルビノと化したリードを叩いたことで『淘汰』は超えたはずなのに、何とも言えない不安が今も胸中で渦巻いている。


「お、バールさん」


 人だかりのなかから見知った顔が、俺の名を呼ぶ。

 『アルバトロス』のメンバーであるレッチーフだ。


「レッチーフ! こっちに戻ってきてたのか」

「クライスも戻ってきてますよ。フィニスから撤収して拠点に戻ってきました」

「ようやくか……」


 俺のこぼした言葉に、レッチーフが苦笑する。

 本来、あの白い者アルビノとの攻防を終えた時点で、『モルガン冒険社』の依頼は終わっていたはずだが、その後も立て直しが軌道に乗るまでは……とクライス達は向こうに残っていたのだ。

 時期的に、北で活動していた冒険者の南下により人員確保ができたといったところか。


「それで、この騒ぎは?」

「レアモノの情報が出たんですよ」

「レアモノ?」


 魔物の中には突然変異や、そもそも目撃例が少ないものもいる。

 希少な魔物モンスターは、特別な特性を持った素材として扱われることが多く、遺跡から発掘される魔法道具アーティファクト同様、冒険者が一獲千金を狙う対象になりえるのだ。


「それで、何が出たんだ?」


 俺の問いにレッチーフがうなずいて返す。


「ウーツです」

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